機械刀の破壊者に

灰色人

prologue『逆襲の灯』

 物は作るより壊す方が遥かに容易である。それは人間ならば誰しも知っていることだ。その言葉はもちろん人間にも当てはまる。


 例えば、神が世界を創造した時に七日間かかったと言われた。世界は七日で創られた。


 一日目に宇宙と地球と昼と夜が創られ、二日目に空が創られた。


 三日目に大地と海と植物が創られて、四日目に太陽と月と星、五日目に鳥と魚、六日目が獣と家畜と神に似せた人が創られた。


すべてを終えた神は七日目に休んだそうだ。


 そんな神様が作った地球でさえ、隕石の一撃で人類の大半は死に絶えてしまうのだ。しかし、そんなことはおこっていないし、これからも起こることは天文学的数字でないだろう。


 『ヨハネの黙示録』と言われる終焉の物語がある。禍がおきると言われている予言書。


  では預言書通りに世界は禍で終焉したのか?答えはノーだ。黙示録のような終焉は訪れなかった。人間以外の生物は現在でも元気にすくすく育っている。


 ではSF小説のように宇宙人から攻められて人類は滅んだのか?それもノーだ。この時代になって、科学技術が発展しても宇宙人との邂逅はなかった。ましてや宇宙コロニーに人間が移住することもなかった。この時代でも人間は重力に縛られている。


 ではスノーボールアース。氷河期が来て人間が滅んだのか?それもノー。結局そんなものは来なかったし、現在でも気温は良好。適温だ。


 隕石が落ちて地球が滅んだわけでもなく、太陽が死んだわけでもない。滅んだのは人類、いや人類文明だけなのだ。


 人類の滅ぶ原因を作ったのは人類自身だ。そして、それを招いたのは人のエゴだった。人間以外の力により滅ぶこともなく、人は人の手で創り出された『ソレ』によって滅ぼされたのだ。


 実際問題、今でも生きている人間は何人もいるが、かつての人類ほど人間らしい暮らしはできない。野生の動物を狩り、野草を取り、浄水場で綺麗にされた水ではなく、川の水を飲んで暮らしている。


 人間が人間らしく生きられることは、もうないのではないか。


 それぐらい、そう思えるくらい唐突に人間は一瞬で絶望に叩き込まれた。


 今まで人間が築き上げてきた文明といわれるものは、あまりにあっけなく崩れ去り人間の生活も原始人といわれた者たちの生活と大して変わりないものになってしまったのだ。


 世界が、人間が、人類が滅ぶのにかかった時間はたった三日。それだけで人口の9割は滅んでしまったのだ。


 神様が世界を作るのにかかった日数の半分で世界が滅ぶなんて誰が想像しただろうか。皮肉な話だと思う。


 結局のところ、人間の世界は終わりを迎えた。ただ、それだけだった。


 それでも数百万以上の人間が生きている。だが、文明人としての人類は滅びた。


 Q.世界は終焉を迎えましたか?


 A.いいえ、人類は滅びました。



――――――――――――――――――――――――――――

 人類が人類としての生活を奪われてから一年後————。


 たった一体相手に、多くの人間が苦戦していた。鉛玉が飛び交う向こうで、金属がはじかれるような音が廃墟と化したビル群に響き渡る。

 煙を切り裂いて高速で向かってくる物は人間のように四肢をもち、二つの目を持っていた。だが体を構成する血肉が人間の物とは違い、はるかに頑丈で銃弾程度ではびくともしない。そう、金属だ。いうなればロボット。


「くそっ、化け物め……」


「おい、RPG-7とか残ってないのかよ!」


「そんなもの、この一年で無くなっちまったよ!いいから打て!」


 数人の男たちが悪態をつきながらマシンガンのトリガーに手を当てる。まるで沢山の打楽器を無造作に叩くかのような騒音があたり一面に轟いた。

 だが、数百以上の弾丸を食らってもびくともしない『ソレ』は、何事もなかったかのような足取りで男たちに向かって走ってくる。ゆっくり、確実に、そして絶望させるかのように。


