一握のスナネコちゃん

しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる

ツチノコ、これはなんですか?


「ここここれはあああああ!!」


 地下迷宮の入り口で、一人のツチノコちゃんが、一人のスナネコちゃんが抱えるものを見てエキサイトしていた。


「ウオヒョオオオオオオオ!!! 銃だよ、じゅう! ヒトの使った『どうぐ』だ!」


 ピシピシ石畳に打ち付けられるお友だちの尻尾を眺めながら、彼女は楽しげに頷く。


「満足。では」

「ちょっ、オマエ!」


 ツチノコちゃんは帰ろうとする彼女を必死に引き留めた。


「急に来て急に飽きるなよ! もう少し見せろ!」

「ボク、今日はウロウロする日なので」

「なんだその理由は!?」


 初めに銃を持ちこんでツチノコちゃんをここに呼びつけたのは彼女なのだ。さばくちほーに住む彼女の体は、熱が逃げやすくて、そのせいか興味も一瞬で冷めてしまう。


「おもしろいことができるかもしれないぞ!」


 そう言われて、彼女は立ち止まる。


「おもしろいこと……」


 そのまがったサビサビの黒い棒を頭上に掲げ、筒の部分を大きな瞳で覗きこみながら聞いた。


「ツチノコはなにができるか、知らないんですか?」

「名前と、図書館でヒトが持っている絵を見ただけだ」

「どんな感じですか」

「そうだな、」


 ツチノコちゃんはまず銃を受け取り、やや角張った所を指で摘み、彼女に向ける。


「こういう感じで、怒った動物のトラに向けていた。だから銃は、」

「怒った動物とでも仲良くなれるどうぐですね!」

「武器なんじゃ……えっ!?」


 スナネコちゃんは二つの猫耳をピクピクさせ、ツチノコちゃんは意表を突かれた。


「そうかあ?」

「かばんみたいな動物ならそうするのでは」

「そうかあ」


 二人のお友だち、ヒトのフレンズは今は遠くに行ってしまった。

 ふと、ツチノコちゃんの頭に名案が湧いた。


「それなら、かばんのふりをしながら考えてみるってのはどうだ!?」

「かばんごっこですね! ボク、かばんやりたい」

「オレがサーバルだな!」


 彼女は銃を受け取り、筒のところを掴んでツチノコに向ける。


「サ、サーバルらよ、うにゃー」

「全然似てません」


 ツチノコちゃんは足をガニ股にするだけでサーバルちゃん性を表現したつもりだった。


「うみゃー、ですよ。ほら、ポッケから手を抜いて、無意味に広げて」

「うみゃー」

「かしこすぎます。うみゃー」

「うみゃー」

「ミャーン」

「ミャーン。 ……おい最初と違うぞ!」

「ボクじゃないですよ?」

「へっ……ウオワヒャアアアアアッ」


 鳴き声の主はいつの間にかツチノコちゃんの背後に回り込み、あまつさえその尻尾を弄んでいた。


「ナンダおまえはああああ!!??」

「あー、やっぱりついてきちゃいましたか」


 それは一匹のスナネコだった。

 黄土色にほのかなシマシマのある毛皮と、耳の大きい動物だ。


「昨晩、形のきれいな砂山を掘ってたらこれが出てきたです。その時この子に出くわして、巣までついてくるから色んなところをウロウロしていました」

「そ、そうか、においが同じで気付かなかった。なんでついてくるんだ?」

「さあ。では、この子はボスで」

「ミャー」


 スナネコは律儀に返事した。


「よし、とりあえずオレのサーバルらしさは置いておこう。絵の通りにするにはサーバルを怒らせないとならんが」

「サーバルはどうしたらかばんに怒るんでしょう?」

「想像つかんな」

「サーバルもネコの仲間だし、尻尾を踏まれたら怒るかも」

「ま、待て、本当に踏むつもりか、ダメだぞ!?」


 真顔で近寄るスナネコちゃんに、ツチノコちゃんは尻尾を抱えておののいた。


「じゃあ!」

「ひぅああっ!!」


 と、彼女はツチノコちゃんの足に飛びつき、尻餅をつくままにその生足をくすぐった。カリカリと、白い肌に赤い跡が残っていく。


「うわひひひひっお、おばえ、あにすりゅだあああああ!!」

「おー、激怒」

