第3話




【1】



 ソーラーカーの走る音、人の話し声、鳥の鳴き声。薄く目を開けると、カーテンが外の光を受けて白く波打っている。

 太陽の街の朝は早い。

 俺は時計で時間を確認し、まだ出勤までだいぶ余裕があることを知ると、再び目を閉じて、タオルケットを引いた。が。

 何かに引っかかっている。動かない。俺は怪訝に思い上半身を起こす。隣になにやらゆるやかな二つのカーブを描くなにかがタオルケットにくるまって横たわっているのがわかった。

「!?」

 俺はタオルケットをぐいっと引いた。隣に横たわっていたのは、女の身体。こちらに背を向けているが、何も身につけてないので、まろやかな肩、きれいな背中、そこに繋がる見事な曲線と二つのお尻が、柔らかそうな太ももが丸見えだった。ただ一つ奇妙なのは、お尻の少し上からかぎ付きの尻尾が生えて脚に寄り添うようにしていることだ。

「誰だあああああああっ!!」

 俺は動揺のあまりタオルケットを女の身体に投げつけ、ベッドから飛び出した。なんだこの状況は。俺が、俺がこの状況を?俺は頭を高速回転させる。ない。女をベッド、いやベッドどころか部屋に連れ込んだ覚えは、絶対にない!

「うう……ん」

 悩ましい声をあげながら、女は上半身を起こそうと片手をベッドについた。さらりと赤紫色の髪の毛が落ちて広がる。

「うるっさいわねぇ……もっと優しく起こせないの?」

 聞き覚えのある声だった。女はゆっくりと目をこすったあと、こちらを向いた。

「おおおおおお前っ」

 タオルケットが身体からするりと落ちて、二つの大きな胸が露わになる。それは豊かに揺れてまるで誘うようだった。

 固まっている俺の前に女の手が伸びてきて、頬を挟むと、ぐいっと正面を向かせた。

「胸じゃなくて顔、見なさいよ。忘れてないんでしょ」

 妖艶ともいえる笑顔でそう言った女は、先日白魔女リカ様の家周辺で大暴れした、半魔の魔法使いのミリだった。




「つまりぃ」

 服を着たミリはベッドに腰掛けて足を組み、人差し指を立ててゆらゆらと揺らした。

「自分一人じゃ魔物の居場所すらわかんないダメダメなあんたに、このあたしがわざわざついててあげようってこと。ありがたく思いなさい」

 突然の乱入者、もといミリの話を要約するとこんな具合だ。

 ミリに言われた通り、俺は魔物ハンターでありながら魔物を検知する力がない。そこで、北の白魔法使いゴードン様が、魔物の気配を知らせてくれる道具を作ってくださるらしい。しかしそれには少し時間がかかる。それまでの間、ミリがその道具の代わりに俺と行動を共にしてくれるという。


「ちょっと待ってくれ。その間ここに住む気か?」

「悪い?」

「遠慮してほしい」

「なんでよ。このあたしを寒空の下に放り出すつもり? あたしはリカちゃんから言われて仕方なくこんなとこまでやって来たのよ」

 ああ、それでこんなに得意げなのか。リカ様も説得に苦労したことだろう。俺はリカ様を思いため息をついた。




「……で、こっちに回ってくるわけか」

 事情を聞いたイーリャは俺とミリを半目で見た(ミリが裸だったことは皆には伏せた)。応接室のソファにミリはふんぞり返っている。イーリャの目にはさぞかし小生意気に見えただろう。

「まあ……いいさ。部屋はある。あまり好き勝手しすぎたら追い出すからそのつもりでいてくれ。ここはいちおう仕事場も兼ねてるんでな」

 ため息と一緒にそう吐き出して、イーリャは席を立ち、場を離れようとした。

「ねぇ、あんたイーリャっていったっけ」

 ミリの声にイーリャが足を止める。

「なんだ」

「あんたエルフなのに魔力ほとんどないのね。どうして?」

「……!」

 イーリャが表情をかたくした。俺も驚いた。イーリャには魔力がない?まるで思いもよらなかった。

「……生まれつきだ」

 絞り出すようにイーリャが答えると、ミリはにやにやと笑って言った。

「なるほどね。それで隠れ里から逃げてこんなはきだめの街に住んでるわけか。住む場所提供ありがと。仕事終わったら色々教えてね」

「逃げたわけじゃない!」

 イーリャが声を荒げた。顔が赤い。

「あんたには関係無いことだ。追い出されたくないなら余計な詮索はしないでくれ」

「はぁーい」

 ミリは悪びれる様子もなく間延びした返事をした。そして自分も立ち上がると、事務所のあちこちをぷらぷらとしはじめる。やがて、ミリは事務仕事をしているシエラのとなりにすとんと腰を下ろした。シエラはにっこりとミリに微笑みかける。

「これからよろしくね」

 しかしミリはそれには答えず、

「あたし、あんたみたいな子きらーい」

 あろうことか、そんなことを言ってのけたのだった。

「おい、ミリ!」

 なんてこと言いやがるんだ!