「逃げろ、逃げろ!死にたくなかったら逃げるんだよ!」


 一人の怒声が銃弾の嵐の中であたり一面に反響する。

 しかし、全てが手遅れだった。『ソレ』は一人の男の腕を掴むと何の躊躇も無く、まるでトマトやバナナを潰すかのような力の入れ具合で男の腕を潰す。腕があらぬ方向に曲がり、男の絶叫する音が周りにノイズのように響く。


「おい、逃げっ――——」


 腕を潰された男の近くにいたもう一人の男がそう口走ろうとした刹那、それの腕が二人の男の頭部へと移動した。ぐちゃっという物騒な音を立てて頭から内容物がボタボタと音を立てて地面に零れ落ち、幼稚園児の落書きのようなものを地面に残す。


 鮮血の上にドサッと言う倒れるような音が響いて、頭のない体だったものが地面に力なく倒れこんだ。刹那、絶叫。


「う、あ……ああぁぁぁあぁ」


 一人の女性の悲鳴を皮切りに、一斉にその場にいた者たちの悲鳴がその場に木霊する。全員が吐きそうになりながらも、必死に逃げ惑う。いや、逃げまどうことしかできなかった。


「助けてえぇぇぇ!」


 あたりに聞こえるのは怒声と懇願の声。しかし、それはなんの容赦もなく女性を殺し、蹂躙し、次の標的を探し歩いていく。走るそぶりは見せていない、ただ人間よりも巨大で強靭なそれは疲れることも知らず人間よりも早い速度で追い付いては人間を潰していった。


「クソ、クソ、くそくそくそ!」


「死にたくねえ……死にたくねぇよ」


「助けて……助けてよ!なんでなんで!」


 悲鳴、怒声、懇願。それを理解することは近づいてくる『ソレ』にとっては何の意味もなく、ただただ蹂躙をしていくだけだった。


「ぁ……」


 悠然とした態度で歩くそれに対して成すすべなく段々と人だったものが作り上げられていた。あたりに立ち込める死臭。おびただしい量の血液。ありえない。誰もがなすすべもなく蹂躙され、命を奪われていく。


 やがて、あれほどまでにうるさかった銃声が止む頃には、あたり一面に屍の山と血でできた大きな湖ができていた。


「あ……あぁ……ぁぁ……」


 最後に残っていたのはまだ幼い少女だった。手を力いっぱい握り締めて、力なく地べたに座り込んで泣いている。


 もう恥も何もなく、幼い少女は失禁し涙を流し声にならない声でただただ『ソレ』を見ていた。次に自分へと延びてくるであろうその腕を見ながら。


 そんな少女に襲い掛かるようにそれは腕を振り上げるそぶりを見せることもなく、腕を少女に向かって伸ばす。


「ひっ……」


 少女が小さく息を飲んで悲鳴を上げる。誰にも聞こえないような小さな声で、小鳥が鳴くかのような声はとどくはずのない声を上げた。


 しかし、少女に容赦なく襲い掛かるそれの腕は、決して少女に届くことはなく火花を散らしながら横に二つになるように裂かれていく。無残にも斬り裂かれながら、標的に届かない腕に『ソレ』は首をかしげるような動作をして一時的に動きを止めた。


「大丈夫?」


 少女の目の前に立っていたのは、全身を黒いローブで包んだ男だった。暑い季節なのに全身を覆っているローブ、手は白い手袋で手先を隠し、顔以外の全てを隠している。白くて短い髪に、血のような深紅の瞳。


 しかし、少女が驚いたのはそこではなく左腕一本で白銀に輝く分厚い刀を持ち、『ソレ』の右腕を切り裂きながらも何事もないような表情を浮かべ続けている男の顔だった。釣り目がちだが、優しそうな顔。


「だい、じょうぶ……」


 少女の返答に男は柔らかな顔で少女に向かって微笑む。どこかはかなげに感じる男の顔に少女は少しだけ悲しみを感じた。この人は味方なのだろうか、ただ疑問だけが少女の頭の中をぐるぐると回っていた。


