第2話:「この世界はもうちょっと、優しくてもいいんだよ」

異界王城────転移門


セラピスを含め、メイドのククリ、天魔三刻が一人クルツの三人はルガミット関門へと向かうため、空間転移法術が組み込まれた門へと向かっていた。


「わざわざククリお姉様が城から出る必要はなかったのでは?」


「第8代異界領主イシュタリム・バロ・テスカ・セラピス様直属侍女の私が職務怠慢をすると思っているのかしら?」


「いいえ、天魔三刻の私がいるのです。我が主には指一本触れさせることはありません、ですのでお姉様は王城にて別の職務をしていてはいかがと申しているのです」


「そうすると、クルツ? 私が実力不足とでも言いたそうね、直属に選ばれる意味少し考えたらどう?」


「最高水準の法術の使い手である私には勝てない」


「言うようになったじゃない、直属である以上法術だけが芸達者ではいけないことを骨身に叩き込んで教えてあげましょうか?」


「お姉様、それは決闘の申し出と受け取っていいんですね?」


「ええ、そろそろあなたとは決着をつけなければならないと思っていたの」


一触即発の雰囲気が辺りに漂い始める。

風音一つ、茂みを駆ける獣の音一つ、ささいなきっかけで暴発しかねない緊張した空気の中、セラピスはこめかみを押さえていた。


「お前ら、それは10分置きにやらねばいけない理由でもあるのか……?」


クルツとククルは双子の姉妹であり、容姿もそっくりでどちらも純白の翼を持ち、銀髪を拵えた二人を並べると絵画にも勝る様子だが、二人の仲は険悪だった。


「我が王よ、なぜこのような者をお側に置くのですか? 私が側にいれば我が主の安全は保障いたしましょう」


「ククリは特に秀でた才を持つわけではない、だがな、従者たるもの先ほどククリが入ったように一芸だけでは務まらない、だから私はククリを側に置くと決めたのだ」


セラピスはクルツをなだめると、ククルの頭を小突く。


「お前もお前だ、妹相手にムキになってるんじゃない、それに決闘なんかしてクルツに勝てるわけがないだろう」


「「申し訳、ありません……」」


謝罪を同時にしたのが気にくわないのか、二人は再びにらみ合う。


「お前たち、本当は仲がいいんじゃないのか?」


「そんなこと!」「断じてありえません!」


「冗談のつもりだったんだが……かなり良さそうだな」


転移門に到着すると、クルツが札を取り出す。


「クルツの札による詠唱省略技術はいつか私もやってみたいものだ」


「我が王なれば、習得は容易かと」


「はは、それができなかったんだ、どんな触媒を使っても私の法術を閉じ込められなくてな」


「おそらく、我が王の力が膨大すぎるためかと」


転移門に光が宿る。

城門の一つである転移門の上方から極彩色の幕のようなものが降りてくる。


「それでは行きましょうか、お嬢様」


「あぁ、アルラウスには少々事情を聞かねばならんからな」


三人は極彩色の幕に入っていく。




* * *




異界王城────地下牢


「……お前は、一体?」


「ん? なんだ? おかしいことでも言ったか?」


マクヴェルは

自分が目の前で話しているのは亜人の主力である『勇者』、敵の総大将と言っても過言ではない。

本来警戒すべき相手を意図的に逸らされたかのような違和感を覚えた。


「いや、そうだ、そもそもどうして亜人の貴殿が魔族であるところの姫を?」


「亜人とか魔族ってさ、そんなに差別される対象なのかね?」


「は?」


「俺、言ったじゃん? そっち異界こっち現界を共存させたいって」


「ああ、それは夢物語に近いが、貴殿ならもしやと私も思った」


「夢なんかじゃないよ、だってさ、亜人だろうが魔族だろうが、違いってささいなものだろ? たしかにお前らには俺らから受けた恨みがあるかも知れない」


「あぁ、たしかに我らの先祖は亜人共に虐げられた、だから異界などという不毛の地に追い出されたのだ」


「それは、何年もの前の話俺らが続ける理由も道理もないはずだろ?」


「何を馬鹿な、我ら同胞がいくら殺されたこと……か……」


違和感に、気づく。

アイルはセラピスに恋心を抱いている。

────同胞を目の前で殺した張本人を。


「なぜ、貴殿は姫を……?」


「だから、俺の村を────」


「それでどうして姫を愛せる⁉︎」


「そんなこと言われてもなぁ……一目惚れだよ」


「仲間を、家族を殺されたのだろう⁉︎」


理解ができなかった。

家族を、友人を殺され、殺した者を愛する心が。

