第3話
大和初陣から数年後。日本は変革を迎えた。
時は元号にして正化32年。
アメリカ合衆国には、自国第一を掲げる大統領、オズワルド・G・クランプが誕生した。
クランプ政権は、中東の秩序維持、テロリストの掃討に戦力をシフト。必然的に、極東の軍事プレゼンスが後退した。
合衆国の軍事プレゼンス後退に合わせ、中華人民共和国は尖閣諸島に侵攻。尖閣紛争が勃発した。
尖閣紛争において、戸村洋介を始めとする多くの自衛官が殉職。
以後、中華人民共和国は、政治と軍事の混乱が生じた。
日本国は中華民国を国家承認。また、尖閣諸島における共同経済活動、そして相互の安全保障分野における協力関係が成立した。
そして今、日本と台湾は、合同軍事演習を開催している……。
「中華民国政府総統閣下、そして関係者の皆様。本日は私ども日本国防軍を演習にお招きいただきありがとうございます。我が国を取り巻く安全保障環境は厳しさを増すなか……」
政務官がスピーチを行う。なんと若い女性であった。
防衛大臣政務官、戸村美香とむらみか。
夫の戸村洋介を、尖閣紛争で喪った。その悲劇性と、彼女自身の可愛らしい容姿から、阿部前内閣総理大臣の派閥にスカウトされ、自主市民党に入党。見事衆議院議員に当選。今に至る。
防衛大臣政務官は、「特定の政策について大臣を補佐する政治任用ポスト」であり、彼女は今、大臣の代理として、台湾に来ていた。
さて、台湾に来ていた……いや、「お越しになられている」のは、政務官だけではなかった。
「天皇陛下のお言葉を賜ります」
やんごとなき御方が演壇に上がられる。
陛下は、徹底的な平和主義者にあられたが、尖閣紛争を機にお考えを変えられたのだ。
積極的に自衛隊、そして国防軍を視察され、今は自衛隊に対するご理解を深めておられる。
今回の台湾合同軍事演習ご同行も、その一環であった。
陛下のお言葉を緊張しつつ拝聴する一同。
陛下は来台の際、台湾国民から熱烈な歓迎をお受けになられたという……。
「取り舵いっぱい!!」
「とーりかーじ」
復唱が響く艦橋。適度な緊張感を保ちつつ、任務に励む若者たち。
戦艦大和は第16護衛隊を率い、台湾海軍との演習の最中にあった。
護衛隊にはイージス艦「高雄」などが配属され、定係港を横須賀、つまり自衛艦隊司令部に直轄し、自衛艦隊司令官のもとに直轄運用される部隊である。
自衛艦隊直轄部隊であるから、その活躍の幅は広く、高い練度と士気を維持していた。
突然スピーカーが鳴った。
『CIC(戦闘指揮所)より艦橋!!!』
虚を付かれる隊員たち。だが、艦長は即座に反応した。
「詳細知らせ」
『空母「広東」が、台湾との接続水域侵入!戦闘機とおぼしき目標を探知!!』
ゴクリと唾を呑む艦長。
艦長、長瀬佑都
大和の砲雷長を務めていた青年だ。冷静な判断力と穏やかな性格から、戸村の後任である、艦長の地位にまで登り詰めた。
「台湾軍からの指示は?」
『待ってください…………あ、『調査のため、第16護衛隊を率い、当該海域へ向かわれたい』とのことです』
「そうか……司令!!」
司令と呼ばれた男は振り向く。
日本国国防軍少将、第16護衛隊司令、戸村幸一である。
竹島紛争や尖閣紛争で妻子を亡くしており、その過去からか、猛将として知られている。
「司令、中国海軍の演習妨害は、絶対に容認できません」
「もちろんだ」
「第16護衛隊は、台湾海軍の指示に従い、当該海域に向かうべきかと」
「正しい判断だ長瀬。元より俺もそのつもりだ」
「ありがとうございます司令」
長瀬は艦内マイクを取る。