「誰でも怒るわあああ!」

「ミャーン」


 スナネコも弾む尻尾をツンツン小突く。


「やべりょおおおおおおらあ!!」

「うわあっ」


 一本歯下駄を振り回してスナネコちゃんたちを追い払うと、ツチノコちゃんは勢いよく立ち上がる。顔は真っ赤だ。


「さあ来いかばんんん、オレを鎮めてみせろおお!」

「ごっこは続けるんですね……!」

「でも今のは無し、他!」

「じゃー、悪口とか」


 と、彼女はスカートについた埃を払い、銃を向け直した。


「わ、悪口!?」

「サーバルのドジー! バカ―!」

「なんかムカつく」


 肩をいからせるツチノコちゃんを尻目に、スナネコちゃんはヒートアップしていく。


「耳の先端黒いー! 食べないでくださーい! ウロコがツブツブー!」

「お、おい最後はサーバルと関係ない!」

「体の柄が地味ー!」

「はぐあっ!」


 偶然ではあるが、ツチノコちゃんの気にしていることだった。


「つ」「ミャン」「ない柄ー!」

「おどれらああっ!!」

「ボクら息ピッタリですね!」「ミャー」


 スナネコちゃんとスナネコの共同作業に堪忍袋の緒が切れた。青緑の目がメラメラしている。


「お前らだって、シマで砂っぽい色で地味だろー!」

「そうですか? ……」

「ミャ?」


 問い掛ける彼女はスナネコの柄をじっくり眺め、感嘆の声を上げた。


「おー」

「なんだよ!」

「こいつ、ボクの子どもです」

「な、なにいいいいっ!?」

「毛皮の柄に見覚えがあります」


 彼女は腰を下ろし、そのスナネコの喉を撫でた。


「フレンズになる前最後に育てていて、においも忘れてました」

「お前、そんな飽きやすい性格で母親だったのか?」

「ミャー」


 スナネコは彼女に身を摺り寄せて甘えた。


「立派になりましたね」


 それきり彼女は黙ってしまい、ツチノコちゃんの怒りも引っ込んだとき、また頭に閃くものがあった。


「あ、オレも思い出した。銃の絵もう一枚知ってる」

「なんです?」

「確かパーティの場面で、筒の方を空に向けるんだ。ヒトはみんな笑っていたな」

「こうですか」

「そうだ、それで、そのまがりの内側にある輪っかの中に指を入れてた」

「へー、輪っかの中のでっぱり、邪魔ですね。こうかな」


 パアン

「ミャー!」




 大きな破裂音がして、鳴き声。

 次にスナネコちゃんが目を開けると、地下迷宮の入り口には彼女一人だった。

 臭い煙が辺りを漂う。銃を握る手がなんだか温くて動かせない。


「な、なんだ、今のは……」


 おずおずとツチノコちゃんが入り口から戻ってきた。

 スナネコちゃんは立ち上がり、バイパスへと続く道に目をやる。


「仲良くなれるどうぐでは、なかったみたい」


 サビサビの拳銃を放り投げ、石畳と擦れる音がした。


「こっちには来なかったから、お前の子はバイパスに逃げたのか。動物だからな、一度ビビると、もう」

「怯えて戻らないでしょう」

「お、追わないのか?」

「いいです。あの子は動物で、ボクはフレンズだから。元気だったから、満足」


 スナネコちゃんは右手で頭の猫耳を撫でた。その手は下に、髪の毛に、それからヒトの耳で少し止まる。


「また、遊びましょ……」


 彼女は手を放しその場に跪いた。

 ツチノコちゃんはそっと近寄り、横に座り込む。


「オ、オレならヒマな時なら……」


 横から覗きこんだら彼女はアリんこの列に指を這わしていた。キョトンとした様子で頭を上げる。


「え? はい」

「おまえはああああ!!」

「ミャーン」

「あ、戻ってきた」

「なんだそれええ!!」


 おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一握のスナネコちゃん しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる @hailingwang

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