第5話


          ※

 今日は早く帰ってこれたはいいが、とてつもなく暇で暇で仕方がない。

 約束の時刻までテレビでも見て時間を潰すとするか。


ピッ


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プツン


 もうどうにも待てない。約束の時間は既に刻一刻と迫ってきている。

 ぼくは親に気付かれぬよう、家を後にした。

           ※



〜肝試し開始30分経過〜


「意外と怖くもないな」


 2番目にスタートした【加藤 賢治】は、左隣に並んで歩く水樹真帆の事をいちいち気にしながら歩いていた。2人が出発してからかれこれ25分程経つ。そろそろ飽きてきたのか、流れ作業のように懐中電灯を、見たくもない薄汚れた廃墟の壁に当てる。

 既に同じ場所を何度か廻ったりしているため、他のグループにも出会う。そのせいか、ホラーもペアリングもあったもんじゃない。これなら始めからみんなで行けばよかったと、水樹は渋々思った。加藤にしてみれば、《当たり》クジを引いたのだから、そんな事はどうでも良いと考えている。


 ーー隣にはあの水樹がいる。あまり大胆な事はできないが、どっかで手ぐらい繋ぎたいな。


 その強面の顔に反し、心は硝子である。

 そうこうしてぶらぶらと、時間が過ぎるのを待ちながら歩く2人は、同じ視線を共有した瞬間、ピタリとその場に立ち止まった。

 加藤の持っていた懐中電灯の照らす先には、隙間のぱっくりと開いたドアが写った。

 それだけならいいのだが、少し妙だ。その隙間の下に、丁度懐中電灯を当てると分かるくらいの大きさのシミが、何滴かポツポツと垂れていることに気がついた。

 加藤は水樹を、水樹は加藤を見つめ合い、アイコンタクトだけでやり取りをする。


ーー行くか?


ーー行こう


 こうして、2人は恐る恐る、そのドアの近くへと抜き足差し足で近づく。屈(かが)んでよく見てみると、それは紛れもなく血の垂れたような跡だった。

 そしてそれは運の悪いことに、部屋の奥まで続いている。水樹は加藤に相談するでもなく隙間だったドアと壁との間を、そろりそろりと開けて行く。周りには誰もいない。辺りは静寂を守り、ドアの軋む音以外に彼らを怖がらせるものは何もなかった。それが余計に、2人の心拍数を徐々に上げていく。


 開ききると、加藤はこれまたゆっくりと、その場で懐中電灯の光を部屋の隅々に向ける。この部屋は、どうやら人の住んでた個室らしい。本棚やベットがきっちりと整頓されており、そこに今まで人が住んでいたとは思えないほどの綺麗さである。

 すると、正方形に形取られた部屋の、ドアとは反対側の場所にある机に座る、1人の男ーガタイと服装により判別ーに気が付いた。

 加藤の持つ懐中電灯の光は震え、焦点を失った目線のように落ち着かない。水樹はそんな加藤の怖がり様を見てか、彼の懐中電灯を握る左手を両手で支えた。震えは止まり、椅子に腰かけた男の上半身のみを光が捉える。


 すると、どうやら見憶えのある、1人の男の姿が水樹の頭に思い浮かんだ。


ーーなんだ、正人くんか。驚かせないでよ


 水樹の独り言を聞き逃さなかった加藤の顔には、既に安堵の表情が浮かんでいる。


「正人? おーい」


 思い切って読んでみる。返事など無い。


「正人くーん? からかってるならやめてよ、ちょっとびっくりしちゃったじゃん」


 返事など、無い。


 流石に腹に据えかねたのか、加藤は少し口調を強くして部屋の中へ入り、それへと突き進んだ。


「おい、悪ふざけはいい加減にしろ。確かに怖いがタネが分かったんだから反応しろよ」


 そう言い終わると、肩を掴んで互いの体をぐいっと引き寄せた。

 加藤は何も言わず、肩を掴んだまま硬直する。そのまま時間が過ぎて行く、まるで部屋の中だけ時が止まってしまったかのように。


 水樹はやっとの思いで、声を絞る。だが、それは最後まで発せられることなく、酷く蒼ざめた顔をした加藤の突進によって妨げられた。


ーーああああああああああっ!


