episode1『勇者と改造人間』

「姉さん、メンテナンス終わった?」


『あら、さっき始めたばっかりなのに終わるわけ無いでしょ?』


 揺れる武装装甲車キャリアーの内部でリゼルは目の前の作業台に置かれているに刀を大量のマニュピレーターで分解しているロトを見ながら、腰掛けている椅子の背もたれに体を委ねる。


「どんな感じ?」


『良く使ってる、単分子の刃と第一トリガーが破損手前で交換、以前受けた攻撃を受けた右刀身が変形してるから全交換、それに合わせて第二トリガー交換、第三から奇数噴出口のパーツ交換が必要ね』


 マニュピレーターを休める様子もなくロトは壊れたパーツを破棄して新しいもを取り付ける作業を始める。よくもまあ高速で処理をしながら会話も行えるものだとリゼルは思った。


「そんなに?」


 ロトの口から続く言葉にリゼルはため息をついて項垂れた。武器だから丁重に扱うなんてことはできない。攻撃がきて避けられなければ受けなければいけないし、攻撃しなければ敵を倒せない。結局武器は導具だが、大切に扱うことが難しいものだと実感する。


『無茶な戦いばかりさせて申し訳ないとは思ってるけど、もう少し大切に扱ってほしいものね』


「……はい」


 戦闘以外でこの姉に逆らえないとしみじみと感じながらものすごい速さで刀を分解しているロトを見る。この整備がなければ自分はまともに戦えないことを実感する。


『まあそれでも、あと1時間以内には治すわ』


「ありがとう姉さん」


『しょうがない弟ね……でも、姉さんに任せておきなさい』


 現在はホログラムを出していないので姿は見えないが、ロトがほほ笑んでいるように思えてリゼルも笑う。昔から頼りになる姉であったが、それでもこの数年は以前より格段に頼りにしている自分にリゼルは苦笑いしか出てこなかった。


「おーい、リーゼルー!ごはんできたよー」


『あらマナちゃん、お昼作ってくれてありがとう』


 作業場所の扉を開けて入ってきたマリナーにホログラムをつけてロトが返事をする。あれからだいぶ元気を取り戻したマリナーは元気に昼食を作っていた。


 色々あって、リゼル以外の二人はマリナーのことを『マナ』の愛称で呼んでいる。相変わらずロトの趣味でいろんな服を着させられてはいるが、本日もお気に入りの黒いワンピースにエプロン姿で料理を作っていた。こんな生活になってしまっても文化的な生活を送れることを喜ぶべきなのか、戦いのつかの間の休息ととらえるべきなのかリゼルにはわからない。


「いいよロト姉!ごめんね、作業中に呼びに来ちゃって」


『あら大丈夫よ。私、会話しながらでも作業効率が落ちない女だから』


 そう言いながらも動き続けているマニュピレーターはすでに分解と破損パーツの破棄を完了したのか、分解済みのパーツが規則的に並べられ、修復できそうなパーツを修復し始める。


「さすがロト姉ねー。そう言えば……ずっと気になってたんだけど、それってどんな構造してるの?」


 普段あまりロトの作業中に部屋に入らないマリナーは疑問に思ったのかそんなことを口にした。それも当然だと思う、数百から数千に近い数のパーツをつけた刀だ不思議に思わないこと自体不自然だろう。


『まあ簡単に言えば奴らに対抗するために作られたリゼル専用の武器よ。三つのトリガーに各種オプションカートリッジをつけることでいろんな能力が使えるの』


「いろんな能力?」


 あんまり実感がわかないのかマリナーはかわいらしく金髪を揺らしながら首をかしげる。


『ええ。例えば昔マナちゃんを救ったときに使用したのは、これ』


 いいながらロトはホログラムとは別に壁に映像を投射する。そこには刀が描かれ、中に『ウォータージェットカッター』と記載されている。


『超高圧縮した水を刀の先端から発射する機能ね。ただの水だけど、一瞬であらゆるものを切断できるわ。二番目のトリガーで収束して、三番目のトリガーで発射』


 そう言いながら先日戦闘したときの映像なのか、刀の先端から水が発射され奴らを綺麗に寸断する映像をスローモーションで再生した映像が流れる。飛んで行った水が当たった瞬間にまるで一級品の刀に斬られたかのように真っ二つになる。