「ごめんね、遅くなって……」


『リゼル、それまだ壊れきってないわ』


 突如、男の耳のあたりから女性の声が聞こえてくる。優しそうな、そして可憐な声だ。少女よりも年上の大人びた女性の声が響く。


「わかってるよ、ロト」


 リゼルと呼ばれた男は少女に一度だけにこりと笑いかけると再び少女に背を向けて『ソレ』に対峙する。


『わかってるなら良いんですけど……お嬢ちゃん?』


 ロトと呼ばれた女性の声はリゼルと言われる男性から少女の方へと向けられる。突然のことで少女はただ呆然と声が聞こえる男の方を見ることしかできない。


『もう大丈夫よ。早く終わらせてもらって、着替えましょうね。さすがに女の子がそんな格好ではまずいですから』


「は、はい……」


どこから見ているのか周りには屍だらけで女性の姿など見えないが、安心させるような女性の声に少女は少しだけ安心した。この戦場でただ一人の援軍。普通なら絶望的な状況に変わりないだろうが、そのロトの声は絶対に安心だと思わせてくれる何かがある。


『リゼル、お願いね』


「了解……」


 ロトの声にリゼルは返事をすると、持っていた刀を空に向けて半分に裂かれた腕の上部分を斬り落とし、返す刀で肩口から一気に腕を斬り落とした。


 一瞬だった。少女の両親や周りの大人が束になってでも叶わなかった『ソレ』を目の前の男はいともたやすく斬り裂いたのだ。ありえない。そんな言葉が少女の頭の中に浮かぶがそんなことに構って言われないと言うように落とした腕を一瞥してリゼルは分厚い刀を構えなおす。


「ロト、データは?」


 ロトと会話をしながらリゼルは、今度はそれの反対側の腕を斬り裂き、両腕を落とした。刀の太刀筋の一つ一つがもはや少女の目にも止まらない。一瞬で腕が斬り落とされるようにしか見えなかった。


『胸部装甲がおそらく200ミリほどね。特質すべき点はないわ、ノーマルよ。そちらにデータ回すわ』


「ありがとう」


 目の前の光景に少女は付いていずに困惑の表情を浮かべるがリゼルは少女に再び顔だけを向ける。


「目、つむってて。すぐ終わるからね」


「ぁ……はい……」


 リゼルはこれから何か危険なことをするときの大人のような顔をする。しかし、少女自身は言われたとおりにすることしかできず、ギュッと勢いよく目を閉じた。


「ロト、あれ試すよ」


 言いながらリゼルはローブの前だけを少しはだけさせて弾帯に取り付けられている長方形の箱のようなものを刀の柄に突き刺した。


『使用限界は十秒よ。試作段階だから先のみ』


「了解」


 ロトの声が聞こえた瞬間、リゼルは手元の刀に付いているトリガーのうち二番目のトリガーを押し込む。押し込まれた指が離れると超高音の機械の駆動音があたりに響き渡り、何かを収束するような音が少女にまで届く。


「ぃっつ!」


 唸りだすような高音に少女は眉をしかめて地面についていた手で耳を覆い隠す。そうしなければこのままこの音に鼓膜ごと破られてしまいそうな錯覚を覚えた。


 リゼルが少女の出した声に釣られて後ろを向いた瞬間、『ソレ』は諦めていなかったかのよう動きだし、残った二本の足でリゼルに向けて駆け出してくる。


 『ソレ』がリゼルに近づく遥か手前でリゼルは事もなげに刀を十字に振るう。当然、突っ込んできたそれに刀は当たることはなく。しかし、次の瞬間にはそれは四つに分裂して地面に転がっていた。余はなのか、近くにあった建物の残骸もものの見事に寸断されている。


