変人姫君と虚弱叔父Ⅳ(野の涯ての王国、スピンオフその4)
ロルダンが放ったコインの目は、ボウリングを示していた。
「わたしが!」
アンスヘルムは思わず立ち上がった。
ペトラはつかつかとアンスヘルムのもとに近づくと、彼の手を両手でつかみ、つよく握った。
「なんとしても勝つのだ。わたしの幸福はそなたにかかっている」
「こころえました!」
見つめ合う主従を見て、野次馬はざわめいていたが、ふたりはまったく気づかない。
ロルダンの前に、陶器のピンが九本並べられて、彼は石のボールを構える。
ごろごろと芝の上を転がったボールは、ピンを九本倒した。最高値だ。
得意げに野次馬の喝采を受けるロルダンを尻目に、アンスヘルムは緊張に手が震えるのを感じる。思わず目でペトラを探すと、彼女はこちらを見ていて、目が合った。力づよい視線は、いままでの彼女になかったもので、アンスヘルムは勇気づけられた。
アンスヘルムがボールを転がす。こちらも倒したピンの数は九。勝負は続行となった。
しかし、何度行ってもロルダンもアンスヘルムも九本ピンを倒す。しだいに日が暮れてきた。
「帰るぞ。なにをやっている」
場を貫く女声が放たれて、ひとびとは一斉に頭を垂れた。
「……母上」
王配ヨアヒムを伴った、野涯国女王アマーリエがボウリング場に現われたのだ。
野次馬に勝負のあらましを訊いて、彼女は一笑した。
「莫迦げたことを。そんな勝負は中止だ」
「なにを仰います、母上!」
ペトラの声に女王は目をくるりと回した。
「たいせつな客人の行動を制限する約束など、わたしが許さぬ。ロルダン殿は、今後もよくペトラと話すように」
ええっ! とペトラが叫ぶ。微笑むロルダンに、アマーリエはにこにこと言った。
「ただし、ロルダン殿もペトラの言うことをよく聞くように。彼女が厭だと言ったら、それに従え。さもなくば、この国から追い出すからな」
そう言って、女王はさっとスカートを翻し帰城の途についた。
変人姫君と熱血騎士(野の涯ての王国、スピンオフ) 鹿紙 路 @michishikagami
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