「へぇ!他には何があるの?」


 リゼルが使っている武器に興味を持ったのかマリナーが身を乗り出すようにしてロトのホログラムの方へと詰め寄る。


『じゃあ、一番愛用されてるのは、やっぱりこれよね』


 今度はマニュピレーターで修復している最中の刀から一本の黒い刀のようなものを取り出す。間違ってもその先端には触れないようにゆっくりと柄だけを持ちながらマリナーに見えるように向ける。


『絶対に触っちゃダメよ?触ったところから痛みもなく切れていくから、気がついたら指なんてすっぱりなくなっちゃうわ』


「うっ……」


 興味津々に黒い刀に触ろうとしていたマリナーをたしなめながらロトは黒い刀を作業台の上に戻す。他のパーツは高速で扱っても大丈夫だが、この黒い刀だけは高速で扱ってしまい飛んで行ってしまっては大惨事になりかねないのでロトでさえゆっくりと慎重に扱っていた。


『これが奴らに対抗できる通常兵器、単分子の刃よ』


「単分子の刃?」


 聞いたことがないと言うように、マリナーは先ほどと同じく首をかしげる。教育も十三歳の時に止まっているので当然といえば当然だろう。


『うーん、そうね……詳しく説明すると難しいんだけど、簡単に言うならこの世界の全てを斬れる武器ね』


 ロトは思案しながらマリナーがわかりやすく理解できるような言葉で説明する。ただでさえこのご時世で教育など行き届いていない状況のなか難しい説明をしても理解が追い付かないことよりも、わかりやすく何かに興味を持ってもらいそのあと理解していけるようにしようというロトの魂胆なのだろう。


「そんなすごいものがっ!?」


『もちろん、万能じゃ無いわよ。下手に使えば一回斬っただけで切れなくなる。これが三枚刀の中に入ってて単分子の残り具合をコンピュータで制御して、一番目のトリガーを押した時に出てくる仕掛けになってるのよ』


 言いながら投射している映像で刃が切り替わる姿を映しだす。


『はい、今日はこんなところで終わりにしましょう。それにマナちゃん、リゼルを呼びに来たんじゃなかったの?』


 そう言うとロトは映像を消して、ホログラムを使ってにこやかに笑いかける。興味を持ったところで終わらせておけば、また聞きたいと思う人間のサガを逆手に取っているのだろう、さすがロトだと思いながらリゼルは右手の上に顎を乗せながら二人のやり取りを眺めていた。


「あ、そうだった!ロト姉リゼルごはんだから連れて行っていい?」


『ええ、私だけで十分よ』


「リゼルがここにいても役に立たないもんね!」


 そう言いながら笑いあうロトとマリナーを見ながら、ため息を一つついて座っていた椅子からリゼルは立ち上がる。


「まあいい、飯食ってくる。姉さん刀よろしく頼む」


「じゃあ、ロト姉!ご飯食べてきまーす!」


 そう言ってマリナーとリゼルは部屋から出て食事スペースに歩いていく。歩くと言っても次の区画なのでドア一枚を隔てているだけだ。


 ドアを開けるとすでにテーブルにガルダが座っていた。よっぽどお腹がすいたの中、机の上に突っ伏した状態で腹を抱え込んでいた。


「おせーよリゼル。俺、腹減っちまって……」


「悪いな」


 言いながらリゼルも普段から与えられている自分の椅子へと腰をかける。誰がどの場所なんて決めたわけではないが、暗黙の了解として座る場所は決まっていた。


「はーい、お待たせー!今日はお肉だよー!」


 金色の長い髪を馬の尻尾のようにまとめたマリナーが二人の前に鍋を置く。マリナーが大切にしている調理器具の一つだ。ロトに作ってもらったものではなく、戦った後の残骸から掘り起こして使っているかつての人類の遺産。こんな物でも人類の遺産と言えてしまうくらいここ以外は酷いものだった。