狂っているとしか思えなかった。


「まぁ、最初は絶望したよ、ついこの間まで一緒にいたやつら全員死んだんだもん、それに、恨んだ、必ず殺すとも思った。だから、勇者になれたんだろうけどな」


「じゃあ、なぜ?」


「13年前、俺はもう一度セラに会ったんだ。まだセラが魔王じゃなく冷血王と呼ばれてた時、そこでさセラを初めてしっかりと目にしたんだ」


アイルは懐かしそうに頬に着いた古傷をなぞる。


「ただただ、綺麗だと思った」


「それだけ?」


「うん、それだけ、綺麗で強くて────守りたいって思ったんだ」


「それは、どういう……?」


「あいつは、魔王なんかじゃない、本当はただの女の子で運悪く才能を持ち合わせちゃっただけなんだよ」


「支離滅裂だ、言ってることが繋がっていない、復讐をしにきたのに恋に落ちた? 貴殿の復讐心はどこへ行った?」


「今となっちゃ覚えてないよ」


アイルはヘラヘラと頭を掻いて笑う。


「分からないな、じゃあなぜ魔族と亜人の共存を望む?」


「そうすりゃ、セラは魔王じゃなくなるだろ?」


マクヴェルは理解した。

やはり、目の前にいるのは勇者であり敵である、と。


「(ふむ、結局は魔族の統治が目的か、共存とは名ばかりの奴隷制度かそこらだろう)」


「俺はセラに魔王をやめてほしいんだ」


「なぜ?」


マクヴェルは漏れ出す殺気を抑え、心の中で面会から尋問へと移行する。


「そうすりゃ、セラは自由だ」


「それは押し付けだろう?」


「かもな、だけどさ……


その言葉に、殺気が篭った……気がした。


「この世界はもうちょっと、優しくてもいいんだよ」


「……貴殿の執行日は明後日だ」


マクヴェルは、身を翻し階段を上っていく。




 * * *




ルガミット関門────中央楼閣


「して、アルラウスよ」


「あ、あはは〜なんでしょう? 領主様……」


アルラウス・フォンドベルはセラピスの前で正座させられていた。


「貴様が預かるところのルガミット関門が半刻で落とされ、あろうことか捕虜になる。ここまで弁明は?」


「アイルが強すぎたんだよ! 許してセラちゃん‼︎」


「ほう? あいつとはもう名前で呼び合う仲のようだな? それに今は公の場だ弁えろ」


「あ、いや、そのぉ〜」


アルラウスは金髪碧眼の女性でその肢体はセラピスト負けず劣らずだったが、頭の方は極端に弱い。


「なんか〜アイルったら「魔王にコクるから力貸してくれたら解放する」なんて言ったからぁ、あ、いいやつって思ってぇ」


「ふーん、それで私を売ったと、私があの後どれほど苦労して、どれほどこれから苦労するか分かってるのか? え?」


「お嬢様が苦労したのは、初めての色恋に戸惑ったからでしょう?」


「ク、ククリ! お前は黙ってろ!」


「へぇ〜ふぅ〜ん、セラちゃんったら意外と初心うぶ?」


アルラウスはセラピスを肘で小突く。


「誰が立っていいと言った?」


「ピィ! すみましぇん……」


変な声を上げつつ避難するアルラウスを見てセラピスは嘆息する。


「お嬢様、ここに私共以外おりません、少し肩の力を抜いてはいかがでしょう?」


「う、む……それもそうか」


セラピスは一つ深呼吸するとアルラウスを思い切り睨む。


「ククリ、クルツ、今の私は王ではない」


「分かったわ」


「セラ姉がそう言うなら」


ククリとクルツから厳粛な雰囲気が抜ける。


「アル! お前あいつ寄越すときもうちょっと詳しく話せよ‼︎」


「ご、ごめんなさいぃ……だって、私だって必死だったのよ?」


「私も必死だったわ! 勇者が攻め込んできて、部隊は壊滅! 殺されるって覚悟したら指輪渡されるし!」


「え、アイルったらそんなことしたの?」


「お前まさか、一枚噛んでないだろうな?」


アルラウスは吹けもしない口笛を吹く。


「やっぱりか! 何をした⁉︎」


「な、なんでバレるの〜?」


「アルは嘘が下手ですからね」


襟元を掴まれ、振り回されるアルラウスをククルが楽しそうにからかう。


「でも、この感じ……久しぶりだな、セラ姉が王になって、この四人で会うの減っちゃったから」


「そうだな……まぁ、仕方のないことだ」


「セラちゃんはぁ、なんで領主になったのぉ?」


「私が一番、強かったから、それだけだ」


セラピスの顔が曇る。それを悟れない三人ではなかったが、掛ける声は誰も持ち合わせていなかった。

そんな静寂を破ったのは、花畑脳のアルラウスだった。


