見える人間がみんな好きな人になりたい

ちびまるフォイ

好きすぎて好きすぎて震える

「ああ、好きすぎて辛い! うおおお!!」


身を焦がすような恋とはこんなにも辛いのか。

美鈴さんのことがいつも頭に浮かんで仕事も日常も手につかない。

顔を見てしまうだけで息がつらくなり心臓が苦しくなる。


「このままじゃ俺が恋に殺されてしまう! なんとかしなきゃ!」


世間とは広いものでネットを探してみるとちょうどいいのがあった。

『人間MOD』というアプリをケータイにインストールした。


・自認モード

・他認モード


「えっと、自認モード、だな」


自認モードを押して美鈴さんの顔写真をスキャンする。

その瞬間、俺の目に映るすべての人間が美鈴さんになった。


コンビニ店員も。

テレビに映る芸能人も

はては、トラックの運転手すらも。


「ううう! く、苦しい! 緊張しすぎて苦しい!

 でも、これは俺が美鈴さんを克服するための荒療治なんだ!」


好きな食べ物でも毎日食べれば飽きるように、

どんなに好きな人でもすべての人間が美鈴さんに見えれば克服できるだろう。


しかし、通行人が通るたびに胸が苦しくなる。


「ぐはっ! なんて美人なんだ! 死ぬ!! 恋い焦がれて死ぬ!!」


顔を見るだけで苦しくなる。

こんなんで本当に大丈夫なのだろうか、先に俺が死ぬんじゃないか。


数日もすると、人間の適応力のすごさを思い知った。


「ふぅ、だいぶ平気になったな。まだまだ好きだけど、顔を見ても苦しくはなくなったぞ」


日常生活が過ごせるようにまでは慣れてしまった。

好きな気持ちはくすぶっている。


さらに数日過ごすと、あれだけ好きだった顔もぶん殴りたくなるほど憎くなった。


「やった! 作戦大成功だ! もう全然苦しくないぞ!」


美鈴さんの顔も見慣れすぎて、もう完全に飽きてしまった。

心臓も苦しくないし、恋焦がれような気持ちもわいてこない。


もう美鈴さんは特別な存在ではなくなった。


「よし、そろそろアプリを解除して……」


「キャーー! どろぼーー!!」


声に振り向くと、美鈴さん……の顔をした通行人のカバンを奪った

美鈴さん…の顔をした泥棒が俺のそばを走り抜けていった。


前までは恋い焦がれすぎて何もできなかったが、今の俺は違う。


「待て――! この美鈴…じゃなくてどろぼ――!!」


犯人を追いかけられるのは俺しかいない。

顔が元好きな人だからって何もできなくなる俺じゃないんだ。克服したんだ。


ぐんぐんと犯人の距離を詰めて押し倒す。


「捕まえたぞ! この泥棒!」


美鈴さん…の顔をした人間を捕まえるのは、克服したはずの気持ちが少し揺らいだ。


「言え! お前は誰だ! 名前を言え!」


「…………」


犯人は口を割らない。自分を特定されたくないんだろう。

だったら顔を覚えてやる。


俺はスマホを取り出して、アプリを解除して……。



『自認モードはすでに解除されています』



「えっ」


泥棒を見つけたあと、アプリはすでに解除されていた。

ということは今、俺に捕まえられている美鈴さんの顔をした泥棒は……。


「み、美鈴さん!?」


まさかのご本人登場だった。


思わぬ展開だったせいで蓋をしていた恋心が爆発した。

一気に心臓が苦しくなって、気持ちが抑えきれなくなる。


「美鈴さん……」


「はぁ、捕まっちゃった。どうする? 警察につきだすの?」


「いや……」


俺は美鈴さんを離した。


「どうして? どうして見逃してくれるの?」


「君が……好きになったから」


締め付けられる気持ちをこらえながら声をふりしぼる。


「"人間MOD"で普通の人に感じられる努力も嫌えるようになる努力もした。

 でも、こうして美鈴さんの顔を見ると、克服した気持ちがぶり返したんだ。

 やっぱり……俺は美鈴さんが好きなんだ」


「……そうなの」


「だから、このまま行ってほしい。

 そして、俺が見損なわない美鈴さんで、俺の好きな美鈴さんでいてください」


美鈴さんは手元でケータイを操作する。


「あの、何を……?」


「人間MODね、私も使っていたの。

 自認モードを使ってくれたってことは、本当に好きなのね。だから……」


美鈴さんは電話をかけた。


「もしもし? 強盗がいました。○○丁目にいます、すぐ来てください」


「美鈴さん!? なにを!?」


「自首するわ。あなたの気持ちを聞いて、私の価値を下げたくなくなったの」


「美鈴さん……!!」


ああ、この人はやっぱり素敵な人だ。

ますます恋心が募って胸が苦しくなった。


やがて警察が来た。


「あなたが強盗ですね。署まで来てもらえますか?」


警察は冷たい手錠を迷わずにつけた。




俺に。


「ちょっ……ちがっ! なんで俺なんですか!?」


「抵抗するな!! その顔で言い逃れできるか!!」


強引にパトカーにのせられるとき、美鈴さんがスマホの画面を見せた。



「人間MODの"他認モード"ってね、他人から見られる他人の顔を変えられるの。

 使ったことってないでしょ?」


パトカーのガラスに映った自分の顔を見た。

映っていたのは"この顔にピンときたら"の犯罪者顔になっていた。


「ひ、人を顔で判断するなぁぁ!! 俺は泥棒じゃないんだ!」


「なに言ってやがんだこいつ。さっさと車に乗れ」



警察署につく頃には、美鈴さんに抱いていた100年の恋も冷めていた。

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