「「大和艦内に達す!!本艦は、空母広東を追撃する!……機関最大戦速!転舵!!!!」」
長瀬の下命と同時に、戸村の参謀らが、追撃する旨を各部隊に通達する。
大和はその艦体を揺らし、航跡を引きつつ、海原を進んでいった……。
ガスタービンが唸り、戦艦の巨体を猛烈に前進させる。
海原には航跡が靡き、白い飛沫が散る。
「僕はCICに行く。艦橋は任せたよ副長」と長瀬。
「分かった」副長は応じる。2人は同期であった。
軍艦では、戦闘時にはCICで艦長が指揮を執るのだ。
一方、幸一はFIC(艦隊司令部戦闘指揮所)に移った。
「「艦隊、対水上戦闘用意!!」」
鐘が打ち鳴らされ、各員が一斉に配置につく。
隔壁や扉は密閉され、艦艇としての戦闘態勢に移行した。
「FICよりCIC。長瀬、聞こえるか?」
『はい司令』
「既に『海上警備行動』は発令されている……まあもっとも尖閣紛争の時から既に臨戦態勢だがな」
乾いた笑いがCICから聞こえてきた。
海上における警備行動、とは自衛隊法第82条を根拠法令とする、警察官職務執行法の準用によりなされる命令出動だ。内閣総理大臣の許可により、防衛大臣が発令する。
海上警備行動自体は、尖閣紛争の時点、つまり数年間発令されたままであった。すなわち、今大和は、ある程度の武器使用が可能である。
「……つまりだ長瀬。もし先方が仕掛けて来たら、遠慮する必要はねえ。正当防衛の範囲で存分にやってくれ」
『分かりました!!』
長瀬は元気に応じた。
敵目標に、CICは対応に追われていた。
「殱15、ミサイル発射!!」
「艦長!ミサイルを迎撃します!!」
「了解!!」
「……右!対空戦闘!」
「みぎ!たいくうせんとう!!」
「CIC指示の目標、ESSMシースパロー攻撃始め!!」
「こうげきはじめっ!」
「「撃てえーー!!」」
両舷甲板から射出され、ズバズバと尾を引く対空ミサイル、ESSMシースパロー。
ミサイルは敵目標目掛け、当たると思われた。が…………
「「っ!!?ESSMシースパロー不発・・!!!!」」
「不発?!そんな!?」狼狽する船務長。
「待ってください……レーダーのアイコンは確かに『接触インターセプト』となりましたが……」
電測員は唖然とするばかり。
さすがの長瀬も、軽くパニックに陥る。
「砲雷長!ミサイル次弾、今すぐ放て!!」それでも彼は努めて平静を装う。
「「敵目標!!さらに接近!!」」
直後。
けたたましい警報音が艦内を包む。
「ESSMシースパロー間に合わない!!」砲術士は叫ぶ。
「CIWSシウス攻撃始め!!」
最後の手段だ。
砲雷長は、近接火器機構クロースインウェポンシステムでの迎撃を図った。
この時点でミサイルとの距離僅か数㎞。間に合わない。
「CIWSシウス、対水上エーエーダブルオート!!」
「CIWSシウス攻撃始め!!」
もう時間がない。
舵を大きく切る大和。同時に、電波妨害金属片チャフ、錯乱熱源フレアが射出され、最後の足掻きを見せる。
だが…………
「直撃する!!」
「「「衝撃に備えーーーー!!!!」」」
大和は爆炎に包まれた。
何があったかは分からない……。
ただ、目の前が真っ白になり、目眩に襲われた。
そして……美しい女が見えた。
「……………………」
何を言っているか聞き取れなかった。が、その凛とした声色には威厳が感じられた。
──新日本神話──
物語は新たな局面を迎える。
新日本神話:序 右日本 @9912
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