第3話:「悪いな、俺はセラ一筋なんで」

 異界王城────東櫓


 異界には荒野が多い。

 特に、王城とその城下町付近一帯は平坦な荒野一辺倒で先3kmは見通す事ができる。

 天魔三刻が1人、ムシュファは額を割って生える角に紫電を纏わせながら荒野に最も近い場所に立つ物見櫓でクルツの札を口元に寄せている。


『それで? 敵の種族は?』


「有角の鬼共です」


『盛りのついた鬼か、クソッ村から出ずに一生子作りに励んでいればいいものを、数は?』


「およそ5千、狼騎隊が見えます」


『斥候部隊か、我々を推し量ろうとはなめられたものだ。所詮人海戦術しか使えぬ雑兵共め』


「出ましょうか?」


『いい、私が行く』


 札が震えて作る声は、セラピスのものでその声は怒気を孕んでいた。


「では、私はいかがいたしましょう」


『任せる』


「仰せのままに」


 それを最後に札の震えが止まる。

 ムシュファは、自分の主人が戦場に出た時有利な盤面で動けるよう影から操作する戦場の管理人。

 主人の任せるとは、それ即ち全身全霊をもって己が役目を果たせという意味。

 ムシュファは有角種でありながら、身体的特徴をあまり持たない。

 しかし、主人の片腕として名を馳せるまで至った彼女の能力は1人で軍隊を相手取った時にこそ真価を発揮する。



 * * *



 ルグミット関門────転送門


「さて、貴様の処罰は、また今度だ、命拾いしたな」


「うっ⋯⋯うぅ⋯⋯セラちゃん、首輪して連れていく気満々のくせに何言ってるのさ」


 ルグミット関門護衛兵総督に当たるアルラウスは、首にガッチリと枷がはめられ、今にも町内引きずり回しの刑でも始まらんと言わんばかりの状態だった。


「今日から一時的にルガミット関門はクルツが預かる。アルラウス、貴様は地下牢で反省していろ」


 異界トップたるセラピスは、六足の軍馬スレイプニルに跨り、首輪に繋がる鎖をしっかりと握っていた。


「セラちゃ~ん、反省してるからぁ」


「してるならまず、呼び方から改めることだな、クルツ転移陣を」


 極彩色の空間が転移門周辺を裂いて現れる。


「アルラウスはククリに任せる。私は先にムシュファと出る」


「仰せのままに、ご武運を」


「え? ククリちゃんが? いやぁ、ククリちゃん意外と力強⋯⋯いたいいたいいたい!!」


 ククリは恭しくお辞儀をすると、アルラウスと繋がる鎖を受け取り、やや強引に引っ張っていった。


「クルツ私は出る。後を任せていいか?」


「お任せを、私共々、後のことはムシュファが我が主のために果たしましょう」


 セラピスは一度頷くと、馬の腹を蹴り、瞬く間に速度をあげて光の中へ突っ込んでいく。


「さて、私は私の仕事をしましょうか」



 * * *



 異界王城────地下牢


 ジャラジャラと音を鳴らしつつ、ククリがアルラウスを連れて地下牢へと入っていく。


「ク、ククリちゃん⋯⋯もう、限か⋯⋯キャッ」


 そして、アルラウスは地下牢に入れられ監禁されたのだった。


「とりあえず、あなたはここで大人しくしてなさい、変なことをしてると報告が来たら私が直々に折檻いたします」


 ククリの折檻は、なんとも言えぬ陰湿さがあった。

 簡単な例えで言えば、運ばれてくる食事が妙に水気があったり、大事な部分は隠れているが絶妙に衣服を切り刻まれたりとモヤッとした折檻ばかりするのだ。


「うへぇ、分かったよぉ」


「あれ? アルル?」


 ククリに受けた嫌がらせのような折檻を思い出して苦渋の顔を浮かべていたアルラウスの隣から地下牢に似つかわしくないひょうきんな声が届く。


「アイルちゃん?」


「アルルじゃーん! あの時は世話になった! お礼言おうと思ったんだけど、捕まっちゃってさぁ」


 アイルは面白そうに自分の手足が対猛獣用の鎖で繋がれている部分を見せびらかす。


「はぁ、あなたにはホトホト呆れますよ、普通その鎖で繋がれたら身じろぎすらできないはずなのですが⋯⋯まぁ、いいです。精々最期の瞬間まで、そのひょうきんな態度で大人しく捕まっていることですね」


