新日本神話:序

右日本

第1話 


 世界は知らないことで溢れている。

 それを知るのが私の幸せ。

 知りたくないものなんて、なかった……。



 昔、大昔に、《箱庭》に衝撃が走った。


 同じ年に精霊が3人誕生するという異例中の異例な出来事が起こったのだ。精霊は一定のところまで成長するとほぼ不老不死のようになる。それだからか、新しく誕生するのは、幾千年にひとりといった状態である。

 アリス、ミュラ、バシス。女ふたりと男ひとりである。皆、3人の誕生を祝福した、訳ではなかった。


 一口に精霊族と言っても、幾つかの血統がある。アリスとミュラは血統こそ違えど《箱庭》に貢献する血統なのだ。一方バシスのそれは、遥か昔に《箱庭》に害を為したとされるものであった。


 それ故にバシスは産まれて直ぐに軟禁状態となった。対するアリスとミュラは《箱庭》の人々からの祝福を受けて育った。



 10歳を過ぎると、《箱庭》に害を為さないとみなされ、バシスは解放された。



 ごくごく普通な、だが幸せな日々が、これまでも、ずっと続くと3人は思っていた。



 月日が経ち、1000年弱。

 長い間国王に即位していた精霊が崩御した。


 人々は嘆き悲しんだが、精霊族は次の国王の選定を始めた。

 アリスたちは権力欲などなく、王なんて興味がなかったが、精霊族に奉られ、あれよあれよと言う間に王位継承順位第1位たるアリスが選ばれ、実質アリスが女王となった。



 国王即位式の前に、先王が予定していた「別世界の者を召喚する」行事が行われ、その過程における様々な出来事があったが、フロントリヒもといロストが加わり、今まで以上に楽しい日々が訪れた。


 ロストも始めの頃は遠慮していたが、徐々に打ち解け、敬語が外れることはなかったが、3人を呼び捨てするほどとなっていた。



 そんな中、バシスは時折険しい顔をするようになっていた。しかしそれはほんの一瞬で、アリスたちが気付くまでには至らず。

 それと同時期に、気付くとバシスが消えている、ということがあった。

 最初のうちほどアリスたちは心配していたが、じきに慣れて気にしなくなっていた。



 即位式当日。

 会場を、アリスは、緊張した面持ちで見ていた。

「緊張なさっておられるのですか?」

 先王の代より宰相を務める精霊が、彼女に問うた。


 本来、即位式は、先王と王が行うものであるが、先王が崩御したため、宰相が代理人となった。


「そうね、私緊張しているのかも知れないわ」

 アリスは苦笑した。

「そう気負わず臨んでください。ミュラ殿下もロスト殿も見ておられるのです」

「ええ、努力するわ」


 アリスは、深呼吸をして、ふと思った。

(最近、バシスに会っていない……)

 最後に会ったのは一昨日だろうか。


 開会を告げる鐘がなる。

 あれだけ騒いでいた観客はピタリと話すことをやめた。

 女王が定位置に付いたことを視認し、宰相は厳かに言葉を発する。

「玉座を、彼女のもと、アリス女王陛下に捧げよう」

 彼は持っていた杖を彼女に差し出す。彼女はうやうやしく受け取った。


 杖は、代々の国王に受け継がれるレガリアであり、神器に相当する。神話では、《箱庭》の初代国王の魂が入っている、と記述がある。


「今より王に即位し、この世界の安寧を誓おう!!」

 杖を掲げると、緊張で震えそうになる声を誤魔化すため、大声で言った。

 それと同時に観客席がどっと湧く。

(よ、よかったあ……)

 緊張が抜け、腕をおろす。

 周りを見渡してミュラやロストと目が合った。

 ふたりはアリスに手を振る。

 女王陛下の立場で、手を振ることは憚られたから、少し笑って返した。

 バシスがいないのが少し残念だが、仕方ないと頭を振ったとき、


「「陛下っ!!」」


 いきなり宰相がアリスを突き飛ばした。

「何するの!?」と突き飛ばされて尻餅をついた彼女が怒鳴ろうとするが、その相手は矢で体を貫かれていた。

 会場は静まる。

 女王は直ぐに宰相に駆け寄った。

「大丈夫?!生きてるよね!!?」

 彼女は宰相を抱き起こし声を掛ける。

(大丈夫……精霊は矢1本なんかで死なないはずよ……!!) 