「おっ!肉か!久しぶりだな!」


 喜々として喜ぶガルダを横目にマリナーは鍋のふたを取る。そこから湯気が出て中のスープが現れる。野草と肉、これだけでも今の時代は豪華な食事だ。


「マリナー、このお肉どうしたの?」


 食材は基本的にはリゼルかガルダが取りにいっている。マリナー一人で狩りに行かせるわけではないので、不思議に思ってリゼルが聞く。


「あぁ、俺と一緒に行ったんだ。すげえぞマナは!なんたって、一発で野鳥を打ち落したんだからな!」


「ええ、この三年で射撃の腕も料理の腕も格闘術の腕も上がってるわよ!もう一人でも動物捌けるし」


 鍋の中のスープをお椀によそいながら、マリナーがえっへんと胸を張る。


「ああ、そういうこと……」


 別にマリナー自身が狩りに行くこと自体はめずらしくない。最初の頃は打ち落としても捌くことのできないマリナーの代わりにロトやガルダが鳥やウサギ、大型動物などを捌いていたが、現在ではマリナーは生きるために自分自身で狩りで取ってきた動物を自分で捌き料理するまでに至った。


「成長するもんだろ!まあ、胸はちっとも成長してないがな」


 ガハハと大口を開けて笑うガルダに容赦ないマリナーの拳が飛んでくる。


「余計なこと言うとガルダのご飯抜くからね?」


 右のストレートでガルダを沈めて、渡すはずのスープをマリナーが手を引っ込めてスープを死守しながらガルダを睨めつける。食事と胸に関してはロトよりもマリナーを怒らせた方が怖いことをこの三年でリゼルは学んでいたので何も口にすることなく嵐が過ぎ去るのを待つかのようにただ沈黙していた。


「わかった!わかった!悪かった!すまんマナ、俺が悪かった……にしても痛え……」


 昼食がなくなる可能性を恐れて自分の言葉をすぐに取り消すガルダに笑いながら、今度はしっかりとマリナーはガルダにスープを渡す。ガルダは殴られたところが余ほど痛いのか、しばらくの間さすっていた。