「上場だ。ロト、これのカートリッジ増やしておいてくれ」


『了解したわ。それにしてもいい威力ね。水なのに』 


 そんなことを呟くロトの声を聞きながら少女はもうしなくなった高音に安堵する。耳をつんざくような音はすでに聞こえずロトとリゼルの会話だけがあたりに響いた。


「まあ、超圧縮された水を押し出して物を斬る技術は昔からあっただろ。ウォータージェットカッター。それよりも索敵」


 不意にリゼルの冷たいような声があたりに響く。自分に対しては違ったが、ロトに対してリゼルはあまりにも冷たい声色で話す。


『……周囲2キロに敵影なし』


「到着まで何分かかる?」


『道が塞がってないので、一時間前後で行けるわ』


「了解」


 地面に転がる『ソレ』を一瞥して少女へと向きなおり、リゼルは少女と同じ目線の高さに腰を落とす。


「もう目を開けて大丈夫だよ」


「あ、ありがとうござい……ます」


 少女の金色の髪の上に手を置きながらリゼルは優しく微笑む。少女の頭を撫でながら、しきりに少女に大丈夫だと言い聞かせるように呟いた。先ほどまでロトと話していたのが嘘のような本当に優しい声だ。


 少女の目から溢れ出ていた涙を拭ってリゼルは笑顔のまま頭から手を離した。


「僕はリゼル。君はなんていうの?年は?」


「私はマリナー。マリナー・レウルーラ……14才です」


 リゼルの自己紹介にマリナーも合わせて答えた。涙で歪んだ顔、絶望をみたマリナーには目の前のリゼルは勇者に見えた。おとぎ話で悪い奴らを蹴散らす勇者のように。


「そうか、マリナー。その格好だと風邪を引いちゃうからこれを着て。スカートの代わりにはなると思うから。そこのビルの影なら誰も居ないみたいだからね」


 リゼルは言いながら自分が来ているローブと同じようなものを少女に手渡す。


「あ、はい」


 リゼルから受け取った大きめのローブを見つめて、マリナーは自身が漏らしたことを思い出して赤面しながらとてとてとビルの影に隠れた。


「ロト」


『なに、リゼル?』


「生きてる人は……」


『あの子だけよ……』


「そうか……」


 ロトとの会話を終了して、人だったものが山になっている場所へとリゼルは足を向ける。死体、死体、死体。それ以外の何物でもない、ただそれだけが周りに転がっていた。


「この中の誰かなのか、はたまた別のところなのか……思うように行かないな……」


 服の内ポケットに忍ばせたタバコを一本取り出してリゼルは口に咥えて、一緒に取り出したライターで火をつけて紫煙を燻らせる。戦場で戦いが終わったあと必ずそうしてリゼルはタバコを吸う。今や物資不足でほとんど手に入らなくなったタバコを吸いながら、周りを見渡すが結果は知っての通り見えるのは死体ばかりだ。


「墓を建てようにもな……」


「あの……リゼルさん。ありがとうございました」


 後ろから近づいてくるマリナーにリゼルはタバコを咥えながら、近づくなのジェスチャーをする。さすがにこの惨劇を見たとはいえ、年端もいかない少女にこんなものを長時間見せるわけにはいかないと言うリゼルなりの優しさだった。


「そういえば……リゼルさん、私のお父さんとお母さん知りませんか……いっしょに逃げてて、私転んじゃってどこに行ったんだろ……」


 マリナーの言葉にリゼルは一瞬目を丸くしてから、タバコの煙を肺いっぱいに取り込んで、吐き出した。


 両親の"死"を忘れてしまっている。いや、忘れてるのではなく自分で消したのか、両親が死んだという記憶自体を。良くあるとまでは言わないが、精神的ショックが大きいと記憶の混濁が起こると言うのはよく聞く話だ。現状で真実を伝えてもいい結果にならないことが多い。

 だが、あえてリゼルは口にする。そうしなければマリナーが生きていけない。両親の死を自覚せず、両親を探し求めれば今度こそ確実に『ソレ』に殺されてしまう。


「マリナー、君の両親はね。もう、いないんだよ」


「リゼルさん?何言ってるの、転んだ私よりも先に行ってたんだから……生きてるに……」


「ここから2キロ圏内に人の反応はない。マリナー、君しかいない。この意味がわかるかい?」


「そんなこと……」


 涙を流しながら呆然とした目で自分を見つめるマリナーを見る。生きているのは君だけだと、伝えること。それ以外の慰め方をリゼルは知らないし、それ以外の慰め方をすれば余計な混乱をさせるのは必死だった。