 ククリは、そう言うとツカツカと階段を登っていった。


「ごめんね、アイルちゃん」


「なんで謝ってんの?」


「私さ、人のためにって思ってやることいっつも裏目に出ちゃうから⋯⋯今回もアイルちゃん捕まっちゃったしぃ」


「ん? 別にこれは好きでやってることだぞ?」


「んへぇ?」


 アルラウスは間の抜けた声で返事をしたのは理由がある。

 簡単な話、先程までアイルは度重なる脱走を重ね、ついに城内で一番の対猛獣用の枷を持ち出された上にクルツによる封印術が施されたのにも関わらず、アイルの手の枷ははまっておらず、あろうことか牢屋の外に出ていた。


「アイルちゃんって、やっぱり面白い人だね、私、アイルちゃんのこと好きだな」


「アルル、その言葉は嬉しいんだけどさ、悪いな、俺はセラ一筋なんだ」


 アイルは牢屋の中に入り、器用に手足の枷を自分にはめていく。


「知ってる、あーあぁ⋯⋯惜しいなぁ」


「ただ、アルルのことは嫌いじゃねぇよ、むしろ⋯⋯」


 アルラウスはアイルから注がれる不躾な視線に気付くと、身動ぎをして視線をそらす。


「エッチ⋯⋯」


「冗談だよ! アルルもそんな顔するんだな」


 豪快に笑うアイルに、アルラウスは真っ赤な顔で見ていることに気付いた。


「それに、浮気はしねぇーよ、まぁ浮気って言えるほど関係は深くないけどさ⋯⋯ところで、セラは?」


「セラなら戦場に出たよぉ」


「戦場?」


「うん、鬼族が攻めてきたんだってぇ」


 ふと、アルラウスは空気が変わったことを感じた。


「詳しく、聞いていいか?」


「う、うん、なんかねぇ、この城付近まで少数だけど武装した鬼族の野営地が見つかってねぇ、斥候部隊なんじゃないかって言ってぇ、セラちゃん武力解決しか知らないからぁ」


 その気配は、アイルから発せられる殺気だと気付くのに時間は必要としなかった。

 大切な人が襲われる可能性が出た時、どんな生物でも焦るだろう、しかし、アイルのそれは異質すぎた。


「アイルちゃん」


「────行かなきゃ」


 アイルが枷を完全に破壊し、立ち上がる。

 周囲を歪ませるほどの気配が辺りを立ち込める。


「待って! アイルちゃん! 大丈夫だから!」


 アイルの周囲がチラチラと輝くと、アイルを純白の全身鎧フルプレートが包む


「だって、セラは、使!!」



 * * *



 異界────東部平原


 荒野になりかけで、時折緑を見かける程度の平原をセラピスは駆けていた。


「ムシュファ! 報告しろ!」


 その声に応じるように、いつの間にかセラピスと並走するムシュファが現れる。


「敵斥候部隊の数は5200、多数周囲に潜伏しています」


「少し離れた所にある湿地林か」


 異界は荒野が多いが、一部地域は逆に降雨量が多い。

 異界の不安定な気候は空に現れ、常に赤みがかった太陽である原因も異界の特性によるものだ。


「それで、ムシュファ私は何をすればいい?」


「いつもの様に」


 ムシュファが有角種でありながら、膂力も法力も少ない、そんな彼女が魔刻三天にまで及んだ大きな理由、それは、計算力と予測能力がずば抜けていたためだ。

 こと戦場においては、敵の展開予測はもちろんのこと天候による誤差の計算、備蓄の消費から推測されるコンディションなど、あるゆる要素をムシュファの脳内にある盤面に揃え、自分の主を絶対の勝利に導く。