「失言が多いんじゃないか?」


「いい大人ってもんは口が滑るもんだ」


「本当、ガルダ何言ってのよ」


 全員分の食事の配膳が終わりエプロンを取ってマリナーもリゼルの隣の自分の席へと腰を落ち着けた。


「ではみなさん!手を合わせてください!頂きます!」


「「いただきます」」


 マリナーの声と共に全員が手を合わせて合唱をする。


「それにしてもなんでこんなことするんだ?」


 今までは流れで合わせていたのであろうガルダがマリナーに対して疑問を口にする。食べ物を口の中に入れたまま。


「こら、汚い!食べてから話しなせ!」


 椅子から立ち上がってまるで子供でも叱るかのようにマリナーがガルダの頭を叩く。


「あぁ、悪い悪い……」


 そう言ってスープの具材を咀嚼して嚥下してからガルダは話し始めた。


「ほら、マナが狩りするまでそんな習慣なかっただろ?なんでかなって思ってな」


「ああ、それか……」


 確かにマリナーが狩りを始めるまでそんな習慣はなかった。


「この習慣自体は日本の習慣らしいのよ」


「日本の?なんでそんなものしてるんだよ」


 意味がわからんとでもいうような表情を浮かべながらガルダは首をかしげる。それを見てリゼルが言葉を繋げる。


「まあ、習慣自体がどこからってのはどうでも良いことだけど、ほら初めてマリナーが狩りしたときのこと覚えてる?」


 ガルダの疑問を解消するようにリゼルは順を追って話し始める。


「確か、三人で始めて行った時だよな?」


「そう。その時ガルダには周りを警戒してもらってマリナーが撃ち落とした鳥を僕とマリナー二人で取りに行っただろ?」


「ああ……」


 思い出を思い出すように額に手を当てながらガルダがうなり声を上げる。さすがに二年も前になると思いだすのが難しいようだ。


「その時ね、まだ撃ち落とした鳥のところに行ったんだけど死んでなかったのよ」


 その時の光景を思い出したのか、うつむき加減で少しだけ悲しそうな表情をマリナーが浮かべる。


「ほら、鳥がピクピクって撃たれて飛び立てない翼を羽ばたかせながらもがいてたの……ああ、生きてる動物を殺したんだ。私がこの子の命を奪ったんだって思ってね」


『その後、マナちゃんは泣きながら私のところに来てね。しきりに殺しちゃった、奪っちゃったんだって泣いてたのよ』


 作業が終わったのだろうか、マリナーの言葉を遮るように小型ロボットで部屋に入って来たロトがマリナーの言葉を繋げた。


「その時にロト姉に教えてもらったのがこの日本の風習だったの。動物も魚も野草も全部、その命をもらって私達の命にしてる。だから、奪った動植物の命を頂く。その命を私たちの命にさせて『いただきます』っていう意味があるって知った時にね、こう言う考え方もあるんだって思って実践してるの」


「へー、そんな意味があったのか、この行動に。じゃあ、飯食った後に言う《ごちそうさまでした》は食べ物への感謝的なものか?」


『それは違うわ。《ごちそうさまでした》というのは、今の現状だと分かりやすいのだけど……食べ物を狩ったり、取ったりして、私たちも労力を使うでしょ?冷蔵庫とかが無かった昔の時代も今と同じように食べ物を取るために奔走してたから、取ってきてくれた人、料理を作ってくれた人への感謝を込めて《ごちそうさま》というのだって』


「僕もそこまで詳しい話は知らなかったな」


 現在の習慣についての話も終わり、食事も終わらせて、ロトも含めて全員が座る。団らんの時と言うわけではない、日々刻々と変わっていくこの世界の現状をロトがしらべて教えてくれるのだ。


『この三年で人間は地下で生活を行い、地上にでれば殺される。そう言ったものが常識化してきました。地上にあったコロニーも大半が地下に移動しています』


 そしていつものようにロトが切り出す現状を聞きながら全員で話し合う場が設けられていた。


「ああ、それはわかってる。で、なんか対抗策はありそうか?」


『現状、今まで通りリゼルに頼るしかないですね。私たちにできることはあくまでサポートのみです』


 ロトからの報告を聞きながら、マリナーとガルダは拳を握り締める。何もできない悔しさと、リゼルに頼るしかない悔しさを織り交ぜて、ロトの話を聞き続ける。


『それで次の目的地ですが……こちらをご覧ください』


 言いながらロトのホログラムがプロジェクターのように映し出された映像に指し棒で映像のある部分を指す。


「コロニーか?」


 目の前に表示されている映像の隆起などから人間が住んでいる領域であるコロニーの可能性をリゼルが指摘する。その部分は人類の世界が終ってから作られたであろう跡が残っていた。


「見たいだな」


「それにしても、綺麗ね……廃墟以外の部分はまだ荒らされてない」


『ええその通り、さすがねマナ。良い観察眼よ。これは偵察型のバードドローンの映像です。ここから北に十キロ先の映像ですね、リアルタイムです』


 マリナーの目を見ながらロトがにこやかに答える。この武装装甲車キャリアーには様々な物資、道具、武装が積んである。バードドローンもそのうちの一つだ。ただし、基地局などがすべて壊れている現状で、電波が使えないため使っているのはこのキャリアーから何個も中継器を飛ばしてようやく映像をこちらに送れている状態だ。


「ちょっと待って!ロト姉!あれ!」


 突然席を立ってマリナーが声を上げる。何かを見つけたように映像の一部分を指差した。


「これ、ここ……あいつがいる……」


 そう言ったマリナーの指をさした場所を見つめていたロトも気がついたように声を上げた。そこにいたのは紛れもなく、マリナーが住んでいた場所を襲ったやつと同じ姿をしたものだった。


