第7話
「神崎君……何かあったのかな……?」
私は一人そんな事を呟いていた。
あ、神崎君お店で待ってるんだった。
でもどうしよう。私どういう顔すれば……。
私は店内へ再び足を踏み入れた。
「よう、水木遅かったな」
「ごめんごめん〜長引いちゃって」
「ん?水木何かあった?」
「え!?何にもないよ!?どうしてそんなこと聞くの?」
「なんか表情に元気がないからさ」
「そんなことないよ〜!長電話にちょっと疲れちゃっただけ〜!はぁ、お腹空いた〜!」
水木はああ言ってるが彼女は嘘が下手だ。
やはり何かあったとしか思えない。
しかし俺に頑なに隠すということは聞かれたら自分に都合が悪いことなのか、それか俺に都合が悪い事だと推測できる……。
態度の変化からしてさっきの電話で何か言われたのか……?
「水木」
そう言葉にすると水木は驚いたようにこちらを見つめた。
「な、なに?」
「困った事があったらなんでも言えよ?」
俺がそう伝えた時一瞬だけ水木の表情が曇った。
「ありがとう〜」
「適当に何か食べたら今日は帰るか」
「そうだね〜!もう私も今日は楽しかったし大満足だよ!」
「それは良かった。そうと決まれば早く食べよ食べよ」
「は〜い!」
食事を済ました俺達はその後、特に変わったことがあるわけでもなく、各々の自宅へ帰宅した。
ーー翌朝ーー
【神崎宅】
アラームをセットしたわけでもないのにいつもの起床時刻の7時に目を覚ましてしまった。
日頃から同じ生活を続けてると体内時計は自然と正確になってしまうものなのだと思う。
それにしても昨日の水木の態度はやはり引っかかる……。
あの水木葵があのような表情を浮かべるなんてーー
しかし、人とは無力な生き物だといつも俺は思う。
どんなに相手が悩んでいたとしても「何でもない。大丈夫」とでも言われればもうどうする事もできないのだからーー
それでもまだ助ける術はあるかもしれない。
けれど、俺はその術を知らない……。
ーーそんな俺は無力だーー
【水木宅】
ダメだ、昨日の健人君が言っていたことが気にかかって仕方ない。
今の神崎君は昔の神崎君じゃない……?
それって何かが原因で変わってしまったということなのだろうかーー
もしそうだとしたら私には何ができるのだろうか。
ふと、昨日の電話で言われた一言を思い出すーー
『今のあいつを助けられるとしたら水木葵。君だけだ』
私にそんなことが本当に可能だろうか……。
私は枕元にあった携帯電話に手を伸ばした。
「健人君は今日日曜日だから部活もきっとないよね?やっぱり今日聞き出そう!」
そう思った私は菅原健人の連絡先を開いた。
ーー数時間後ーー
「水木〜」
「あ、健人君こっちこっち〜」
「なんか悪いな、俺が昨日あんな事言ったからいても立ってもいられなくなったんだろ?」
「ううん!私の方こそ貴重なお休みなのに呼び出したりしてごめんね?」
私は健人君と昨日神崎君と一緒に来たファミレスで待ち合わせをした。
私たちの席は一番窓側の角の席だった。
大事な話をするのだし周りに聞かれるのもいい気分がしないだろうと思い、店員さんに無理を言ってここの席にしてもらった。
店員さんごめんなさいっ……!!
