第2話
軍の兵士たちは幾度も続く戦いに疲弊し、黒い軍団は一向に減らず。
そんな中、アリスはひとり書庫を読み漁っていた。
探しているのは遥か昔、デウゴスの所業について。《箱庭》の歴史は一通り知っていたが、デウゴスのことは禁忌であったのだ。
書庫の奥に隠し扉があるのに気付く。恐る恐る足を踏み入れると、そこは小さな書庫になっていた。
「これは……!!」
彼女はその中の一冊を手に取り、声を上げた。
それは古い歴史書のようで、先王の自筆で、もはや誰にも知られていないはずの歴史が書き綴られていた。
「これならデウゴスの過去が分かるかもしれないわ……」
彼女は再び本を漁り始めた。
「……あああもう!!元凶出てきなさいよおおお!!」
ミュラが叫んだとき、
突然、足音が鳴り響いた。
足音は2人分で、ミュラたちの前に立ち止まる。
「あんた……!!」
ミュラたちは彼らを見て、驚いた。今まさに叫んでいた元凶、デウゴスとバシスだったのだ。
「う、む、ここに来たのは何年ぶりだったか」
デウゴスはミュラたちのことが眼中にないのか、城を見て呑気に呟いた。彼の傍らにはバシスが控えている。
「あんたがデウゴス!?」
ミュラは怒鳴った。
「うるさいぞ小娘。私は貴様などに興味ない。私が今、用があるのは現王の小娘だ」
だから通せ、とデウゴスが黒い集団をけしかけようとしたとき、
「誰に用があるんですって?」
凛とした声が、城門から響いた。
兵士たちは自然と道を開け、アリスはデウゴスと対峙する。
「……で、何の用かしら?」
「貴様は私のことを詮索しているそうだな?」
「あなた……今回もこの
静かに、だが少しだけ怒気の込もった声色に、ミュラやロストは驚き、デウゴスは眉をぴくりと動かした。
アリスはなおも言い続ける。
「随分昔に一度、あなたはこの世界を壊そうとした。その時配下に置いた異世界の軍隊、中国人民解放軍によって。その戦力で今回もこの世界を殲滅しようとしている。…………そうでしょ?」
じっとアリスの仮説を聞いていたデウゴスは、やがて狂ったように笑い始めた。
「図星、みたいね」
「もう、遅い」
デウゴスがそう言い放つ。と同時にけたたましい音が世界中から鳴り響いてきた。
「全軍、全ての精霊族の魔力を総動員して、城に結界を張って!!!!」アリスは叫んだ。
「「《箱庭》が壊されるって本当なのか?!!」」
「「デウゴスが企んでたって本当?!」」
「「どうして世界を壊すの?!」」
「この崩壊は止められないのかよぉ!」
人々はひどく混乱していた。
兵士たちが何とかなだめているが、全く意味はないようだ。
「皆さんっ!!!!」
ロストが大声を上げた。人々が一斉に彼を見る。
彼は息を吐き、緊張を少しほぐしてから言った。
「アリス女王陛下より、お言葉を賜りました。」
彼はそう言うのと同時にアリスとのやり取りを思い出していた。
『手伝ってほしいこと、ですか?』
『《箱庭》がもうだめなら、新しく世界を作って、皆、そっちに移動しちゃえばいいのよ』
『そんなこと、できるんですか?!』
『やってみなくちゃ分からないわ……でもま、できるでしょ』
『そうなんですか……ごめんなさい、僕には何もできないんですね……』
『何言ってるのよ,あなたは色々してくれてるでしょう?』
『そう,でしょうか?』
『私が言うんだから、そうなのよ。……で、頼み事なんだけど』
『はい』
『取り敢えず、皆に事の次第を全て話して頂戴』
『え……全て、ですか?!』
『ええ、デウゴスのことも、《箱庭》の崩壊のことも、それを止める方法がないことも。私が世界を新しく創って皆を転移させることも』
『……あの、思ったんですが、僕ら個人個人の力でその新しい世界に行けばいいのではありませんか?そうすればアリスの負担も減りますよね?』
『無理よ。場所を知っているのは私だけだから』
『……なるほど。……あの、全ての情報を伝えたら、皆さん混乱してしまうのではないですか?』
『変に情報を伏せるとまた混乱が起こるでしょ?……任せたわよ』
『……かしこまりました』
ロストが全てを話し終えたとき、人々は「女王陛下が何とかしてくれるのなら大丈夫」という雰囲気になっていた。
彼は、皆が落ち着いているのを見て、ほっと胸を撫で下ろした。
その次の瞬間。
ガタガタと城が大きく揺れた。
この世界の崩壊がついにここまで来たようだ。
城中が阿鼻叫喚に包まれたその時、
「落ち着きなさい!!!!!!」
