寿司局《すしもたせ》

鹿園寺平太

寿司局《すしもたせ》

 教え子のはま素子もとこと約束していた僕は、予定の時間よりも少し早く、『かっぱばし次郎じろう』の店先にいる。

 そこへ、見知らぬ青年が現れた。


「あの、すしろーさんッスか?」

寿ことぶき司郎しろうですが」

「あー、そう読むんスね。……ども、くら一郎いちろうッス。今日はゴチになるッス」

「……誰?」

「んと、浜さんから聞いてないッスか?」

「浜って、浜素子君?」

「ウス。俺は、浜さんが貴方に対して有する寿司債権の譲受人ゆずりうけにんッス」

「寿司債権?」

「寿さん、彼女に寿司をおごる約束したッスよね? 法律上、そこで彼女には貴方に寿司を要求できる権利――寿司債権が発生してるんスよ」

「はぁ」

「逆に貴方には、彼女に寿司を奢る義務――寿司債務が発生したわけッス」

「でも、それは僕と浜君の問題であって君には……」

「関係あるッスね。俺は浜さんから寿司債権を譲り受けたんで、貴方が寿司を奢る相手は俺になったんス」

「そんな馬鹿な」

「いえ、民法466条に、債権は自由に譲渡じょうとできるって書いてあるんで」

「当事者の僕に何の断りもなしに?」

「債権譲渡に債務者の承諾はいらないんス」

「そもそも、君が浜君から債権を譲り受けたって証拠は?」

「だから、彼女から連絡行ってません?」


……スマホを見ると、いつの間にか浜素子からメッセージが届いている。


「君ら、グルなの?」

「面識はないッス。『対エロオヤジの寿司債権買います』ってネットで募集かけたら、向こうから連絡くれたんス」

「……なるほど、新手の美人局つつもたせだ」

「や、美人局は犯罪ッスけど、俺のは合法なんで。……さしずめ寿司局すしもたせッスね」

「そこまでしてお寿司食べたい?」

「だってここお任せで一人三万スよね? 自腹じゃ一生行けないッスもん」

「……浜君は君に債権いくらで売ったの?」

「三千円ッス。悪い女ッスねぇ」

「全くだ。……ところで君、浜君から僕の職業は聞いてる?」

「へ?」

「大学で民法教えてるの。今から君の説の穴を指摘して行くね」


 青年の顔がみるみる鯖色に変わって行く。

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寿司局《すしもたせ》 鹿園寺平太 @rokuonji

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