「さぁさぁ!座って座って!」
「お〜サンキュ」
健人君とは正面を向き合う形でお互い席についた。
次第に健人君の目つきは真剣になり、私もこんな健人君を間近で見る機会は初めてで空気に呑まれそうになる。
「水木」
「は、はいっ!」
「昨日話した事は覚えてるか?」
「う、うん」
「それなら昨日の事も踏まえて聞いてくれ、
少し長くなるけどいいかな?」
「大丈夫!」
私は背筋をぴん、と伸ばして自然と身体が前に傾いていた。
「水木、祐也の父親の話を聞いたことがあるか?」
「うーんと、確か神崎君に小さい頃話してもらったことがある気がする」
「やっぱりな……」
「やっぱりって?」
「祐也は父のことが昔から大好きなんだろう、それはもちろん今もだと思う」
神崎君のお父さんか……。
「あいつがまだ小学校の時。両親が離婚したらしい」
「え……」
「祐也は大好きだった親父に裏切られた。自分達家族を見捨てた、とな」
私はただ呆然と頷いているしかできなかった……。
それでも健人君は悲しそうな表情で淡々と話を進めていく。
「親父さんには愛人ができた。そう本人から祐也は手紙を渡されたらしい」
「辛かっただろうな……。それから祐也は女性を敵視するようになった」
「女性を敵視?つまり、女の人が嫌いになっちゃったってこと……?」
「そうだ。だから今も祐也は女性へどう接したらいいのかわからなくなっている。現に俺は水木以外の奴と関わっているのを見たことがない」
そんなことがあったなんてーー
だから神崎君は昔のように笑わなくなっちゃったのか……。
「ただ不幸はそれだけじゃなかった。祐也が小学校を卒業する前に父が他界したらしい……。」
「そんな……」
「裏切られたとはいえ最愛の父を失った祐也は悲しむのではなく、家族を守っていく事に決めたらしい。」
「しかし、罪悪感と怒りは祐也の中に少なからずあっただろう。その矛先が……」
まさかーー
「そう、自分だ。その為祐也は今、自分自身をもの凄く恨んでいる。正直俺にもどうしてあそこまで自虐的になるのかわからない……」
それを聞いた私は思わず感情が言葉に出てしまっていた。
「そこまで、自分を責めたって何にもならないよ……!!」
「けれど祐也は自分が悪いと思っている。」
「だから今のあいつの頭には真っ先に自己犠牲という考えが浮かんでしまう。父を救えなかった罪滅ぼしならどんな痛みさえも問わない」
そんな生き方悲しいに決まってる……。
「間違ってるよ……現に神崎君は何も悪いことしてないのに!!どうしてそんなに神崎君だけが苦しまなきゃいけないの……!?」
そう告げると健人君は黙って頷いていた。
不幸に不幸が重なったーー
きっと神崎君の精神状態は冷静を保つことなんてできないと思った。
それでも神崎君は今も必死に笑っている。
何事もなかったように、自分と周りを欺瞞で固めたーー
「しかしあいつは真実を知らない」
真実……?
「祐也は父に愛されていたらしい」
「……は?どうしてそうなるの?」
「一つ。祐也の父は病気だった。そのため祐也と家族に迷惑をかけまいと自ら嘘をついて距離を置いたらしい」
「病気……」
私は唖然としたーー
「祐也はよく言っていた。人生は選択肢の連続だ。常に後悔しない選択をしろってな、祐也の父親の言葉だ。」
常に後悔をしない選択……。
なら、それが神崎君のお父さんが選んだ選択ということーー
「そして二つ目」
「祐也の通学路を親父さんは毎日のように見守っていたらしい……。大好きな息子に声をかけることはできずにただじっと我慢してな……」
「けれど祐也はその事を知らない。あのバカは!そんな親のことも知らずに今もクソみたいな作り笑いをしながら周りの人を助けようとしている……!!」
そう言って拳を握りしめた健人君の目には怒りの感情が映っていた。
しかし最初から腑に落ちないことがある。
「健人君はどこからそんな情報を集めたの?」
「祐也の祖母から聞いたんだよ。いつも苦しそうな祐也を見るのは辛い……だからどうか助けてやってはもらえないだろうか、ってな」
「偶然親父さんの姿を見かけた祐也のお婆さんは親父さんに聞いたらしい」
『どうして自分の息子なのに胸を張って声を掛けてあげないんだい?』
『……お母さんそれはできません。祐也達をたくさん傷付けてしまった私は父親失格です……。』
『あの子はそんなこと気にしてないと思うよ。いつも寂しそうにしてるからねぇ』
『それでも、今更声をかけるなんて許される事ではないと思っています。だけどせめて遠くからでも見守らせてください……』
「神崎君のおばあちゃんがそんなことを……」
徹底した自己犠牲。
過去のトラウマから完成してしまった自己防衛本能だとでも言うのだろうか
私がもし、救ってあげることができたらーー
「水木、こないだも頼んだが改めて俺からも頼む……」
「後生だ……。祐也を、あのバカを助けてやってくれ……」
健人君が深々と頭を下げていた。
彼の本気さが伝わる嘆願だった。
現在の神崎祐也は以前の私が好きだった神崎君ではない。
またあの神崎……いや、祐也君に会うには……!
『人生は選択肢の連続だ。さぁ君ならどうする?』
あの子はそう言った。
私はーー
ーーまた祐也君に会いたいーー
チョイス SAI @sai-choice
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