07
「乙女か!」
湊のその大きな声で、俺が箸でつまんでいた卵焼きが弁当箱に落ちてしまう。
「そんな大きな声出さなくても聞こえるぞ。あと、誰が乙女だ」
俺は逃げて行った卵焼きを再びつまみ、口に運ぶ。
「い~や、ここは声を大にして言わせてもらおう。乙女か!」
確かにさっきの顛末は湊に話したが、俺がどう思ったかなんてことは一言も話していない。自分が乙女みたいと思ったのは事実だが、なぜ湊はそこにたどりつけるの
か。
「どうせ悠人のことだから、名前を呼ばれてお腹いっぱいってところじゃないかい」
こいつ、エスパーか何かなのか?長い付き合いだけでそこまで分かられてしまうと
それはそれで怖いんだけど。
「だからもう一度言わせてもらおうか。乙女か!」
「お前、ここが屋上で人がいないからいいけど、絶対に校内でやるなよ」
そう、俺たちは今、屋上で昼飯をいただいているのだ。湊に散策のついでにいい場所を見つけたいという提案をうけてここにやってきたわけだが、何とも静かなものだ。
春になって少し過ぎれば、気温は暑くも寒くもない穏やかな気候になった。そんな中での屋上はとても心地のよい場所だ。こんないい場所に、俺はてっきり誰かいそうなものだと思っていたのだが、誰一人屋上にはいないのだ。
「今の若者って屋上離れでも進んでるのか?」
「突然、何を言ってるんだい悠人。そんなことよりも、もう一度言わせてもら……」
「それはもういいよ。くどい、うざい、オチは三回目で終わりにしろ」
「手厳しいね~。そんなに言わなくてもいいじゃないか」
それはこっちのセリフだと心の中で思う。せっかくのお昼の時間をくだらないことで費やしたくない。
やがて、俺の意図を察したのか湊も黙って購買で買ったサンドイッチを食べ始める。
屋上には程よい風が流れ込んできている。それでも冬服のままで日の光に当たっていれば少しばかり暑いと感じる。とはいえ、汗をかくほどではない。そんな中で俺たちは無言のまま箸を進めていく。
世の中には無言の空気が耐えられないと言って無理やりに話をしようとする人間もいるが、自分としてはそういったことは特に嫌気がさす。湊もそういったところはある。話すときは楽しそうに話し、静かな時はとことん静かだ。無言にも耐えられないような関係の中に深い友情というものなんてものはないと俺は思う。
だからって俺たちの中に深い友情があるという風には考えたことはない。一緒にいて落ち着けるのであればそれでいい。
「ねえ悠人」
湊は空を見上げながら口を開く。
「若者の何とか離れってどう思う?」
「その話に戻るのか?というか何でそこに行った?」
どういう意図でその質問をしてきたのかが良く分からない。もしなんとなくだったとしたら、さっきまでの俺はかなり恥ずかしい。
「いや、さっきの悠人の言葉を聞いて、他に何かあるかなって考えていたら本気で気に鳴ってきたんだよ。現代社会における時事ネタとしてはよく聞く話ではあるわけだしさ」
真面目に考えていると聞いて俺はとりあえず安堵を浮かべる。
「現代社会に目を向けるとは、最近の若者は立派なことだな」
「ほんとほんと、悠人って立派だね」
最近よく思う。湊を相手に皮肉を言っても無駄なんだってことを。
「言っておくけど、屋上離れなんて適当に言ったんだからな」
「それは分かってるよ。だけど今のこの状況を見ればそれも案外ありそうじゃないか」
湊は楽しそうに話しているが、箸を人に向けるのはやめていただきたい。
「まあ、屋上でお昼なんて話は本の中でしか見たことが無いけどな。実際に見てみたらこんな様子なんだ。そういう人はまれってことなんだろ」
「つまり僕たちはアウトローってわけだ」
「アウトローって大げさだな。もの好きとかでいいだろ」
「いいじゃないか。夢は大きく、理想は高くってね」
「それだとお前の理想は犯罪者になるけどな」
すると、屋上のドアが開く音が聞こえてくる。その音につられるように俺たちはドアのほうに振り返る。
「あこ、早く来てよ。屋上だよ!」
聞き覚えのある声が聞こえて、何か嫌な予感がする。
「うん、風が気持ちいい……ね?」
その予感は見事に当たり、扉の向こうから現れたのは瑠璃だった。そして、俺たちと目が合うなり言葉を失ってしまった。
「そんなにはしゃがなくても……ってどうしたの瑠璃」
遅れてあこも姿を見せる。そして俺たちに気づくと何かを察したよう手を額に当ててにため息をついていた。
「……アウトローが増えた」
俺のその呟きに隣の湊は思わず吹き出していた。
あの日、あの時、あの恋を 白咲蓮音 @houtaru
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