【BL】本当は君に踏まれたい

露露露☆オレンブルグ

第1話

現代よりも経済格差の広まった2XXX年、世界中で前代未聞のSMブームが巻き起こった。その後、世界のあらゆる場所でSMショーが開催され、観客達は皆高い金を払って良質なSMを求め続けた。金のない底辺層の人々の中には、自分の身体を使ってショーに出演し、その日の生活をつなぐ者達が現れ始めた。

しかし、人間は飽きっぽい生き物だ。男女間のありきたりなプレイは巷にあっと言う間に溢れていった。そうすれば、客は皆さらに過激、あるいは今までとは違う異質なものを求め始める。異質なもの、例えば同性同士のものなどがそれにあたるだろうか。


静まり返った夜の街。ここはありきたりな街のSMクラブ。それなりに客は入っているようだ。中ではどこにでもあるような陳腐なプレイが行われている。


…ただし、同性同士であるという点を除いて、であるが。


SM CLUB_Runa ー公演中ー

本日の公演:ミャーサ&プリーバ


俺は、ついさっき洗い終えた山積みのグラスを一つずつ拭きながらステージの上にいる二人を眺める。今夜は随分と客が入っていた。この後もまた大量の洗い物か、とため息をつく。

ビシッ、バシッと室内には鞭を叩きつける音が響いた。そして、鎖の擦れるジャラジャラとした金属音。その鎖の持ち手は金髪、いや銀髪の方が近いだろうか。色素のうすい紫眼の、細っこい少年が手にしていた。右手には乗馬用の鞭、左手には首輪の持ち手。どちらも、このか弱そうな少年には似合わないようなものだ。


「なあ、マゾ豚君。君の名前は、」


まだ少し幼さを残す声が会場に響く。声の主の名はプリーバ。太平洋を渡った先にあるとても寒い国からはるばる出稼ぎにやってきたらしい。その声の先には鞭打たれ殴られたであろう傷だらけの青年が一人。彼は、自分をミャーサと名乗っていた。少年と共に船でこの自由の国まで渡ってきたそうだ。彼の首には犬のように首輪をがつけられていて、一本の鎖は少年と青年とを繋いでいた。


少年は乱暴に彼を手繰り寄せると、青年は少しわざとらしく「あぁっ」と言ってからこう言った。


「僕の名前はミ…」


青年が口を開きこう言いかけた瞬間、パシンッという鞭の痛々しい音がした。少年は左手に持つリードをぐっと引っ張り、顔を近づける。その間わずか数センチ。お互いの息がかかりあう距離。数十人程いる観客たちの視線は二人に釘付けで、静まり返った会場には二人のはぁはぁという乱れた呼吸音だけが響き渡っている。


「え?家畜の君はいつから人間様の名前を持ってたの?違うよね、君の名前は…」


そう言って、少年は傷だらけの体をげしげしと踏みつける。


踏みつけられたというのに、卑しい表情をしてみせてから、頬を赤らめこう青年はこう答えた。


「僕の名前は、マゾ豚です。あなただけの下僕。あなた様に痛めつけられるのが何よりの快感」


そう言った後、彼の主人は


「良い子だね」


とだけ呟くと、いやに口角の上がった口を青年のオリーブ色の眼へと近づける。そして、綺麗なピンク色の舌を左側の眼球へと向かわせた。そして、キャンディを舐めるかのようにして、丸いそれに舌を這わせる。その動きは、さながら愛撫のように感じられた。ゆっくり、ゆっくりと動かしている。十代のものとは思えぬような、艶かしい雰囲気を醸し出しながら。


その光景をまじまじと眺め続ける観客たちの口はポカンとあいたままだ。


これはあくまで見せ物だ。彼らには仕事でしかない。しかしプリーバ少年のことを見ていると、本当に演技なのだろうか?と思うことが度々ある。彼は最中ずっと、甘美な快楽に酔っているように感じられた。あの表情が演技だとしたら、彼は映画スターになれるのではないか。ボロボロの青年の体に触れるたび、隠しきれない喜びの感情が面に出ているように感じられる。


もしかしてあの二人、恋人同士なのではないだろうか。もしくは少年の片思いなのか。どちらにせよ、こういった店で働いている二人組は、性的なことはしつつもお互いあくまで仕事上のパートナーと割り切る連中が多いので、珍しいなと思った。


「まあ、がっつり売り上げ出してくれりゃ何でも良いんだけどな。」


彼らによって得られた利益は、黒服で店の下っ端である自分たちの給与に直結している。たった1時間程の見せ物をするだけで、壇上に立つ人間は自分の日給の数倍の金額を受け取ることができる。売れっ子で客が多くなればさらに金額は増えてゆく。

羨ましいとは思うものの、自分がそこに立ちたいとは別に思わなかった。痛いのも嫌だし、人を痛めつけるのもごめんだ。こんなもんに金を払うとは、なんて悪趣味な連中なんだろうか。まあ、自分は人の趣味を肯定も否定もしないと決めているので特に何も言わないが。


ちらりと手元の腕時計を覗くと、あと二十分くらいで閉演の時間だ。ショーの終盤、壇上の二人はさらに濃厚な時間を過ごす。もう、ただ罵倒したり、暴力を振るったりするだけの公演では客は集まらないのだ。何か突出した面白さや珍しさが必要になる。今ステージの上にいる二人は、そこに同性同士という要素とさらに露骨なエロスを付け加えてきた。異性間ならともかく、なかなかここまでできる連中はいない。


客たちの興奮はピークに達していた。眼球を舐めるという異様な行動をみて、何を思ったか自慰行為に至ろうとした者もいる。無論、その場で退場させられていたが。


ステージの方向からミャーサの喘ぎ声が耳に滑り込んで来た。今日の目玉は寸止めらしい。それは自分の耳から脳へと響き渡り、頭の中で反響する。ストレートの自分は、彼の漏らす声をなんだかこそばゆく感じてしまう。


「…今日のメインも寸止めか。さすがに、客に飽きられるぞ」


彼らのメインはここ最近ずっと同じだ。いくらそれ以外の演出を工夫したところで、メインディッシュが同じならば、じきに飽きられてしまうだろう。


あとで言ってやった方がいいかな。そう思ったあとは、できるだけ視線を上げないようにしていた。男同士の濃密な絡みは、どんなに見た目が麗しくても直視するのは難しい。この仕事に就いてからこういったものには多少慣れたのだが、彼らのはどうも生々しく感じてしまう。


ねちゃ、にゃちゃ、くちゅ、という艶かしい音が、この空間を支配していた。


プリーバ・ミャーサの二人組は今まで一度も本番をしていない。その直前のかなり際どいところまでは行っても、決して体を交わらせることをしないのだ。それなしで店の中ではかなりの売り上げを叩き出しているのだから、もし体を重ね合わせでもしたらどうなってしまうのか。もしかしたら客が多すぎて、店がおしくらまんじゅう状態になってしまうかもしれない。身動きがとれないだろうから、仕事が潰れて楽だな。なんてくだらないことを考えて時間を潰した。


現在時刻は午前零時五十八分。あと二分程でこのショーは幕を降ろす。客たちが帰った後、グラスやら食器やらの後片付けをしたら俺の業務は終了だ。

明日は店の定休日。ここしばらく働き詰めだったので久々の休みになる。

家に帰ったら、この前買ったちょっとお高い酒でも開けて、自分を労ってやろう。丸一日自由な明日。何をしようかと考えると、億劫なこの後の業務もなんとか頑張れそうな気がした。

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