「じゃあさぁ、いっそのことアイルと付き合っちゃえば?」


「は、はぁ⁉︎ なぜそうなる⁉︎」


「そうだよアル姉! 亜人なんかとなんて!」


「でもねぇ、クルツちゃん、私たちと亜人の違いって容姿以外ほとんどないのよ?」


「でも、迫害されてきた歴史が!」


「私はされてないわぁ」


アルラウスの言葉にクルツは口ごもる。


「わ、私の部下は、何人も殺された」


「あなたは、何人亜人を殺したのぉ?」


アルラウスは淡々としゃべる。

いつもの口調ながらその言葉には熱があった。


「ごめんなさい、ちょぉっといじわるだったかな?」


「なるほどな、あいつに何かを吹き込んだのは、吹き込まれたからか」


「あらぁ? バレちゃった? これ、受け売りなの」


ふふっと楽しそうに笑う。

アルラウスは牛角を持っており、時折それをいじる。

三人はそれを照れてるサインだと知っていた。


「面白い人よねぇ、あの人、亜人のくせに魔族のこと見てもビビらないしぃ、そもそも私らなんかよりぜんっぜん強いんだけどね」


「ふん、惚れでもしたか?」


「そうねぇ、嫌いじゃないわ、むしろ好きよ」


「アル、その言葉あまり公にしちゃダメよ?」


「分かってるわぁ、ククリちゃんは心配性ね」


「一応魔天三刻だから今すぐ武力行使してもいいんだけどね」


クルツは脅すようにして札を取り出し、突きつける。


「や、やめてぇ、でも私にアイルは無理よ」


「なぜだ?」


「なぜって、簡単よぉ、セラちゃんにゾッコンだもの」


「ゾ、ゾッコンって、な、なんで私なんか……」


セラピスはあからさまに頬を赤らめ、口調がうわずる。

クルツはそれを唖然と見ていた。


「セラ姉が照れてる……」


「かわいいとこあるでしょ? こんなの私だって初めて見たわ」


「か、からかわないでくれ!」


「そういえば、アル姉は何をあの亜人に吹き込んだの?」


「ん〜セラちゃん実は隠れ弱虫だからぁ、ちょっと強引な方がいいよって」


「「あー……」」


ククリとクルツの声が重なり、セラピスを向く。

今日はアルラウスの厄日決定だな、と心の中で冥福を祈りながら。


「あれ? セラちゃん? どうしたの? 震えてるけど、あれ? 顔真っ赤ねぇ〜……あら、いやよ、セラちゃんそんな怖い顔しないでちょうだい、出来心だったのよ、ね? あんなイケメンに言い寄られてちょこぉ〜っとジェラシィ? みたいな? あ! ごめんなさいぃ! やめて! その剣は死んじゃう! 死んじゃうからぁ!」


「私は弱虫じゃないもん!」


王に代々継承される『覇王剣・イシュタリシア』を振るうセラピスは弱虫とは確かに縁遠い存在のように見えるが、顔を真っ赤にしつつ「謝れ! いますぐ!」と騒ぎたてながら暴れられては色々と台無しであった。



しばらくして、ククリとクルツがセラピスを止めた頃にはアルラウスはボロボロだった。


「ごめんなさい、少し頭に血が昇ってたわ」


「ごぢらごぞ、ずびばべんでじた」


アルラウスの整った顔立ちも、無惨な有様であった。


「それで、結局アル姉のことどうするの?」


「セラちゃ〜ん、お願い、許してぇ?」


「まったく、亜人を手引きしておいて無罪な訳ないだろう?」


「そんなぁ〜」


アルラウスは床に転がると、観念したように両手を組み仰向けになった。


「いいわ! セラちゃんのためを思ってやったことなのに処刑されるなら甘んじて受けましょう!」


「なに? 私のため? どういうことだ?」


「だって、あなた魔王と呼ばれるの嫌がってたじゃない」


「いや、私は……」


「セラちゃん、そろそろいいんじゃない?」


アルラウスの言葉にセラピスはたじろぐ。

ククリは特にその様子を敏感に感じ取っていた。


「アル、セラをいじめるのはやめてちょうだい」


「いじめてる訳じゃないわぁ、これは友人として言ってるの、今もなお最強であるあなたには心苦しいかもしれないけど」


アルラウスの言葉に強い熱がこもる。

ククリとクルツはそれを知ってか押し黙る。

セラピスはただ、悲しそうにうつむいていた。

儚い少女の部分、親しい間柄にしか見せない本当の彼女がそこにいた。


「我が王よ」


しかし、クルツの公の言葉で我に帰る。


「王城に向かう敵影ありとのこと」


「なに? ルガミット関門は健在だぞ?」


「亜人ではありません」


「なんだと?」



「これは────同族魔族です」

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