エピローグ

 目を覚ますと見慣れぬ石造りの天井が見えた。

 天井は窓から光を浴びているのかオレンジ色に染まっている。

 石造りと言うからには、今眠っているここが木で造られているシロエの家では無いということが分かる。

 それにいつも縄に包まれていなかったからか久々に感じる毛布の暖かな感触……。

 予想だが、キングウルフを討伐した直後にいつの間にか気絶してしまい、そのままこの場所に連れてこられて眠っていたのだろう。


 大体ここが何処なのか予想はついてしまったが、これはあのセリフを言うべき時が来たと解釈してもいいと思われる。


「見知らぬ天井だ……」

「何言っているの?」

「し、シロエッ!?」


 人の気配を感じられなかったから呟いてみたのに、すぐ近くにシロエが俺の様子を見ていたようだった。

 俺は慌てて起き上がり、シロエを見つめる。……あれ?

 そう言えば今の俺はあのマヒした感覚は無くなっていて、身体は自由に動かせることが出来ていた。


「……というか手足の骨折も治ってる?」

「チホが治してた。彼女は医療魔法が使えるらしい」

「あ、そうなんだ。介護班って言ってたしな。彼女はそういう魔法が使えるのね。てことはここってやっぱり冒険者ギルド?」


 コクリと頷くシロエに俺はやっぱりかと嘆息する。

 つまり俺が寝ていたのはギルドの治療室って訳だ。

 シロエの決闘で出来た傷を治したときも思ったが、今の俺は骨折どころか擦り傷一つついていない。

 魔法って本当に便利だと思う。


「魔法って凄く万能だな。骨折もすぐに治しちゃうんだもんな」


 シロエに向けてありのままの感想をぶつけた。

 が、シロエは何だか怪しさ全開で吹けもしない口笛を吹きながら何かを隠すように窓の外を眺めていた。


「え、何? どうしたシロエ? 様子が変だが」


 無言でシロエは治療室の扉を指さす。

 いつの間に入って来たのか、扉の前にある女性が一人立っていた。


「普通、骨折って魔法をかけても一瞬では治ることは出来ませんよ? それに死者も蘇らせることが出来ませんし、万能だとは私は思いません」

「え?」


 その人物とは、グレイトウルフに襲われていたところを助け、俺を治療してくれたという新人ギルド職員であるチホさんだ。

 茶髪のショートカットが似合う美人というよりかは可愛い系の人である。

 そんな彼女が何やら気味悪げに俺を見つめている……ように見えた。


「ち、チホさん? どうされましたか?」

「モノ太、もしかしたらバレた可能性がある」

「えっ!?」


 シロエが小さな声で呟いた内容に戸惑いを覚える。


「バレたってもしかして――」

「モノ太くんに聞きたいことがあるんです」

「は、はいっ!」


 彼女の雰囲気から推測するに、バレたかもじゃなくて確実にバレている気がする。

 何をって? そりゃ俺がゾンビであることだよ! 治療した際に俺の身体に触れて異変に気付いたのかも知れない。

 シロエがバレた可能性があると言うってことはその確率は……非常に高い。


「私がモノ太くんの治療を担当させてもらいまして、治療魔法を施していた時にあることに気付いたんです」

「あ、あること?」


 ごくりと唾をのむ。


「そうです。これです。これが落ちてたんです」


 と取り出したのは見覚えのあるゴミ。

 てかこれ、何で出来ているか分からないギザギザの開け口が特徴の飴を包装する袋じゃん!!

 俺の着ていた服を除いた唯一の日本から一緒にこの世界に来た物である。


 学校の調理室に二つ置いてあって、その内の一つをポケットに入れてたんだが……その時の飴だ。

 そういえば今着ているズボンは俺の制服のズボンである。

 要するに、いつの間にかズボンから飴が落ちたのをチホさんが拾ったってことだ。


「これがどうしたんですか?」

「私が聞きたいことはこの見たことない袋に入ってた食べ物の持ち主です。モノ太さんのですか?」


 あ、あー。なーるほどね。聞きたいことってこの飴のことだったのね。

 シロエがバレたとか言ったからゾンビであることがバレたと思っちゃったよ。

 彼女はあの飴の持ち主を探していたってわけね。


「それ、俺のですよ」


 なら別に隠すことでもないし素直に答えることにする。

 ただ、彼女が持っているのはゴミである。肝心の中身の飴の姿が……無い。

 自分で食べた記憶は無いんだけど……てことはまさか彼女が食べたか。


「申し訳ございません。中身を思わず口に含んで食べてしまいました!! とてつもなく美味しかったです!!」


 正直者だ。さらに感想を述べるとは大したものである。それ以前に見知らぬものを口に含めるとか肝が据わっていらっしゃる。


「それなら大丈夫ですよ。別に」

「モノ太、そのごみは何が入ってた?」


 シロエは興味があるのか俺に中身を尋ねてきた。それを素直に答える。


「え? あぁあの中にはもともと飴と言う食べ物が入ってたんだ」

「飴?」

「まぁ簡単に言うと砂糖の塊みたいなもんだ」

「ささささささささささささ砂糖ですか!?」


 チホさんは慌てた様子で俺にしがみついて来た。

 あ、そうか。確かこの世界は砂糖の価値が高いんだったっけ。塩は安いが砂糖は高価で取引されているのだ。

 だからこの世界で甘さを摂取するには貧乏人からするとジュースしかない。

 ムミカンのジュース、あれ酸味もあるけど一つ100ガルドで提供されているからな。

 ちなみにこの情報は塩を買うときに商店のおばちゃんに聞いた知識である。


「どうしましょう私、そんなの知らずに食べちゃいました!! 口に含んだ時にもしかしてと思いましたけど! あああ何もお返し出来ませんよ!! これは身体で払うしか……!!」

「体でッ!?」


 うおっと、それくらいの価値があったのかあの飴ちゃんは!

