何気ない一日のご馳走飯

佐倉伸哉

本文






 ネット上の小説投稿サイト『ヨミカキ』。そこでは読者が好きな作品に星を最大三つ付けられ、お気に入りの作品にはハートが付く形式。

 『ヨミカキ』に昨日投稿した自信作が、今日の夕方前になんと十人以上から三つの評価をつけられ、ハートも五つ付いていた。

 投稿直後、果たして反応はどうなるかヤキモキしていた気持ちが一気に吹き飛んだ。パソコンの画面の前で込み上げて来る衝動を抑えきれず、思わずガッツポーズしてしまった。

 こんな嬉しい日はアレしかない。外に出掛ける恰好に着替えると財布だけ持って家を飛び出して、最も近いスーパーで鶏ももを一パックだけ買ってきた。

 自分へのささやかなご褒美。そんな日はアレが無性に食べたくなる。


 包丁とまな板を準備して、手始めに玉ねぎを半分に切る。そのまま縦にトントンとリズム良く刻んで半月状にスライスしていく。鶏ももは一口サイズに切り揃える。皮はそのまま。

 次に小鍋を用意してコンロにセット。そこへ出汁醤油と水を目分量で注いで、隠し味に酒を少々。ガスコンロの火を点けて暫くアルコールを飛ばして一旦味見したら少し味が薄味だったので醤油を一匙だけ投入。これで割り下は完成。

 そこへ鶏ももを投下。火を弱くしてじっくりと煮詰めていく。色が変わっても中まで火が通ってないこともあるのでじっくり時間をかける。焦げないよう箸でコロコロと動かすことも忘れずに。

 ある程度鶏に火が入ったら薄く切った玉ねぎを投入。こちらは辛味が飛んで甘みが出るくらいが目安。

 立ち昇る割り下の香りを嗅ぐだけで口の中に涎が溢れてくる。だが、これで終わりじゃない。ここまでは下準備であり、仕上げはここから。

 玉ねぎに火が通るまでに玉子を二つ割って掻き回しておいたものを準備。満を持して小鍋へと投下する。

 玉子の黄身と白身が良い塩梅で混ざり合った状態で、さらに割り下と相まって絶妙なハーモニーを奏でている。しかし油断は禁物。小鍋を小刻みに揺らしながら箸を使って全体をかき混ぜる。

 ガタガタとコンロと小鍋の攻防は気にしていられない。盛り付けまでの時間も含めて、最高の固まり加減を目指すために目を離す瞬間は一時も許されない。

 半熟よりも少し固め。透明な白身が艶となって表面を彩っているのが理想だ。火を止め、急いで丼にご飯を盛り付ける。

 ここからが勝負。小鍋を傾け、ふっくらと炊き上がった白ご飯へ向けてゆっくりと注いでいく。鶏ももが、玉ねぎが、重力に負けて白飯の上へ転がっていく。固まりきってない玉子はゆるゆるとこちらを焦らすように滑っていく。

 ただ、それも時間の問題。ある地点を過ぎると自分の重みに堪えきれず一気に丼の中へ落ちていく。鶏ももや玉ねぎが黄金色した玉子をまとって、実に美味しそうだ。


 自分のご褒美飯、『親子丼』。今ここに完成である。


 まずは鶏ももを箸で持って口に運ぶ。柔らかな肉が噛み締めるで弾け、割り下の味がじんわりと染み出してくる。外側の皮もプリプリして、口中に甘い脂となって広がる。

 次は黄金色した玉子をご飯と一緒にかきこむ。濃い目に味付けした割り下が白飯にも染み込んでいて、美味しい。食欲を増進させてくれる。

 あとは流れに任せるだけだった。鶏・玉ねぎ・玉子・白米。このハーモニーに無心で酔いしれた。


 ご馳走様でした。丼に米粒一つ残さず、二十分足らずで完食。

 さて、次にこのご馳走飯にありつけるのはいつになるのかな?今食べ終わったばかりなのに、次が待ち遠しくてたまらなかった。

 そうだ。今の率直な気持ちを『ヨミカキ』に投稿してみよう。これで沢山の反応があったらまた親子丼を作ってみよう。

 ……無限ループになりそうだな。それも、悪くない。

 

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