『いけない……、映像用データだけだから索敵ができない……1、2、3、4、5……索敵装置がないから正確な数が……約10……多すぎるわ』


 目の前の映像を何回も拡大縮小するロトを見ながら、リゼルが立ち上がる。


「リゼル!」


 マリナーの懇願にも似た声にロトも含めて全員がリゼルに顔を向ける。


「任せろ」


 リゼルの口元が不気味に歪む。今までもそうだったし、これからもそうだ。リゼル自身がやることは一つ一つ奴らを倒していくことだけ。


「はいこれ!それとカートリッジは、水、爆発、電気、それぞれ三本づつ!」


 両腕を隠すための長袖のスーツを着て、手袋を着けたところでマリナーから渡されたカートリッジを9本を右肩からかけた弾帯に装備する。


『これを、全部改修してあります。それとこの二振りも持って行きなさい』


 修理された普段から使い慣れた愛刀を左の腰に指して、ロトから預かった二振りの片刃の剣を背中にそれぞれ装備する。おそらく新しい武器だろう、戦闘前に必ずなにか一つ用意して渡してくれる。


「コロニーまでの到達距離あと四キロ!到着時刻、七分後です」


 カートリッジを渡したのちすぐに観測に移動したマリナーから到達時間が告げられる。十キロ七分、到底通常の人間では間に合う距離ではない。普通の人間なら。


「ほれ、ローブと俺の愛銃渡しとくぜ、まあ豆鉄砲程度だけどな」


 そう言いながら渡された銃を右のホルスターに装備して、ローブをかぶって武装装甲車キャリアーから飛び降りる。


『五秒後にリミッターを解除、制限時間は五分。それで追い付いて』


「了解……」


 五秒の時間がたった瞬間、リゼルは一瞬で木をかき分けて走り去ってしまった。その姿が見えなくなるまでにかかった時間はわずか十秒。まさしく一瞬の出来事でもある。


「ロト姉、リミッターって?」


 一瞬でいなくなってしまったリゼルの後を見ながらマリナーが口を開く。一体あの体のどこにあれほどの力があるのか、わからないくらいの速度で駆け抜けていくリゼル。


『リゼルの体が胴体以外のほとんどが機械だってことは知ってるわよね?』


「うん、両腕と両足。それに左目と背中もってリゼルから聞いてる……」


 つらい出来事だと把握し、マリナーは声のトーンが落ちる。リゼル自身は何でもないことのように言うが、この人類の世界が終わった日にリゼルは両手と両足、左目を失ったと聞いた。そして、それはロトも同じく。いや、ロトの方が酷い。脳以外の全てを奪われてしまったのだから。


『リゼルの体の機械は普通の義手や義足じゃないのよ。それこそ常にパワードスーツを纏ってるような状態……それだと普段の生活にも支障をきたすから普段の生活用と戦闘用でそれぞれ駆動モーターの限界値を私が定めてるのよ』


「でもロト姉、それだったら今までなんであの速度でリゼルは移動しなかったの?」


『なんでも無制限に強い力が使えるわけじゃないのよ。100メートルを1秒以下でで走れる速度って言うのは、ほとんど呼吸ができない状況だったり、一度使えば駆動モーター全部を修理しないといけない。その間に攻撃されたら逃げる手段なんてないのよ。それでも使わないといけないときはあるから、私が制御してるの』


 ふと後ろから現れたガルダにマリナーは向き直る。全てを知った上で行かせているロトのことを気遣っているのか、それとも自分に何かを教えに来たのか、マリナーにはわからなかった。


「今回みたいな状況が状況じゃないと使えないんだよ、あれはな。マナ、お前を助けた時も移動にアレ使ってたんだぜ。その後、あいつ少し見なかっただろ?」


 ニヤッとした表情を浮かべてガルダがトラックの上に飛び乗る。ブルーシートをかぶったそれに手をかけつつガルダは二人に告げる。


「ロト、俺たちも追うぞ。まだやつに反撃してないしな」


「私はリゼルのサポートで手を離せなくなるわ。マナちゃん武装装甲車キャリアーの操縦お願いします』


「了解しました」


 それぞれが臨戦態勢になり、武装装甲車キャリアーがゆっくりとそのキャタピラを動かし始める。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 リゼルは全速力で目的地まで走っていた。顔の前で両腕を交差させて前方からくる風から顔を守る。