アリスの声が響き渡った。
「アリス!!終わったんですか?」
ロストがアリスの顔を覗き込みながら訊いた。
彼女は短時間に大量の魔力を使ったからか、あまり顔色は良くなかったが、振舞いはいつも通りだった。
「ええ、何とか終わったわ。……この様子だと皆に全部伝わったみたいね。ありがとう」
アリスは笑って返すと人々に向き直った。
「今から、転移術を使ってあなたたちを、私が新たに創った
城の揺れる音に負けじと彼女は叫んだ。
残りたい者は、いない。
「……じゃあ、行くわよ……これが私の、この世界での、最後の仕事よっ!!!!」
アリスは、まず、総ての国民を転移させた。
それから軍人たちを、官吏、大臣,そして王族たる精霊族を。
この世界に残ったのは、アリスとロスト、ミュラ、バシス、それからデウゴスとその配下のみとなった。
「アリス……大丈夫ですか?」ロストは気遣う。
「大丈夫、よ」
彼女の顔は青を通り越して白くなっていた。
「そうは見えませんよ」
「……さあ、あなたも行きなさい」
「……嫌です」
ロストはぎゅっとアリスの服の裾を掴んだ。
「今、『さよなら』したら、もう、会えない気がするんです……!!」
目頭が熱くなって、こんな情けない顔をアリスに見られたくなくて、彼は俯いた。
「ロスト……」
彼の頬に涙が伝うのが見えた。
「大丈夫。肉体は無くなっても、魂は無くならないわ」
「どういうこと、ですか?」
「いつか、本当にいつかだけど、私はまた皆の前に現れるわ。今度は……そうね、病弱な少女あたりになりたいわ。それで、前世がこんな奴だって聞いて、私とその少女が同じ扱いされたら、嫌になって、『私はアリスとは違う』って言っちゃうかも」
「……??」
「……えっと、要するに『魂はずっと共にある』のよ。だから…………また、会いましょう?ね?」
「……どんなになっても、アリスはまた会ってくれるんですね?」
「絶対、会いに行くわ」
「……はい、いつか未来で会いましょう」
ロストはそう言って、空いている手で涙を拭い、アリスから手を離した。
アリスが転移術をかける。
ロストは泣くのを必死でこらえ、「さようなら」と言った。
「はあ…………」
誰もいない城で1人、アリスは大きく息を吐いた。短時間で魔法を限界まで使ったからか、体がとても重く感じる。
だが、まだ倒れる訳にはいかない。彼女は体を引き摺って城を出た。
彼女が出た後、城はけたたましい音を立て崩れた。
もう大半が崩壊した世界で、ミュラは倒れていた。
肩で息をしても、楽になった気はしない。
バシスとやり合っていたが、式場が崩壊し、彼を見失ってしまった。
(最悪だ。こうなってしまったら、生きている者なんて皆無に等しいだろうな……ああ、もう、最悪。私は最後までアリスの片腕にはなれなかった。)
(もう、最悪、だよ…………)
「な~にこんなところで寝転がっているのよ」
ミュラが自嘲したとき、再びあの音が鳴り響いた。
「崩壊する音……ごめん、アリス、私、止められなかった……!」
「気にしないで、……実は私、新しい世界をもう創ったの」
「!……いつの間に、やっぱりアリスはすごいね!!」
そう言われてアリスは照れたように笑った。
「じゃあ、早速、その世界に行こう!!みぃぃんないるんだよね?」
「…………ごめん、あなたひとりで行って」
「え…………」
ミュラは一瞬、アリスに何を言われたのか分からなかった。
冗談だよね、と言えたら良かったのに。
嘘なんだよね、と笑えたら良かったのに。
馬鹿なこと言わないで、と叫べたら良かったのに。
アリスは、本気だった。
「あ、アリス……」
「ミュラっ!!」
急に名前を呼ばれて「は、はい!」と背筋をピンと伸ばして返事をしてしまった。
その様子にアリスはクスリ、と笑うと、
「あとは、任せたわよ………」
転移術がかけられる。
「…………嫌だよ、アリスも一緒に行こうよ!!!!」
「行きなさい」
アリスはにっと、良い笑顔で言った。
「いやああああああ!!アリスぅぅぅぅぅぅ!!!!」
ミュラの絶叫が、崩壊する《箱庭》中に響く。
ミュラは、転移術のせいで透けている腕をアリスに伸ばしたが、届かず。
アリスは笑顔のまま、口を動かした。
「ア」 「リ」 「ガ」 「ト」 「ウ」
「サ」 「ヨ」 「ナ」 「ラ」
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