「ムシュファ」


「はい」


「今回も任せるぞ」


「お任せを」


 たった短いやり取りの中で、2人の確固たる互いの信頼が推して測れる。

 そこから会話は必要ない。

 そこから余計な考えは必要ない。

 全てレールに収まる棺桶の中、戦姫と呼ばれた彼女が猛威を振るう。


「第8代領主、イシュタリム・バロ・テスカ・セラピスを相手取り生きて帰れると思うなよ!!」


 彼女が手に携えるは、『真矛槍・ディルムッド』

 長柄をしっかりと片手で操る。

 実のところ、彼女は法術が使えない、実際法術の類に見えるそれは、クルツがあらかじめセラピスの体に刻んだ術式に法力を注ぎ込むことによって発現しているだけであり。

 武器の出し入れ含め、全てはクルツによるものだった。


 しかし、何であろうと彼女は異界最強の称号を手に入れた誇り高き領主。

 赤い長髪をなびかせ、風を切って疾駆する。

 それに追従するは天魔三刻の内最も頭脳に秀でた非凡の有角と、王城にて練磨を積む先鋭の部隊。

 その数、総数にして僅か100。

 その実力、一騎一騎が千の兵を束ねるほど。

 その頂点に君臨する気高き戦乙女ヴァルキュリア


 斥候部隊準備は万端であり、鬼族5000の兵に隙はない、が。


 彼女の前において、練兵の盾などないにも等しいことは異界全土に伝わっていることであった。


「全軍!!!!」


 猛速で突き進む中、セラピスに従う兵士の中でのみ静寂が訪れる。

 決して誰かが足を緩めた訳でもなく、今もなお軍馬が地を駆る爆音が全身を叩く。

 されど、彼女の声は全兵に届く。


「私の背中だけ見ていろ、行くぞ」


 それが彼女が先頭に立つ時必ず飛ばされる激励、セラピスはここまでアイルとの一件を除けば一度の敗北もない。

 それは天魔三刻の影響も大きいが、一番の要因は彼女が持つカリスマ性なのだろう。




 * * *




 異界王城────地下牢


「だからぁ、大丈夫だよ、アイルちゃん」


 アイルの気配は若干鎮まっていたが、確固たる殺意は揺らいでいない。


「でも、セラにもしものことがあったら⋯⋯!!」


 それを聞いたアルラウスが吹き出す。


「ふふ、いいなぁ」


「へ?」


「他の人にこんな思ってもらえるなんてさ、いや、違うなぁ~アイルちゃんに思ってもらえるセラちゃんが羨ましいのかもね」


 アイルはバツが悪そうに頭をかく。


「ったく、アルルと話してると調子狂うなぁ、俺がここまで好かれたの生まれて初めてだよ」


 アルラウスは、満面の笑みを浮かべる。

 正直、ただのお調子者という印象しかない彼女の、混じりっけ一つない笑顔は心を締め付けるのには十二分に効果があった。


「きっとね、それセラちゃんもだよ、セラちゃんもこんなに愛されたの初めてだよ」


 そう言うと天井を見上げ「ふられちゃった」と、先ほどとは裏腹に寂しそうな笑顔を作る。


「ま、とにかくセラちゃんはぁ、気にしなくてもいいよぉ~ムッシュちゃんの計算が外れたことないしぃ」


 アルラウスは元の調子でゆるい雰囲気を取り戻す。

 それを見たアイルが一息ついた時、一つ疑問が生じる。


「な、なぁアルル、セラっていっつもどうやって戦ってる?」


「いきなりどしたのぉ?」


「いいから! 教えてくれ!」


 アイルの突然な焦りに戸惑いを隠せないアルラウスだったが、一先ず彼女を思い浮かべる。


「4種類の武器と、クルツちゃんの法術を使いこなして⋯⋯」


「待て、質問を変える! そのムシュファってのは知らないことも予測できるのか!?」


 突然アルラウスを遮り、叫ぶ彼に首を傾げつつ、さも当たり前のことを言われ不思議に思う。


「んっと、いくらムッシュちゃんでもぉ~知らないことを計算はできないよぉ?」


 その一言でアイルから最初の殺気と、加えて焦りの感情が滲み出る。


「まずい⋯⋯」


「ど、どうしたの? 顔色悪いよぉ?」


「ムシュファってやつは、俺がセラちゃんに初めて告った時、その場にいなかった」


「それがぁ?」


「俺はあの時、3

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