 ロトの白い髪が風になびき、赤い瞳で空を睨む。


「ロト、到着時刻は?」


『後60秒ほどで接敵よ』


「了解、感度良好だ」


 そう言いながら目の前に広がる山を見渡す。ロトの力を借りて障害物である木などをよけながら進む。時には跳躍して岩を避け、木に腕をかけて旋回する。


「こうして見ると本当に人間じゃないな」


『それでもあなたは私の弟ですよ』


 自嘲気味につぶやいたリゼルに優しい声色でロトが呟く。その間も速度を緩めることなく機械がむき出しになった足で地面を蹴る。


「渡してもらった二本の剣はなに?」


『単分子の刃を持った刀ですよ。まだ試験的にですが……』


「十分」


『会敵まで10。秒森を抜けた先、正面。跳躍して強襲が吉です。ジャミング解除しますよ!』


「了解」


 返事と同時に背中に背負っている二振りの刀を鞘の横から引き抜き、跳躍して上空に飛び上がる。木々の枝を刀の原で防ぎ正面に現れた敵めがけて強襲する。


「戦闘の最中にジャミング使えないのは辛いな……」


 言いながら『ソレ』に対して着地と同時にとび蹴り叩き込む。自分への衝撃と共に金属がひしゃげる音を立てて『ソレ』の胴体が凹み、こちらを認識した目が赤く光る。


 凹んだ瞬間に間髪いれずに二振りの剣で『ソレ』の胴体に剣を突き刺して真横に寸断すると、さらに併せて腕と足を切り裂いて、こちらへの攻撃をできないようにとどめを刺す。


『索敵……残り11。正面3、右翼4、左翼4』


「最初の一体目はいいとしても、後は索敵されるからキツイか」


 一体でも大量虐殺が行える兵器が残り11体。二本の剣を背中に納め治し、いつもの愛刀に右手をかけて左手で鞘を握る。それでも、口元が歪み舌なめずりをしてしまう。


『残り180秒です。それ以降は通常の戦闘モードに移行します』


「……難しい。ロト、120秒延長」


『無理です』


「わかった」


 短いやり取りをして、陣形も何も取っていないソレに向かって直進する。いくら速度が速いと言っても相手も機械だ、反応をしないわけではない。だからこそ、一撃で一瞬で決めなくてはいけない。


「振りぬく」


『圧力クリア』


 懐に飛び込んで鞘を握っていた左手で鞘についてるトリガーを押す。瞬間、圧力がかかっていたのか排気音と同時に刀が勢いよく射出される。併せて、右手の第一トリガーを引くと、刀身が左右に割れて単分子の刃がその姿を現す。


 白銀の刀身の中から加工された黒い刃が出てきたと同時に、刀を持っていた右手は一気に対角線上に振り上げられた。


「まだだ」


 振り上げた右手から右手を離して、そのまま右足を旋回させて後ろ回し蹴りを決める。100mを1秒以下で走れる脚力の一撃を受けて『ソレ』の上半身は空に舞う。


 すべての動作が一瞬で行われ、地面に落ちる前の刀を空中でキャッチしてそのまま足を切り落とす。


「後、何秒だ」


『残り121秒、残り10……まって、高速で接近する物体1……』


「次は何だ……」


『不明です。……形状照合、当該データなし。新種、もしくは別の何かかと。会敵までおよそ30秒……』


 高速で接近してくる不明な物体。それに気を取られながらも、リゼルは正面にいる敵に対して向き直る。


「ロト、リミッター解除延長500秒」


『リゼル!ダメです!体が持ちません。……許容範囲内は延長200秒まで』


「じゃあ、200秒だ。ありがとう、姉さん」


『こんな時ばっかり姉呼ばわりしないでください。リセット残り306秒。会敵までおよそ23秒』


 リセットされた制限時間を見ながら目の前の敵に突っ込んでいく。


『左目の一部使用許可を出します。敵機動予測可……その他不可』


「助かる」


 左目に送られてくる機動予測は正確でモーションなしの敵の右手の一撃がリゼルに襲いかかるところまでを予測して、送られてくる情報をもとに刀で腕を切り裂く。


「さすがロト……」


 機動予測にすべて頼っているわけではない。それでも正確な予測を飛んでくる腕を避けて、弾帯からカートリッジを一つ取りながら最小の動作で飛び上がる。そいつの頭にのり、カートリッジを刀の柄の部分にはめ込む。