「マリナー、残酷だけどね。君の両親は亡くなった。死んだんだ」


「嘘……いゃ……うそ……だって……そんな……うそよ……だって、さっきまで一緒にいたのに……」


「…………」


 リゼルは黙ったままもう一度、タバコの煙を吸い込む。これも何回か見た光景だ。こんな風に精神が壊れかけるようなものをもう何回も見てきた。だから、こそこの場で立ち直らせなければいけない。


「あ!父さん、母さん!居るじゃない!」


 リゼルが一瞬目を離した隙に、マリナーは死体の山に近づいて来る。咥えていたタバコを口から離して、リゼルはマリナーのいく手を阻もうとマリナーを抱きしめる。


「何するの!?リゼルさんの後ろに父さんと母さんが居るの!リゼルさんの嘘つき!離して!」


「やめろ!行くな、あれは……もう君の両親ではない!」


 抱きとめていた腕から顔だけを器用に動かして、リゼルの後ろをマリナーは見てしまった。死体の山の縁に横たわるように折り重なってる両親だったものが上半身だけ残して腹部から下が無くなっていた。心臓があった場所にまで綺麗に裂け目ができていて、見ただけで即死だと判断できるものだった。


「なんで……なんで父さんも母さんも足が無いの?ねぇ……なんで……なんで裂けてるの……なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?おかしいよ、あれじゃ助からない。私は生きてるのに……父さんと母さんが……ぁ……」


「…………」


 悲鳴に似たマリナーの叫びにリゼルは耐えて、一回目を瞑ってから目を開く。間に合わなかった、助けられなかった時にこうなることはわかっていたのだ。そしてマリナーが続ける言葉もわかっていた。


「あんたが……あんたがもっと早く来ていたら助かったかもしれないのに!あんたが!」


 マリナーの怒りの矛先がこちらに向く。助けられなかったのは事実で、もう少し早く到着していたら助けられたかもしれないのも事実だからだ。


「そうよ……あんたが早く来てれば父さんも母さんも、みんな死なずに済んだかもしれないのに!この……この……この人殺し!」


 肩を震わせ、拳を握りしめて、虚ろな表情をしながら、目だけはまっすぐと怒りの視線を向けてくるマリナーにリゼルはただまっすぐ見つめ返すことしかできない。


「手袋してるのだって、助けられなかった死体に触りたく無いだけなんでしょ!」


 リゼルの腕の中でリゼルの手から手袋を引き離す。


「何よ……それ……」


 手袋を取られたリゼルの手から覗いていたものは、人間の柔らかそうな手では無く。金属でできた人間の手のようなものだった。それは今の人間からすれば禁忌に近い。その手は『ソレ』と同じなのだから。


 マリナーも当然のようにその手を見て恐怖する。目の前の人間はやっぱり敵だったのではないかと。


「これはね、事情があってね」


「でも!ありえないじゃない!機械の手なんて!あいつらと同じじゃない……」


 剥き出しになった人間の手ではないリゼルの手を見てマリナーは後ずさろうとするが、リゼルに抱きとめられているためそれができず、腰だけが引けている状態になってしまう。


「そうだね、この手はあいつらと同じ手だ」


 自分の手を見ながらリゼルは手を握りしめる。結局隠しても見つかってしまうものは見つかってしまう。それは現代では手が出せないもののだからだ。


「マリナー、君はどうしたい?僕を殺したい?」


 突然リゼルが発した言葉に非難しようと開いた口をマリナーは閉じる。殺したいわけではない、リゼルは自分を助けてくれた人だ。だが、それでもその手には納得がいかなかった。


「貴方を殺したい、わけじゃない……でも、あいつらを根絶やしにしたい……父さんと母さんを殺したあいつらを」


「うん……でもね、マリナー。普通の人間にはあいつらは倒せない。だから、僕に任せてくれないかな?僕はあいつらと同じ手を持ってる。僕にはあいつらを倒すことができる。君の……マリナーの両親の仇も必ず取るから、だから今は僕を信じてくれないかな?」


