えぴろーぐ!!

《20YY年 6月X日――》


「だつごく」の達成から一週間。

 あたしたち受刑者はすべて解放され、すべての罪が帳消しとなった。


 その一大事はテレビのニュースにも取り上げられたが、あたしたちの名前は伏せられ、その自由だけがおおやけに主張された。

 つまり、あたしたち一同は、公的な自由を取り戻したのである。


 かの『しらゆり刑務所』は、規約によって機能を失い、現在では早くも改装工事がおこなわれている。記者会見で涙ぐんでいた刑務所長さん曰く、その施設の行く末は、看守さんたちの再就職先としてパン工場へと生まれ変わるそうな。

 何はともあれ、これですべてがまんまると丸く収まったのである。


 刑務所を抜けた日、あたしは無事にオウチへと帰還した。

 玄関のドアを開けたときのお母さんのリアクションは至って平然で、「なんや、もう戻ってきたんかいな」だった。

 娘が「だつごく」をして帰ってきたのと言うのに、家族の反応は案外そんなもんである。

 まあ、褒められるようなことでもないので、叱られるよりかはましであった。

 あたしが「だつごく」できたのは、母親譲りの肝っ玉のおかげだったのかもしれないとも思ったひと時でもあった。

 

 そんな感じであたしの日常は、入所前と何ひとつ変わらないものだった。

 学校があり、勉強があり、その先にテストがある。

 今はまだぼんやりとしているが、さらに先には受験やら就職やらと何かと厄介な出来事たちが待ち構えている。

 看守のお姉さんが言っていた通り、お外の世界は、刑務所の中とさほど変わらない、ただの縮図なのかもしれない。


 ……いや、逆?


「刑務所」が社会の縮図で、「社会」は、刑務所の拡大図……?


 う~ん。

 

 やっぱり世の中は、よくわからないのだ。


 でもあたしは、前よりもちょっぴり強くなれたのできっと大丈夫だろう。


 ――それに、世の中には、楽しいことがいっぱいある。



《『トーキョー都』駅前の歩道――AM6:30》



 なぜならば、今日は日曜日。

 今日はみんなで、出所お祝いのデートの日なのだ。

 エリカ先輩となのらちゃん、そして、一緒に「だつごく」をした受刑者みんな。

 総勢50名。

 総勢50名で、お隣の県にある巨大遊園地で、大規模な『団体デート』を決行するのだ。


 事の発端は、エリカ先輩からオウチへ届いたお手製の招待状。

 エリカ先輩が、みんなの住所を調べ上げ、全員に招待状を送っていたのだ。

 みんなの住所はばらばらなので、AM10:00に現地集合。


 にもかかわらず、四時間も前に家を出たあたし。

 めかし込んだあたしが、一人でうきうき駅へと向かう。

 早朝、まだらな雑踏を、スキップしながら駅へと向かう。


(♪~)


「だつごく」してからみんなと会うのは初めてだ。

 お外の世界で、みんなと会うのが初めてだ。

 もう受刑服なんて着る必要はありません。

 きっとみんな、それぞれに精一杯のお洒落をかましてくることだろう。

 ふわっふわの白いフリルを着た、このあたしのように――――


(ふわっ、ふわっ!)


 スマホの通販で買いました。

 慣れない口紅も塗ってきた。

 ファンデーションとかマスカラとかは、まだちょっとよくわからないので買った試しがございません。


(わくわく!)


 みんな、どんなお洋服を着てくるのだろう。

 みんな、どんな日常を過ごしているのだろう。

 会ったら最初に、なんて話そう。


 なのらちゃんは元気かな。

 あの子もその子も元気かな。


 やばい。

 わくわくが止まらない。


 ――自由だ。


 あたしは駅へと猛ダッシュ。

 お外の世界は、やっぱり楽しい。

 これから始まるお茶目なデートが、楽しみで楽しみで仕方ありません隊長~。




 しかし、




「オーライ! オーライ! モジモジ、スルナー!」


(びくっ!)

 浮かれ尽くしたあたしのお耳に、街中まちなかからが飛び込んできた。


「オーライ! オーライ! モジモジ、スルナー!」


 青い帽子に、青い制服。無慈悲な棒読み、無表情。

 そのお姿は紛れもなく、看守のお姉さん――有亜堂刑務官だ。

 ――いや、失礼。今はどうやら『警備員』のようだ。

 警備員のお姉さんが、駅前の小さな工事現場の真ん前で、トラックを相手にぐるぐると警棒を振り回している。


「オーライ! オーライ! モジモジ、スルナー!」


 お姉さんの誘導に従い、一台のトラックが現場の奥へと入っていった。

 一仕事終えたお姉さんは、顔色ひとつ変えず、ぽつんと一人で立ち続けている。


 ……アルバイトだろうか。

 刑務所の中も狭かったけれど、どうやら世の中も、なかなかに狭いようだ。



「お姉さあーん!」


 あたしは声を掛けながら、お姉さんの目の前へと駆け寄った。


「よ、49番……!」

 お姉さんはあたしに気付いたが、「はっ」として帽子のつばを押さえている。



「このあいだは、どうもありがとうございました!」

 たどり着いたあたしは、すぐさま頭を下げた。

 あたしがここに立っていられるのも、お姉さんがあたしを逃がしてくれたおかげである。


「わ、私に話しかけるな! 仕事中だぞ!」

 厳しい口調で、お姉さんが怒鳴った。

 お外の世界でも、あたしはまた怒られてしまう。


(お姉さん……?)


 だけどその表情が、だんだんと赤らんでいく。


 それは、怒りによるものだろうか。

 いや、違う。これは……。


「…………」

 あたしは、じっーと、お姉さんのお顔を見つめた。

 赤らんでいく頬の「真実こたえ」が浮かび上がるまで、あたしはじっーと見つめ続けてやる。



「…………」

「――――」


「……」

「――」


「……………………」

「――――――――」


「…………」

「――」



 やがて、お姉さんは観念したのか、目を逸らしてあたしに言った。


「未成年との恋愛は法律で禁止されている。さっさとどこかへ行け」


 帽子のつばを押さえながら、お姉さんが横顔を向ける。


「デートの約束があるんだろう? もじもじしてたら遅れるぞ――」



 お姉さん。

 あたしは、もじもじなんかしていません。


「お姉さん――」


 ぐぐっと背伸びをしたあたしは、その頬に、「ちゅっ」とキスをした。



「きっ、きさまっ!? 何をしているんだ!?」


 頬に口紅をつけたお姉さんが、あたふたとバランスを崩していく。


「だあああっ!?」


 そのまま地面にお尻をつけた。



(くすっ)


 そんなお姉さんを見て、あたしは笑って、こう言った。


「もじもじするなあっ!」









「……くすっ」


 尻もちをついたお姉さんが、あたしに初めて、笑顔を見せた。


 うっすらとあいたそのお口に、あたしは「ちゅ~」とキスをする。

 あたしのことを、ちょっとオトナにしてくれた、そのお礼として――。






『だつごく!!』おわり。

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だつごく!! 神山イナ @inasaku

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