 体で払うねぇ……。

 警察官を目指していた俺にとってしてみればそんなことで気を許してしまうのは決して許されないことだ。


 だけどチホさんは可愛らしい方である。

 アンジーさんのように夫が居る様子も感じられないし。

 それに今の俺は冒険者。荒くれ者らしく、頂いちゃうのも有り……。


「モノ太」

「うおっ!?」


 シロエの言葉で我に返る。どうやら年齢=恋人が居ない歴ってことでいつのまにか脳内が暴走してしまったらしい。

 あっぶね。人として最低な考えに辿りつくところだったぞ!?


「シロエ、ありがとな」

「何が何だかよく分からないけど、んっ」

「んっ?」


 シロエが手を差し出している。


「なにこの手」

「私も食べたい」

「……ゴメン、一つしかないんだ。チホさんが食べたので最後」

「モノ太の馬鹿」

「グハッ!!」


 殴られた。俺、一応回復したし、痛みは感じられないけど怪我人なんですがッ!! 俺ッ!!

 続けて二発目が来そうだったので俺は慌てて弁解する。


「分かった!! いつか砂糖買って作ってあげるから!!」

「本当に?」

「本当本当!! だから拳を下ろしてくれ」


 俺の言葉を信じたのかシロエは拳を下ろして分かったと頷くと殴るのを止めたのだった。

 また骨折するところだったぜ……今度はあばらをな。

 一息ついて、ふとチホさんを見つめると彼女は申し訳なさげに俺たちを見つめていた。

 俺はフッと笑みを浮かべて言う。


「大丈夫ですよ、チホさん。気にしないでください」

「でも……」

「俺が気にしないでと言うんだから気にしなくていいんです。だから女の子が体で払うとかどうこう言っちゃいけませんよ。折角可愛らしい方なんですから、その体は大事にね」

「モノ太さん……」


 決まった。今いいこと言ったと思うぜ、俺。

 チホさんの様子を伺うと、顔が段々赤くなっている……気がする。

 こ、これってもしかして……。


「分かりました! 本当にすいませんでした、ありがとうございます!」


 フラグ成立ならず。彼女はいつも通りの表情に戻っていた。

 ラノベみたいな一級フラグ建築士になってみたいです。ありがとうございました。


「モノ太さんにはもう一つ、何で心臓の動きが確認できなかったのかと聞きたかったのですけど、また今度にします! それでは、本当にすいませんでした!」


 彼女はタタターっと去って行った。

 ……やっぱりバレてる。

 すると彼女と入れ替わるように、アンジーさんが顔を出した。


「良かった、モノ太くん起きたのね。冒険者の人たちから聞いたわよ、モノ太くんが来て戦況が変わったって!!」

「へっ!? あ、アンジーさん。すいません心配かけたみたいで」

「本当よ、でも無事に戻ってくれて良かったわ、今ギルドではギルドマスター主催の宴会が開かれてるから、歩けるようだったら参加をお勧めするわ」

「分かりました」


 あれだけ大変だったのに宴会ね……冒険者もタフな人ばかりだ。

 死者も出ただろうに。ギルドマスターは宴会と言う名目で参加したパーティを労い、死んでしまった冒険者を弔っているのかも知れない。

 遠くから聞こえてくる騒ぎ声を聞いて俺は立ち上がる。


「モノ太、宴会に参加する?」

「当たり前だろ、宴会ってことは食費が浮く可能性があるからな。今の俺たちの所持金はいくらだ?」

「0」

「だろ? 参加して損は無いはずだ」

「そう」


 シロエは宴会に向かうために治療室の外に出ようとして、一瞬足を止めた。


「ん? どうしたシロエ」

「私からもモノ太に言いたいことがあるのを忘れていた」

「……なんだ?」


 シロエは無表情な顔で俺を見つめて言う。


「モノ太の力はやっぱり危険だと思う」

「……へ?」

「でも少なくともここ数日モノ太の様子を見て、貴方は害のないことがよく分かった。だから改めて言わせて」


 シロエがそっと手を差し伸べる。


「改めて私の仕事を手伝って。取引とか無しに、対等な関係で」


 一瞬彼女が何を言ったのか分からなかったが、意味を理解し、段々と嬉しさが込み上げてくるのを感じた。

 俺の返事はとっくに決まっている。


「当たり前だろ、よろしく頼むぜ」


 と彼女の差し出した手を掴んでそう言ったのであった。

 俺の異世界でゾンビとして生きていくことになった生活は終わらない。

 むしろここから始まったと言って過言じゃないな。

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異世界でゾンビとして生きてくことになったのですが 七菜 奈々那 @nananananana

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