 マリナーの体を抱きしめながら、リゼルはゆっくりとマリナーに伝わるように声を発する。


「できるの……?」


「マリナーの復讐は僕が必ずやり遂げるよ」


 不安そうなマリナーの言葉に、しっかりと意志を持って答える。大丈夫だと、なんとかすると言葉をつなぐリゼル。


「わかった……」


「じゃあさ、マリナー。お父さんたちのお墓を作ろう。このままじゃ、可哀想だからね」


 抱きしめていたマリナーを離してリゼルは真正面から、マリナーを見据える。あたり一面死体の山だが、それでもやらなければいけない。そうしないと、マリナーはけじめをつけて先に進むことはできないだろうから。


「うん……そうする」


 そう言いながら、マリナーは両親の亡骸に近づき母親の首に掛かっていたネックレスと父親の腕に巻かれていた腕時計に手をかける。二つともすごい血で濡れて、外しずらくなっている。見た目も、それこそグロテスクだ。それでも、今取らないと形見として持っていけるものがないと感じ、マリナーはそれを取り外した。


「大丈夫か?」


 あたり一面に立ち込める血の匂いに、マリナーは吐きそうになりながらも立ち上がる。


「大丈夫です。作りましょう、ここのみんなが安らかに眠れるように」


 二人で作ったものはお墓にしてはあまりに簡単なものだった。大きな穴をリゼルが掘り、遺体をその中に一人一人丁寧に埋葬して、墓石代わりに壊れたコンクリートを建てただけ。あまりに簡単でお墓というにはチープな代物だったがこういうものでも作れば少しは満たされる。


「お葬式なんて上げてあげられないけどね」


 ただただ、祈ることしかできないがそれでも何もしないよりましだと、マリナーとリゼルは二人で墓前に手を合わせる。


「ありがとうございます。それと、さっきはすみませんでした。取り乱しちゃって……せっかく助けてもらったのに……」


「大丈夫だよ」


 マリナーが長い金髪を揺らしながらリゼルに頭をさげる。両親が無くなったばかりで精神的にも辛い時にも関わらず自分の非をしっかりと認められるマリナーの強さにリゼルは少しだけ元気をもらった。


『リゼルー、着いたわよー』


「ロトさん?」


 突如後ろから聞こえる声に、マリナーは振り返る。

 そこにあったのは、巨大な黒い車体のトラックだった。クレーンにソーラーパネル、それを支える巨大なキャタピラ。トラックの各部には至る所に装甲と思われるものがついている。


『マリナー、初めまして私がロトよ。よろしくね』


「この……トラックがですか?」


『ええ、このトラック。武装装甲車≪キャリアー≫が私の体なの』


 そういいながら、マリナーに向けてトラックのライトを二回カチカチとつけて合図する。


「リ、リゼルさん?どういうことなんですか?」


 トラックとリゼルを交互に見ながらマリナーは目をぱちくりさせる。当然といえば当然の反応かと思い、リゼルはキャリアーに顔を向ける。


「姉さん、ホログラムの方で説明してあげて。怖がってる」


『仕方ないわね……』


「え?お姉さん?」


 リゼルの言葉に再び困惑した表情を浮かべるマリナーに向かって、トラックの側部が開きそこから少し小さめのキャタピラ付きの丸いロボットが向かってきた。一昔前の工作用ロボットのような出で立ちだ。


『そうなのよ、戦闘中とかは呼んでくれないんだけどね。リゼルは私の弟なのよ』


 近づいて来たロボットの目のような部分が光、目の前に女性の映像が現れる。リゼルと違う黒く長い髪に、燃えるような赤い目をした、柔和な表情を浮かべた白衣の女性だ。


『改めて初めまして、マリナーちゃん。私がリゼルのお姉ちゃんのロトよ、よろしくね』


「初めまして、マリナー・レウルーラです。あのこれって……」


 現状把握ができておらず困惑しているマリナーにロトは困ったように笑いかける。


『ごめんね、ちゃんと話してあげられないの。それよりも、早くちゃんとした服に着替えましょう』


「あ、はい……」


 追求してはいけなさそうな雰囲気に、マリナーは黙り自分がまだリゼルから受け取ったローブ一枚しか着ていないことに気が付き慌てて小型ロボットについて移動していった。


「リゼル、あの子大丈夫そうか?」


 入れ替わりにトラックから半分だけ体を出してタンクトップを着た恰幅の良い金髪碧眼の男がリゼルに声をかける。筋骨隆々、下は軍隊などでよく着られているカーキ色のカーゴパンツ。


