第4話

 ぼくらはこうして門の中へと入る。

 ホラーゲームの冒頭は凡(およ)そこんな感じなのだろうか。周りは鬱蒼(うっそう)と茂る木に囲まれ、その少し窪んだ平地に不気味な洋館が山の主であるかの如く立ち尽くす。ぼくらの恐怖心を掻き立てるのには十分すぎる存在感だ。

 門の中へ入った途端、辺りは昼近いにも関わらず暗かった。周りの木によって日光が遮られている所為だろう。


「では、昨日話した通り、これから肝試しを始めましょう。ルールの確認を行います」


 正人は突然機械的に語り始めた。ぼくは皆の前で未だに西園寺の肩を支えている事に気が付き、咄嗟に後ろへ一歩引く。彼女の体は既に震えを止めている。こちらの反応は一切気にしていない様子だ。

 ルールは実にシンプルで、どこからかのサイトに載っていた物を引っ張って来て、それにいくらか改良を加えたものである。


ーールールーー

・2人1組になり行動する(原則男1女1)

・5分間隔でのスタート開始

・1組につき1つ懐中電灯の所持が可能

・手持ちのスマートフォンで写真を撮り、よりホラーな写真を撮れたチームが勝利


 こんなものだ、なんてことは無い。余りにも大雑把な勝利条件は、昨日だけでは足りなかったであろう男女交流の場を設けたいがための付属品に過ぎない。

 こうして2人組はくじで選ばれる事となった。男と女でそれぞれくじを引き、お互いの番号の同じ人とパートナーを組む事になる。勿論男女比は同じでは無いため、男子側のくじの中にjokerが入っている事は皆が承知の上だ。

 早速列の前方から、叫び声が聞こえる。動物の鳴き声のようなそれは狭間であるようだ。他の皆は彼など眼中にないかのように構わず列を進める。そろそろぼくの番だ。


「お前で最後か?」


割り箸くじを握りしめていた光はぼくの背後に誰もいないことを確認し、聞いてきた。振り返ると確かに誰もいない。光は周りを見渡しながら、首を傾げた。


「どうしたんだ?」


「いやさあ、くじが余ったんだよね。昨日作った時は確かに男子15人分あったんだけどね」



 けれども余り気にしていない様子を見せ、こちらに割り箸の刺さった拳を突き出した。ぼくはそれから一本抜き出す。

 『4』と記されている。辺りを探すと、1人で相手を探す、大して真新しくもないぎゃるを見つける。


「流石に今回はちゃんとした服装で来てるな」


 彼女の服装は昨日のはだけたシャツとはかけ離れており、水色縞模様のフレンチを下半身のジーパンと組み合わせて着ている。ファッションのことなど皆目分からないが、彼女の今の服装が良いという事はなんとなく判る。相変わらずの厚化粧ではあるが。

 すると、周りではパートナー交換が密かに行われていた。ここには獣しか居ないのかと哀れになってくる。桜のところにも、意外な人物が寄って来た。


「あの、良かったらパートナー交換してくれない? 誠くん」


 その予想外の人物とはいかにも、ノッポこと烏間である。こいつ、桜に気があるのか。と内心驚きでいっぱいだった。烏間の相方はというと、これこそ桜なんかとは真逆とも言えるーー小学生の頃の印象でしかないがーー【西田 遥】という子だった。西田はクラス屈指の長身で、小学2年の頃から柔道をやっている格闘少女と言ったところだ。今では男子で1番背の小さいチビよりいくらか大きいーー桜はこう見えて背が2番目に低い。ちなみに、1番は西園寺だーーだけで随分と背の高さは落ち着いたようだが、それにしても女子の中では未だトップだ。だが中身はとても繊細で、近所の犬が死んだと聞くだけでその子のために涙を流すこともあった。まだまだ彼女に対してはあるのだが、これだけでも桜と西田がどれだけ違うかが分かるだろう。別にぼくはパートナー探しなどはなからする気も無いので、桜が離れようと西田が来ようと関係ないのである。何ならノッポでも良い。ぼくはどっちでも良いよと、結局桜に判断を任せた。


「ごめん、私こいつと行くわ」


 意外な回答に、烏丸はひどく落胆し、それを出来るだけ西田に気付かれまいと虚勢を張った。これも、あいつなりの気遣いなのだろう。それにしても、何故(なにゆえ)彼女は烏間の誘いを拒否したのだろうか。少しばかり考えると、ぼくはあからさまに顔を紅く火照らせた。周りが暗くて余り目立たなかったのは幸いだ。

 桜はそんなぼくに気づいたのか「キモッ」と言わんばかりの仕草をして、昨日の真帆との会話の最中にした時のような防御態勢を取った。


「そういう意味で断ったんじゃないわ、なに考えとんの。阿保」


 彼女は俗に言う『ツンデレ少女』と似たような反応をしたが、本当にぼくに好意を抱いている様子は無かった。ぼくにはそれが悲しいんだか、ホッとしたんだか分からなかった。多分どちらでもないのであろう。 


