瞳をとじて、耳をふさげば

はじめに言葉ありき。

言葉が世界のカオスを切り取り始めてから、億万年。

わたしたちの祖先は言語を使ってモノゴトを概念として捉えはじめた。

まずは天と地をを乖離し、おつぎは大地と大海を分かち、さらには自然のあらゆる事象を区別し始めた。

あの地べたを這っている動物は何だろう、あの空を飛び回っている動物はなんだろう、海ですいすい泳いでいるあれはなんの動物だろう。

そうやって動物たちを分類してくうちに、人類は気づいた。

われわれはわれわれを言い分けなければならない。


われわれはどこから来たのだろう。

われわれは何者だろう。

われわれはどこへ行くのだろう。


とりあえず、人ということにしておいた。われわれは人類だということにした。

人類を讃えよ。

われら言葉を巧みに操り、万物霊長の頂に登る高等知的生物なり。

まだどこから来たのかは分からないし、どこへ行くのかは分からないけれど。

それからして人は言語を生み出した自分に手をかけた。

「わたし」という言葉で自由を謳い、革命を起し、社会を変えてきた。

あれあれ、どうしたことか、わたしたちは全てを分断してしまおうとしていた。

ばらばらにしてしまおうとしていた。


あなたとわたしの間柄さえ。

人類をつないでいた言葉さえも細分化していった。

名前、戸籍、出身、血縁、指紋、声紋、網膜、DNA、腸内フローラ、エトセトラ、エトセトラ。

ありったけの個人情報IDをもとに、お前は誰だ、わたしは誰だというトートロジー問答を社会は続けていった。

一人一人のかけがえのない個人を見守り、自由を与えるために。


おわりに音楽ありき。

ばらばらになってしまったみんなをつなぐ、みんなのうた。

個人ノードをつなぐ関係エッジ

一人一人を個人の単位とするのではなく、社会そのものを個人の単位としてしまうこと。

それは救い。それは禍い。

音楽は言語や人種、性別、世代間、しまいには個人レベルの差異を超えて、その普遍性を轟かせた。

交響曲はひとりひとりを、ひとつにしたのだった。


けれども心配ご無用。

わたしは今、わたしだ。

わたしたちは今、カフスと呼ばれる超密閉型耳栓をしているから大丈夫。

外界の音だけを取り入れながら、他人の音楽に耳を塞ぎ、自分の音楽に浸りながら平和に暮らすことができる。

満員電車の中でさえへっちゃらだ。

そして、この会議室の中でもね。

「音は肉体から発せられる微弱な波長です。ドップラー偏移もあります」

わたしは学説論文のリファレンスを会議室にいる全員の耳に届ける。

視覚情報は未だに危険視されているが、全面的に保護するまでにいたっていないため、都市部の人間のほとんどは瞼を閉じて生活している。

瞼を閉じていてもカフスによって調音された音は脳内にアポフェニアされる。つまりは視覚的イメージを提示してくれるから生活に支障はない。

画像はイメージです。

ほとんどの日常生活を過ごす時も、娯楽に耽るときも、仕事場で勤務する時でも聴覚情報でのやり取りが常だ。

それでも、マナーはマナーであってそれも新しい世代の好奇心旺盛な子供たちは瞼を開けようとしてしまう。交響曲を知っている大人たちのような危険意識は年々希薄化している。

十年も経ったのだから仕方ないことではあるのだが。

今の所、音はある一定の波長を持っていて計測器で特定のエリアでの度数を調査することができるようになった。わたしたちはその調査員で、天気予報士みたいな仕事を受け持っている。

事細かに言うと、音響庁は環境省と国土交通省の兼属ということになっている。

が、この問題は国家の行政全てがわたしたちだけの仕事ではないし、実際不慮の暴動が起きた時には機動隊員を派遣せねばならないし、大規模な健康被害が出た場合は医療機関の対応が迫られる。国連の介入もままあるし、それに関する機関も作られている始末だ。

「これはパンデミックというより災害だ、地震や津波と同じような天災みたいなものだ。けれど、人がいなくなれば起こりえない人災だよ」

「人災…ですか…」





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そこからは誰かの彼岸 罰点荒巛 @Sakikake7171

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