「ガルダ……」


 ガルダと言われた男はリゼルに向かって笑いかけトラックから飛び降りて、リゼルの近くによって来る。


「よっ!その様子なら大丈夫そうだな。まったく、毎度ひやひやさせんなよ。急に飛び出していきやがって」


「悪いな」


「別に悪いとは言ってねえよ。まともに戦えるのはお前だけだからな」


「すまない……」


 リゼルはガルダに背を向けてトラックの中へと飛び乗る。そんなリゼルを見ながら、ガルダはため息を一つだけ付き、その背中に声をかける。


「あんまり、ロトの奴に心配かけんなよ。たった一人の肉親なんだろ」


「……そんなもの何の意味もないだろ」


 言いながら完全にトラックの中に消えていくリゼルを見送りながら、ガルダもその姿を追ってトラックに飛び乗った。


――――――――――――――――――――――――――――


『どお?可愛いでしょ~』


 間の抜けたロトの声にリゼルは目をぱちくりさせた。


「…………」


「おぉ!似合ってるじゃねえか嬢ちゃん」


 リゼルとガルダの目の前には黒いワンピース姿に着替えさせられたマリナーだった。確かに小柄なマリナーにぴったりとフィットしたつくりとなっている。シャワーも浴びたのだろう、髪も先ほどまでと違い上で一つにまとめられている。


「おい、リゼルもなんとか言えよ」


「似合ってるよ、マリナー」


「おいおい、それだけかよ……君は蝶のように美しい……とか言ってみたらどうだ?」


「何言ってんだ。お前じゃないんだから、そんなこと言うかよ」


『まあ、リゼルがガルダみたいなことを言ってればお姉ちゃんがきっちりお仕置きしますからね』


「それにしても、ロトさんこの服どうしたんですか?このトラックの中にロトさん以外の女性はいないですよね?」


 首をかしげながらマリナーはホログラムの中で微笑んでいるロトの方へ向く。いくら何でも不自然な気がする。このトラックの中には女性ものの服があるように見えないのに、どこからこんなものを出したのだろう。


『造ったのよ、やっぱり似合うわね~』


 そんなことを言いながら、どこからか取り出した長い布を小型ロボットを使ってマリナーの胸の部分にリボンのように結ぶ。


「作れるんですか?」


『まあね~。あ、やっぱりこっちの方が可愛いわね~』


 自分がさっきまで着ていた服は、あの日よりも前に作られたものを着ていたものだ。すでにボロボロのヨレヨレの状態だった。でも、今着ている服は型もしっかりしており新品のように感じる。何よりも手触りが今まで着ていたどの服よりも心地よい。


「どうやって……ですか?世界中の工場とかはすでに無くなってるんじゃ……」


『ナノマシンって言われるものでね。繊維から何から一瞬で作れるわよ材料がなければ不要なものを分解して新しいものを作るの。まあ、私にしか作れないけどね』


 言いながらウインクを飛ばしてくるロトにめまいを覚えながらもマリナーはトラックの中を見回した。三段ベットが二つと簡易シャワールームにコンロなど、まるで走るホテルのような内装だ。今まで自分たちがしていた暮らしは何だったのかと思いたくなる。


「それにしてもすごいですね。こんなの、ここ最近見てないです」


「そもそも、これができたのですらつい最近だからな」


 マリナーの疑問にリゼルとじゃれあっていたガルダが答える。さっきまで見てなかった男の人だ。金髪に筋肉、どこかの軍人さんのような出で立ちだ。


「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はガルダ。ガルダ・ゼネラルだ。26歳、ナイスガイだ!よろしくな、マリナーちゃん」