 こうして各チームは大体落ち着きを見せ、漸(ようや)く1番からスタートする事となった。


〜〜15分後〜〜


 やっと僕らの出番が回って来た。大きい荷物は予め旅館に預かって貰っているので、本当に手荷物は少ない。周りの開始の合図とともに、ぼくと桜は洋館の中へと突き進んで行く。正面のドアは開かないらしく、横の勝手口から入った。


 懐中電灯を付けると、そこは廊下のようだった。廊下にはドアなどは一切無く、まるで押しつぶされてしまうような圧迫感を感じる。

 ぼくはゆっくりと、焦らずに歩みを進める。桜の方はそんなぼくに構わずずんずん歩を進める。なんたる図太さ。取り敢えず、ここの写真を撮る。パシャ。


 細い廊下を進むとドアが1つ、閉じていることに気がつく。律儀にも前のグループが閉めていったようだ。そんな事は気にも留めない桜は、直ぐに丸いドアノブをくるりと回し、思いっきりドアを開けた。


「わああああああ!」


 そんな幼稚な掛け声と共に、謎の影は襲って来た。ぼくは反射的に足を滑らせ、盛大に尻餅を突く。

 イッテテテテ……

 顔を上げると、そこにはぼくらの1つ前に出発したチーム、jokerたちがいた。


「狭間! 【遠野】! お前らこんなとこで何してんだよ」


 2人は笑いを堪えるので精一杯で、ぼくの言葉など届いていなかった。いや、2人では無く3人だ。桜はjoker2人に劣らずその歯並びの良い口を大きくかっぴらいて笑っていた。とてつもない恥ずかしさに、思わずあれこれと言い訳をつく。すると桜はその開いた口を両手で何とか抑えて、説明した。


「私が脅かしてって頼んでおいたのよ。あんたったら、すっかり怖がっちゃって、アハハハハハハ」


 他の2人はまだ笑っている。ぼくは真実を知り、余計に腹が立った。スッと立ち上がると、腰回りに付いた埃をパンパンとはたき落とし、彼らを置いて奥へと進んだ。3人組はこちらを追いかけるでも無く、ゲラゲラと下品な音を立てながら、後ろから追って来た。


 ドアを抜けた先はどうやら表扉のある、大玄関へと繋がっていた。かなり広々としており、微かにだが目の慣れたぼくは辺りを見回した。すると、右手の方向に大きな扉があることに気がついた。どうやらそれは、先程入ることの出来なかった表扉であるらしい。表扉に近づくと、内側からも鍵がないと開かない仕組みらしく、ぼくはそのドアを開けるのを諦めることにした。大玄関にはさっき出てきたドアを含めて4つほどドアがあり、中央に敷かれたレッドカーペットの奥には、途中で二手に別れた二階に続く階段があった。


「ねえ、機嫌直してよ〜。謝るから」


 ぼくはまだ黙っていた。


「大人げねぇなぁ、誠。そんな器の小さい男じゃ相川は振り向いてすらくれねえぞ」


 チビの言葉にぴくりと反応した。何故ここで相川が出るのか、ぼくには理解できない。


「何で俺が相川の事気にしてるみたいな言い方になってんの?」


「はぁ?だってお前、今日のバスで鼻の下伸ばしてたじゃねぇか」


 ぼくが?彼らにはそんな風に見えていたのだろうか。


「昨日だって食事の席隣でおまけに清水とも近いなんて許せねぇぞ。それに昔だってよぉーー」


 ここで桜の静止が入った。腹に1発。狭間は「おぅっ」と変な声をあげ、言いかけた言葉を腹にしまい込んだ。


「あんたはいちいちうっさい。一緒に行こうって誘ってきたのはあんたたちなんだから少しは自重してよね。そうしないと私の心の弱〜いパートナーがもっと機嫌を損ねるでしょ」


 桜は冗談じみた言葉のついでに、ぼくに機嫌を直すよう言ってきた。流石にここでも臍(へそ)を曲げるほど頑固では無かったので、ぼくは渋々彼らの悪行を許すことにした。


「それはそうと、一階は調べたが、さっきの部屋以外は開かないぜ、無理やり開けてもいいんだけど、流石に、ねぇ」


 遠野の言葉にさらに腹をさすっていた狭間が付け加える。


「開きはしなかったが、こんなものを見つけた。新聞、丁度表扉の近くに1部だけ落ちてたんだ。発行日は2009年の8月27日。今から約10年前にこの家は無人になったんだろ」


 狭間はそう言って、その新聞をぼくに手渡した。一見すると紙面には政治のことだとか事件のことだとか、余り興味のない話題ばかりだった。ぼくはそれを持ってきたリュックにしまうと、2階へ行くことを提案した。全員一致で2階へと進む事となり、まずは右に進路を取った。


 ぼくは階段を二手に分かれる寸前の広場で立ち止まり、振り向いてから大玄関をスマフォのカメラに収めた。


「あんた、随分まめに写真撮るのね。別にいいのに」


 桜の言い分はもっともだったが、何故だか撮っておきたかったのだ。どうもこの場所は忘れっぽい、そう感じたからだ。


パシャリ。

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