 俺はミリの腕を掴んで立たせた。シエラは言われたことの意味がまだ脳味噌まで達していないみたいで、笑顔のままぼんやりしている。

「いたっ、ちょっと、何すんの! だいたい、リカちゃんがこの子に送った魔法書はもともとあたしのだったんだから! ちょっと魔力が高いからってそう簡単に全部マスターできるなんて大間違いなんだからねっ!

 努力すれば魔物にだって太刀打ちできるはずとか信じ込んでるなら相当お花畑だよ、ちょっとリカちゃんに目をかけて貰ったからってバッカみたい」

「あーーー!!!だまれだまれ!!!」

 俺はミリを小脇に抱えると事務所の外に出た。ミリをここに置くのは無理かもしれない。いや、断言する。無理だ。

 しかし、白魔法使いの役目にはミリの力を借りなければならない。くそっ。


「スミマセーンこちらの事務所の方ですかー?」

 扉の前でこれからどうしようか悩んでいると、そんな明るい声が耳に飛び込んできた。振り向いた先には鉢植えを持ったリスの獣人がいた。花柄のツナギから大きな尻尾がはみ出している。

「ここのシエラさんにお届けものです、サインくださーい」

 シエラ宛の贈り物。

 俺はまたか、と思いながら預かり証にサインをし、鉢植えを受け取った。この送り主は以前の依頼人で、どうもシエラに惚れたらしく今回のように鉢植えやら高価な服やら靴やらカバンやら贈りつけてくるのだ。

 人間の青年で年の頃は30代くらい。人間なら恋愛話やら結婚話やらに夢中になる年頃らしい。

 俺は事務所の扉を開けて、シエラに、

「お届けものでーす」

 とぶっきらぼうに言って鉢植えを手渡した。

「あら。またリクオさんから……素敵だけど、こんなに頻繁じゃ申し訳ないわ……」

「もらっとけよ。そのうち音をあげるさ。所詮は異種族だからな」

 イーリャが呆れたように返した。

 ……。正直俺は嫌なんだが。なんで受け取れとか言うんだ。イーリャのやつ。どうせ異種族だと思ってるんなら、務所の規則で受け取りがたいとか、なんかこう方便つかったっていいだろう。俺はみけんに強くシワが寄らないよう、苦労する。

 でもシエラと異種族ってところは俺もおなじでもあるんだよな。

 半分……。



【2】



 結局。

 ミリには俺の部屋を使わせることにして、俺はアパートの屋上にテントを張って寝ることにした。

「魔物が動き出すのは主に夜だから、あたしはしばらく休ませてもらうわね~」

 ミリはそう言って俺のベッドですやすや寝入ってしまった。



 ミリが来た日は何も起きなかったが、日に日に夜の魔物退治の仕事は増えていった。奴らはケモノの姿をしていたり、ヒトやエルフや獣人の身体を借りていたり、様々だったが、出没する場所は決まってソーラーパワーが切れたり工事が行き届かなかったりする暗がりや郊外の森林の中だった。


 ミリの助力のおかげで苦戦することは殆ど無かったが、俺は魔物を退治し灰になる奴らの姿を哀れに思うようになってきた。奴らは何のために生まれて、死んだら何処へ行くんだろう。乗っ取られたヒトたちはどうなるんだろう。

 なんとか、救えないのか?

 万物を育む太陽の光にはそれほどの力は無いのか?