『マリナーちゃんに手を出したら、ここから叩き出しますよ?』


「そんなことしねえよ、そもそも俺はロリコン趣味じゃねえ!」


「ごめんね、マリナー。ガルダはこう見えてしっかり者なんだけどね」


 笑顔でマリナーに語りかけてくるリゼルにどこか違和感を覚えながら目の前の人たちを見る。まだ、ロトの本体は見ていないが全員が優しそうな人でマリナーは安心を覚える。


「マリナー・レウルーラです。みなさん、よろしくお願いします」


 ぺこりとお辞儀をするマリナーに全員が笑顔で答えた。


『さて、それではマリナー。貴女はこれからどうしますか?私たちと奴らを倒す旅に出ますか?それとも比較的安全と言われている人たちが住んでいるコロニーに行きますか?』


「姉さん!」


 ロトの言葉に、リゼルは怒ったように大きな声を出す。それは悲痛な叫びのように、マリナーの耳に届く。


「マリナーは安全な場所に移すべきだ。戦うことを選択させるべきじゃない……」


『そう言うわけにはいきません。これはマリナー自身が決めなくてはならないことです』


 貴方もそうしたでしょう。眼だけでその言葉をロトは訴えかけてきた。リゼル自身、自分で自分が戦うことを選んでいる。それはここにいるロトもガルダも同じだ。ただ、目の前の少女にそれを選択させたくないと思ってしまう。


「最初から、選択なんてさせるな!そうだろガルダ!」


「リゼル……悪いが俺も、ロトの意見には賛成だ。お嬢ちゃんにも選ぶ権利がある」


 先ほどまでのふざけた態度とは違う。真に真剣な表情でガルダがリゼルに向く。それはガルダと一緒に行動する時もとった一つの合図だった。


「……え?」


 目の前で起こっていることに、マリナーはついていけずに再び困惑の表情を浮かべる。安全と言われている地域があることもそうだが、両親を殺したやつらを倒すことができるということに顔の筋肉が勝手に変わっていくことがマリナー自身にも分かった。


「だけど!」


「倒すことが……できるんですか……?」


 リゼルの言葉を遮るようにしてマリナーが言葉を紡ぐ。それは静かだが、確かにしっかりとした意思をもった一言。


『絶対に倒せるわけではないわ。けど、奴らを倒すことも可能かもしれないということよ』


 笑顔。マリナーが浮かべた表情はそれだった。目から涙を流しながら、笑顔を浮かべていた。


『ただね、マリナー』


 笑顔を浮かべて、涙を流すマリナーに対してロトは諭すように言葉をつなげた。


『これだけは言っておきます。腕を潰されるかもしれないし、足が無くなるかもしれない、内臓が潰れるかもしれない。むしろそれは良い方で、マリナーあなたの命が無くなる。死ぬことの方が高いのよ』


「それでも!それでも私は……父さんと母さんの敵を討ちたい……です……」


「絶対に安全な道じゃねえぞ?わかってるのか?人の死に立ち会う場面だって一度や二度じゃない。それでも来るか?」


 自分の命を危険にさらすという事と告げるロトと復讐以外にもキツイことがあると諭すガルダの両方を交互に見たのち、自分の意志を通すようにリゼルの方を向き、マリナーは口を開く。


「私は自分の幸せよりも、両親の敵討ちがしたい!安全なところで両親の死に泣きながら暮らすよりも、生きて奴らを滅ぼしたい!」


「両親がそれを望んで無くてもか?」


 先ほどまでの優しい面影など無いような表情で立ち上がり自分の前に立つリゼルの目を見ながら、マリナーは言葉を返す。


「それでも!私は復讐したい!」


『決まりですね。よろしくね、マリナー』


 抱きしめられない代わりに、ロトはロボットを使いマリナーの頭を撫でる。


『リゼルも、良いですね』


「……わかった……」


 ロトの言葉に頷き、リゼルはソファーに腰を落ち着けた。


『では始めましょうか。ここから人間の、人類の逆襲を……』


 あたりを見回しながら、まるで劇場でオペラを歌い始めるオペラ歌手のような動作で、ロトは言った。

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