 そしてひと想いに突き刺して、二番目のトリガーを押しこむ。なにも起こらず、そのままもう一度飛びながらカートリッジを外して刀を左手に持ち替えて、ガルダから預かった銃を引き抜いて構える。


「これで、三体め……」


 そう言って引き金を引き絞る。高い金属音が鳴り響き、銃弾自体はそれに弾かれてしまうが、次の瞬間にはそれが内部で大爆発を起こしパーツがあちこちに飛び散るのを見ながら次の一体に向かって走りながら、右のホルスターに銃をしまう。


『会敵まで9秒。そちらに回った方がよさそうです』


「了解……」


 全力で走っていたリゼルは新手の方向に向かうために敵の右腕を右手掴むと、それを使って大きく旋回し角度を調整する。掴まれたそれは急激に大きな力がかかったことによりバランスを崩して転倒を起こした。


『会敵まで3、2、1……会敵』


 ロトの言葉と同時に、姿を現したのは白い鎧。全身に金の装飾に光る青いライン、光ってる二つの目はエメラルドの輝きを放っていた。

 両の腕は丸太のように太く、脚部は腕の更に二倍はあるかと思えるほどの大きさがある。胸部の装甲は分厚く、あの体の中に女の子ぐらいなら入ってしまうのではないかと思えるほどの巨大さだった。


『君も《AME》と戦っているのか?』


 現れた白い勇者に敵意を感じなかったリゼルは急制動をかけてぶつからないように調整をかける。しかし、現状の速度では止まれないと判断したリゼルは左手に持っていた刀を口に咥えて、耐性を低くして両腕を地面に突き刺す。


 ギリギリのところで白い勇者の眼前に跪くように止まった。それこそ、勇者に忠誠を誓う騎士のように。


「えいむ?」


 口から刀を離して左手で逆手に持つ。


『ああ、私たちが呼んでるやつらの名称だ。Artificial Mechanical Enemyの頭文字を取って《AME》。そして今あそこに群がっている奴らがノーマルタイプ《AME1》だ。どうぞ、青年』


 機械音声のくぐもった声が聞こえる。男の声と言うのだけしかわからない。そして差し出された手を掴んで立ち上がる。


『自己紹介がまだだったな。私はファーガス。以後、お見知りおきを』


「リゼルだ」


 仰々しく、まるで何かを演じるようにお辞儀をするファーガスを一瞥して正面に向き直る。あったばかりで信用できないというのもあるが、作り物然としている目の前の男をどこか信用できないでいた。


『そうか、リゼル。よろしく頼む。さて、ところで君はすでに三体倒しているようだね。残り9か……ここは6対3でどうだ?』


「6体か余裕だ」


 先に倒してやろうと、足に力を込めようとした瞬間ファーガスに片を掴まれる。なんだと言わんばかりにリゼルは振り向くが、ファーガス自身は肩をすくめながら話しかける。


『なにを言っている、君はすでに3体倒しているのだろ?私に6体任せたまえ』


「…………」


『では行こうか』


 くぐもった声が響き、ファーガスが駆ける。まるで地面を滑るように高速で移動している。


「ロト、通常戦闘モードで大丈夫だ。リミッターをかけてくれ」


『わかりました。解除準備はしておきます』


「助かる」


 ロトに言葉を返して、来た道を来た時よりも遅い速度で戻る。


「それとロト……」


『わかってます。データ収集とリミッター解除残り時間は250秒』


 頼もうとしたことをいち早く察したロトに内心で感謝しつつ、目の前の敵に向かって走る。目の前の男が敵に回ったときの対策を立てなくてはいけないと、リゼルは頭のなかで計算しながら目の前のAMEとの交戦に入る。