 そう考えるようになっていった。



「お届けものでーす」

 ソファで半分眠りかけていた俺はその声で目を覚ました。

 玄関に出ると、シエラが大きな箱を運送屋から手渡されているところだった。またあいつか、と思いながら近づいて預かり証を見ると、やはりいつものリクオだった。

「じゃ、確かにお届けしましたー」

「ちょっと待ってくれる?」

 帰ろうとした運送屋に声をミリが声をかける。ミリは、運送屋が手に持っている預かり証に鼻をくっつけて、くんくんと匂いを嗅いだ。

「ミリ?」

「あ、なんでもなーい。ごめんね、帰っていいよ」

 運送屋は腑に落ちないような顔をしたが、ミリに追い払われるようにだるく手のひらを振られ、小首をかしげながらも帰って行った。

「何かしら……」

 シエラが小首を傾げながら荷物を開ける。中にはまるでウエディングドレスを思わせるような真っ白で豪華なドレスが入っていた。

「さ。ヨーク、行こう」

 ミリが俺の方へ手を伸ばした。手首をぐいと引かれて耳元にミリの唇が寄せられる。ミリは小声で言った。

「あの送り主の名前から魔物のにおいがした。きっとシエラを狙ってる。シエラがやられる前に、行こう」

「……わかった」

 事務所の扉を開けると、空が紫色に暮れかけていた。ミリは、シエラに向かって、

「シエラ、そのドレス、絶対着ちゃダメだからね」

 と釘を刺した。

「えっ……待って、二人ともどこに行くの?」

 不安げなシエラの声を背中で聞きながら、俺は答えられなかった。



【3】



 ミリはほうきに、俺はソーラーバイクに乗ってそこにたどり着く。

 リクオのアパートは郊外にあった。明かりのついた部屋はひとつもない。陰気な雰囲気が周りに立ち込めていた。

 リクオの部屋のブザーを鳴らすと、がちゃりと音を立ててドアが開いた。くらい部屋からおかしなにおいが流れ出してくる。

 食べ物や汗の入り混じったような。

「やあ。誰かと思ったら、便利屋さんじゃないですか。シエラさんはお元気ですかね? こないだも贈り物させてもらったんですけど、どうですかね、喜んでもらえてますかね」

 俺の顔を見るなりまくしたてるリクオの顔はげっそりと青白く、頬はこけて目だけがギラギラしていた。……依頼で見かけた時とはまるで別人のような面持ちだった。どう見ても尋常じゃない。

 俺はリクオの腕を掴んで、言った。

「リクオさん。ちょっと外に出てください」

「え?なにかななにかな?もしかしてシエラさんが来てたり?」

 リクオは嬉々として、裸足で外へ出ようとする。獣人でもない人間のこいつが、靴を履く気配すら見せない。

「シエラは、来てません」

 リクオは俺の言葉に突然動きを止めた。こちらに背を向け、肩を落として、ぶらりと両手を下げている。

「来るよ」

 何を狙ったのか、ミリが短くそう告げた。瞬間、リクオの身体がぶるぶる震え出して、もごりと肩が盛り上がる。頭がぶくりと膨らみ、胴回りも両脚も3倍ほどの太さになった。

「なんでシエラぢゃんきてねぇんだよおおおおおおおおおおお」

 その咆哮を合図にしたように、アパートがべしゃりと崩れて、中から黒い影たちがぞろぞろと湧いて出た。魔物たち。おそらくソーラーシステムの故障か何かで、集まってきたんだろう。そのなかにいたリクオは、きっと、喰われてしまった。中身だけを。

 乗っ取られてしまったんだ。

「ソーラーブレード!」

 俺は右手にソーラーブレードを召喚した。

「雑魚は任せて」

 一斉に飛びかかってくる黒い影たちを、ミリは雷撃でどんどん撃ち落とす。

 俺はその真ん中を歩いて、リクオだったものの前まで来た。

「シエラぢゃん……シエラぢゃんタベル……シエラぢゃん……」

 最初はちょっとした恋心だったんだろうか。

 それが魔物の影響でここまで黒く膨れ上がって。

 喰われて、取り憑かれた。

「オマエ……ジャマ……ジャマナンダヨオオオオオオオッ」

 リクオが膨れ上がった右腕を振り上げ、振り下ろす。それを俺は素手で受けた。じゅうじゅうと服と肉の焦げる音がする。

「リクオさん。シエラのどこが好きなんだ?」

 俺は、優しいとこ、かわいいとこ、ちょっと頑固だったりするとこ……全部。全部が好きだよ。

 リクオの腕を押しのけて、ソーラーブレードの青いボタンを押す。

 よろけたリクオをそのまま斜めに斬った。

 俺たち、同じだったかもしれないのに、どうしてこうなっちゃったんだろうな。ソーラーブレードが手から消える。リクオはずうんと倒れ、やがて灰の山になった。

 俺はしばらくその灰の山を見つめて立ちすくんでいた。俺は魔物を退治した。だけど。

 リクオは救われたのか?

 リクオの想いはどこへ行くんだ?

 足元に風で運ばれてきた、たくさんの紙の数枚を俺は拾い上げた。どれも、リクオがシエラに書こうとして途中でやめた手紙だった。

 ミリは手早く手紙に目を通し、言った。

「集めて処分しとこう。シエラが怖がるよ」

 ミリは手紙を拾いながら潰れたアパートへと向かう。俺もそれに続いた。足が重かった。



 事務所に帰ると、シエラが駆け寄ってきた。

「ヨーク……よかった、無事で」

「うん」

 俺は生返事をして、そっとシエラを抱きしめる。シエラはぴくっと肩を震わせたが、すぐに落ち着いて俺に身を任せた。

 魔物が何匹襲って来ようと、関係ない。そうだ。

「この先何があっても、シエラのことは俺が絶対護るからな」

 迷っている場合じゃない。

 やるか、やられるかなんだ。

 俺は俺の護るべきものを護る。ただ、それだけでいいんだ。



 ……本当に?



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雑種エルフのハンター稼業 笹団子 @0141gohan

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