変人姫君と虚弱叔父Ⅲ(野の涯ての王国、スピンオフその4)
エッカルトは咳き込んだ。
「ぐぇっほ、げほ、ぐはっ、なんだって?!」
ペトラはもじもじと言った。
「……ですから、今度の野遊びでチェスとボーリングをして、勝ったほうが賭けの勝者なのです。競技をするのは自分に協力してくれる者ならだれでもいいことになっています」
「じゃあなにゆえわたしがそれをやることになる?! これに」
と言って寝台に身を起こしていた叔父は傍らのアンスヘルムの肩口をつかんだ。
「やらせればいいだろう?!」
「はあ、それが、わたしはチェスはからきしで……」
「風磐でさんざんやらされなかったのか。行儀見習いで二、三年行っていただろう」
「負け続きで身ぐるみはがされたことがあります」
アンスヘルムはしょぼしょぼと言った。
この勝負の肝は、ふたつの競技――チェスとボーリング――両方を同じ人間がやらなければいけないことだ。
「……わたしはいま死にかけているが?」
エッカルトは眉間に皺を寄せてペトラを見返した。
「お風邪でしょう。叔父上はそうやって死にかけても、毎度冥府からご帰城なさいます」
「死神に毎度高い給金を払って送り返してもらっているのだ! わたしの魂は赤字なのだよ!」
「なんとか粉飾決算をしてボーリングをしましょう」
「……どこで聞いたんだ、ペトラ」
ペトラはえへへと笑った。
「父上がおっしゃっていました、ボーリングでは叔父上には勝てたことがないと」
「……ヨアヒム……殺す!!」
そうして、宮廷のひとびとを集めた野遊びの当日となった。
チェスとボーリング、両方で一回ずつ勝負し、そこで引き分けとなった場合はコインでどちらをもう一回勝負するか決める――という手筈である。
テーブルに座ったエッカルトを見て、風磐国第三王子――ロルダンは意外そうな顔をした。
「エッカルト様ですか。わたしはてっきり姫付きの騎士かと思ったのですが」
エッカルトは向かいに座ったロルダンをにらみつけながら言った。
「この国に婿に来てもヨアヒムのように苦労するだけだぞ。野涯の女どもはみな極め付きの変人だ」
ロルダンは朗らかに笑う。
「その変人の姫君をことに愛していらっしゃるのはどなたでしょう? 頼みを聞き入れて、体調不良をおしてこちらにお越しになったのは?」
「わたしはそれに輪をかけて変人な双子の妹に殴られながら育ったんだぞ? ペトラなぞかわいいものだ。ペトラはかわいい。ペトラはやらん」
「いや、あなたの所有物ではないと思うのですが……」
「所有物ではないが」
エッカルトは眉間を指で揉む。
「相手を思いやらずに追いかけ回す人間よりは、ペトラを愛している」
チェスの勝負は白熱した。野涯国王族一の頭脳を持つエッカルトが圧勝するとの野次馬の予想に反して、ロルダンは健闘し、その勝負だけで昼餐をまたいだが、結局はエッカルトが勝利した。
「……叔父上……おからだは」
「……つらい。非常につらい」
心配そうなペトラが、手巾で叔父の額を拭う。襟もとを崩して野にのびている叔父は、冷や汗をだらだら流し、息が荒い。
「あの小僧、無駄につよかった……! 市井で遊びほうけていたというのは本当だな……体力を持って行かれた……」
「エッカルト様ー? そろそろお時間ですが」
ロルダンの声に、
「うるさい! すぐ行く」
エッカルトは怒鳴り返し、よろよろと草を刈ったボーリング場に向かった。
が、ボールを構えたエッカルトが転んだことで、二番目の勝負はロルダンの勝ちになった。叔父は足を捻挫してしまい、三番目の勝負は自動的にチェスにしようとしたロルダンに、
「叔父上はご体調がお悪い。勝負の続きは後日にしよう」
とペトラはかけあう。
ロルダンは片眉を上げた。
「今日、やる、というお約束でしたよね?」
「……」
「そのお約束を破るのであれば、今日、代役にやってもらうということも可能では? ペトラは、一刻もはやく勝負に勝ちたいでしょう?」
「……代役を立てるのでも構わん。というか、わたしが貴様をチェスで倒す」
おお、と野次馬がどよめいた。
「というか、こういうことを賭けにしていること自体、ロルダンの術中にはまっていると、わたしは思うのだが」
ぼそぼそとエッカルトが言うが、だれも聞いていない。
「チェスで勝負するとは、申し上げておりませんが」
ロルダンは涼しい顔で言った。
「『お約束通り』、コインでどちらの勝負にするか決めましょう。代役はペトラ様でよろしいですか?」
「……」
アンスヘルムははらはらした。自分が名乗り出たいが、チェスになったときのことを考えると控えざるをえない。かといってペトラは運動全般が苦手なので、ボーリングになってしまった場合、負けが見えてしまう。
ペトラは数瞬考えてから、ロルダンをびしりと指さした。
「コインでどちらにするか決めてから代役を決める! そうしないのなら、賭けは中止だ! 二度とやらぬ!」
強気のペトラに、ロルダンは微笑みかけた。
「いいですよ。そうしましょう」
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