『さすがに、中々やるなリゼル』


 目の前で戦闘している男を見ながらほくそ笑む。なかなか強い、どうやら先ほどまでよりも力を抑えているようだが、それでも一切引けを取ることどころか優勢を保っている。


『私の全力を見てもらえば、信用してもらえるかな?行くぞ、プロテアよ、王者の風格みせてやろうではないか』


 簡単に信用されるとは思っていないと言わんばかりに、自らも剣を抜く。背中に背負っていた巨大な片刃の剣。刀身以外に装飾が施されている例えるならば宝剣のようなものだが、刀身自体は実用性を追求した剣。

 ファーガスはそれを抜くと左手で構える。


『さあ、かかってこい!私が相手になってやろう!』


 AMEが右腕を伸ばして近づいてくるが、ファーガスが動く気配がない。


「馬鹿野郎!死ぬ気か!」


 AMEの巨大な腕がファーガスの頭を握りつぶしたかと思った瞬間、その腕は押し返されながら指があらぬ方向にひしゃげはじめる。


『この程度で私に勝とうなど、笑える冗談だ』


 言いながらAMEの腕をその場から動くことなく押し返し、そのまま腕をひねり潰した。目の前の圧倒的な攻撃力に目を疑いながらもリゼルは自分の敵に集中する。


『さて、私の力も分ってもらえそうだし、本気で行くぞ』


 ファーガスは左手で持っていたプロテアを両手で構えると腕がひしゃげたAMEに向けてプロテアを一振りした。そしてそれは一撃で真っ二つに切り裂かれ地面に横たわる。


『小細工など必要ない!』


「でたらめなパワーだな……」


『あれは斬っているとい言うより、叩き潰してるわね……』


 呆れている二人をよそ眼にファーガスは次々とAMEを倒していく。そして、そこからすべてのAMEを叩き伏せるのに5分はかからなかった。


『ふむ、これで最後か……呆気ないものだな』


 自らが壊したAMEの頭部を持ち上げながら首をかしげるファーガスはつまらなさそうに、自らの後ろにその頭部を捨て去る。


 ガンッと音を立てて壊れていたAMEの頭部に当たった。瞬間、再起動したのか壊れていなかったのか一体のAMEがファーガスの後ろから腕を伸ばす。


「危ない!」


 少し離れた場所で残存のAMEを索敵していたリゼルが気づくが、とても間に合う距離ではなかった。しかし、ファーガスに襲いかかるはずのその腕はどこから聞こえた銃声と共に地面に横たわる。ファーガスもリゼルも何が起こったのか、わからないまま周りを見渡す。


『はい、二人とも油断大敵ね。ガルダ、ありがとう』


「これくらいどうってことないさ、元特殊部隊の狙撃主なめんなよ」


 通信機ごしに聞こえてくる声にリゼルは目を丸くする。確かに弾丸はもっとも薄くても15cmはある装甲を貫いてAMEの動力回路を貫いたのだ。

 何をしたのかさっぱり分からないという表情でリゼルは近づいてくるキャリアーを見つめる。キャリアーの上部装甲から長い何かがせりあがりまるで戦車の砲塔のように稼働しているのだ。


『まあ、リゼルには内緒にしてたんだけど……。ほら、リゼルだけに戦わせるわけにはいかないから』


 言いながらドッキリが成功した子供のような声でロトは笑う。呆気にとられて呆然としているリゼルと、自分を助けたキャリアーに走っていくファーガス。


『これで貴方にだけ負担をかけたりしませんよ』


「そうだね……」


『さあリゼルもキャリアーにいらっしゃい』


 近づいてくるキャリアーに見ながら胸ポケットから取り出したタバコを咥えて紫煙を燻らせる。戦いが終わった。死人が出なかった。それは今までで初めての経験で、リゼルは少しだけにやけた表情でゆっくりとキャリアーへと足を向けた。

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機械刀の破壊者に 灰色人 @haiirobito

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