 そう自分に言い聞かせても、止まらない血に不安になる。

 ふと、微かに甘い香りがした。


「あ~あ、外してんじゃねぇか」


 ひどく聞き慣れた声がアリスの耳に飛び込んできた。そしてその声は、この広い会場でも憎らしいほどによく通った。


「バ、バシス……?」


 アリスの幼馴染みが、黒い鎧を纏い、剣や弓、尚且つ見たことのない武器を持つ集団を率い、会場に入ってきた。

「バシス……よね?何してるの?こんなところで」

「「何」って……女王アリスの命を狙っているだけだぜ」

 いつも通りの口調だが、いつも通りとは思えない台詞に悪寒が走る。

「お……逃げ、ください……陛、下」

「!」

 息も絶え絶えで、宰相が彼女に言った。

「この、老骨めは……もう持ちま、せん。矢に毒が……塗られていた、ようです」

 甘い香りはやはり毒だった。彼女は思わず歯噛みした。

「だから……はや、く」


 アリスが揺さぶっても宰相はもう動かない。

 彼はそのまま砂となって跡形もなく消えた。

 精霊は、命尽きると砂となる。


 「次はお前だぜ。アリス」


 我に返った観客が悲鳴を上げた。





「……バシス!!あなたは何を考えているの!?」

攻撃をかわしながらアリスは叫ぶ。が、彼は応えない。

「バシスっ!!」

 焦れたように再び彼女は叫ぶと同時に、バシスの胸ぐらを掴む。彼もこの行動は予想外だったのか、掴まれたまま動かずただ目を見開いていた。

 指揮官である彼を人質にされたからか、敵兵からの攻撃は止んだ。

「あ、な、た、は、な、に、が、し、た、い、の」

 アリスはバシスを睨みつける。

「……別に、何でもいいだろ」

 彼女が殴ろうとしたとき、


「……何をしているのかと思えば」


 新たな声がした。

「デウゴス……!!?」

「ほう?我を知っているのか小娘よ。ならば話が早い」


 デウゴス、と呼ばれた老爺は嗤った。

 彼は数千年、もしくは数万年前に《箱庭》に害を為した者で、その後、王都から追放された。詳細を知る者は先王と当人だけだったが、先王亡き今は、当人のみぞ知ることだ。


「……小娘ひとりに随分と手間取っているようだな」

「お陰さまで」

 皮肉めいたバシスの口調にデウゴスは少し顔を歪めたが、すぐに戻った。

「まあ良い、行くぞ。間もなく人民解放軍が動き出す」

「仰せのままに。デウゴス様」

 2人はアリスに背を向け歩き出す。

 彼女は追いかけようとする。だがそれは黒い集団に阻まれ叶わなかった。剣が振りかざされ、矢が降ってくる。

「あああああ!もう、鬱陶しいわ!!」

 怒りに身を任せ、すぐ近くにいた敵兵を思い切り蹴り飛ばす。

 剣を降りおろす寸前であったその者は、突然の反撃に、反応する前に、もろにその蹴りを喰らった。そして周囲を巻き込んで地面に倒れた……。



 ミュラとロストが近付いてきた。

「アリス!大丈夫……そうだね。ていうか数分でこの量を倒すなんてさすがアリスだね!」

「単なる偶然よ。……大臣や観客の皆は無事?」

「僕らの方もさっき一掃しました。観客の皆さんは軍が避難誘導していましたよ」

「そう」アリスは相槌を打つと城の方へ走り出した。

「取り敢えず、2人とも早く戻るわよ」



 城には幾千人ものの国民が収容されていた。

 アリスは重臣を呼びつけると、全ての部屋を国民に開放するよう言いつけた。不測の事態において国民の保護を最優先とする、彼女の判断であった。

 背後から「女王陛下」と呼ばれ振り返る。

 そこには、大臣にして武官の長たる統合参謀長がいた。

「これから緊急の御前会議が開かれる運びとなりました。陛下の御臨席を賜りたく存じます」

「分かったわ」

 アリスは休む間も無く、宮殿へ向かって行った。



 会議場は喧騒に包まれていた。

「……ですから、これはあやつらの挑戦状です!!」

「確かにこれは戦争のように見えるが……」

「すでに犠牲者が出ているんですよ!!」

 重臣たちが口論を繰り広げているのだ。

 それに業を煮やしたアリスが立ち上がり、机をバンと叩く。

 会議場が静まる。


「今、私たちがすべきことは、これからのことを話し合うことよ」


 アリスの静かな声が部屋に響く。

 この中で最年少だが、軍、そして国家の最高指揮官だ。大臣,閣僚らは黙り込んだ。

「……これから何をするべきか、意見を出して頂戴」

 会議は再開された。



 再び襲撃してきた黒い集団が、あらかた片付いたとき、「ミュラ、ロスト!」と聞き慣れた声がした。

 2人が振り返ると、アリスがこちらに来るのが見えた。

「大丈夫?怪我してない?」アリスは気遣う。 

「大丈夫大丈夫!ピンピンしてるよ」とミュラ。

「御前会議は終わったんですか?」

 ロストがアリスに訊くと「一応ね」と彼女は苦笑した。

「これから宰相臨時代理の大臣から正式に発表があるんだけど……まず、国民の皆は、しばらく城に収容することにしたの。で、城は最高レベルの態勢で、デウゴスらの襲撃に備え、防御に徹することになったわ」

「大変でしょうけどね」彼女はまた苦笑した

「アリスも出陣されるんですか?」

「私も出るって言ったのよ?そうしたら軍の幹部に『陛下は狙われているんですから……』と言われちゃった」

「やっぱり出るつもりだったんだ……」

「私だけ安全な場所で護られているなんて嫌なのよ」

「もう王様なんだから前線に出て戦っちゃまずいでしょ……」

「え。武闘派のミュラが言う台詞かしら?」

「じゃあ僕が」

「言わなくていいから」


 軽口を叩き合ったからなのか、アリスの顔には余裕の表情さえ浮かんできた。


「……これからアリスはどうするの?」

「戦いに出るなって言われているからね……少し、デウゴスの言った『人民解放軍』について調べてみるわ」

「僕も手伝いましょうか?ミュラよりは調べもの得意ですし」

「ちょっとロスト、それはひどいよ」

「……取り敢えず、私はひとりで平気よ。2人は、戦闘の方をお願いできる?」

「うん!」

「分かりました!」



 黒い軍団との戦いが始まった。








 


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