 加藤は水樹をドアの前から突き飛ばし、1人懐中電灯を持ってどこか闇の中へ消えて行った。



〜肝試し開始17分経過〜


 2階に着いたぼくら4人は取り敢えず、入ることのできそうな部屋を1つずつ開けて調べて行くことにした。


 2階からは1階が眺められ、それが吹き抜けとなって3階まで達している。

 また、その吹き抜けを囲むようにして通路がーぼくらの登ってきたT字階段も合わせるとードーナッツ状にひとつながりとなっている。

 壁際には3つずつドアがあり、奥の正面扉の真上に位置する場所は少しだけ広く、大きな窓が備え付けられていた。その窓からは、さっきまでぼくらのいた場所が見える。残念なことに、窓は太陽の光を浴びることのない北側に向いているので、相変わらず屋敷の中はカビ臭いジメジメとした匂いで一杯だ。

 T字階段の左右には3階へと続くであろう新たな階段が、正面扉の方角に向かって続いている。1階のレッドカーペットを敷いた場所の真上に、豪華そうなシャンデリアがぶらぶらと行くあてもなく釣り下がっている。

 そして、1階からは行くことのできなかった建物の奥の方に行けるであろう渡り廊下が2つ、T字と3階行きとの階段の直ぐ隣に付いていた。


 まずは西側のドア3つを、開けることができるかどうか試す。そのうち開けることができたのは、両端の2つだった。

 2つの部屋を見たところ、あまり目立っておかしいところは無かった。階段側は個室、正面扉側には食器や家電製品が置いてある。

 2つ目の部屋を調べ終わって部屋から出ると、1階からT字階段を使って上がってくる人影が見えた。


ーー既に5分は経過している


 人影へ近づいてみると、彼らは一瞬身構えたが、こちらの正体に気がつき胸を撫で下ろした。


ーーまあ、確かにこの2人じゃ怯えるのも無理ないか。


 【宇野 翔駒】、西園寺美香。どちらもあまり気の強そうな雰囲気ではない。

 桜はこんな暗闇どうとでもないと言った感じで、

「あんまホラーしてないね。美香っち」とぼくから奪った懐中電灯を怪談話をするときのように顔の下から当てて言った。


「そうだね。今の所は」


 西園寺では無く、宇野が答える。

 とにかくここはしっかり調べても何も無いので、反対側の部屋をわざわざ調べようなんて言う奴はいなかった。こうして少し雑談を交わした後、西園寺たちは三階へ、ぼくらは2階のさらに奥の方へと別れて行った。



〜肝試し開始35分経過〜


「よし、これで残るは俺とお前だけだな」


 阿澄光は腕時計を見ながら、自分たちがそろそろ出発することを相方の【桐崎 才】に伝えた。

 2人が門の前で待って約35分が経った。未だに誰も戻って来てはいないが、そろそろ出発しなくてはならない。光は既に歩を進めている。


「なんで俺がお前なんかと……」


 随分酷いことを言ってくれる。そンなのはこっちだって一緒だ。そう思った。

 光は桐崎が苦手だ。いや、苦手では無い、多分嫌いなのだろう。話したことなど指で数えるぐらいの単語数しか発していないため、彼のことをよく分かるはずもない。だが、本能が仲良くなることを拒絶しているのだ。


ーーこいつとペアになった女の子は気の毒そうだ。


 そうすると自分がこいつから彼女たちを守ったのだと思うと、気分が幾らか和らいだ。2人の間に会話など生まれない。好都合だ。こうして、ぶっきらぼうな顔をした冴えない男2人組は屋敷の中へと入って行った。


 1階には誰もいない、近くのT字階段を上がると2階にはいくつかドアの開いているのが見えた。たが、それらには反応せずに、より奥へと行ける渡り廊下に体を向けた。行き先は殆んど光の独断で決めている。桐崎はもうどうでもいいといった様子だ。


 すると、渡り廊下から1つの足音が聞こえてくることに気がついた。それは気を付けなければ分からないほどに小さかったが、他に雑音のないこの世界で聴くには、少々大き過ぎるほどだ。


ーーおい、誰か来てるのか?


と、桐崎。

 光は桐崎の方を振り返り、そうだ。と無愛想に答える。だが、何かおかしな事に、足音は1つしか聞こえない。あれほどまでに2人1組での行動を厳守させたのに……。

 音は段々に早まる。2人は流石に怖くなり、お互い触れなくとも、近くに身を寄せ合っている。光は恐る恐る、渡り廊下に顔だけを出し、その暗闇の奥を見つめる。

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立入禁止 梅榎 @akaume

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