偏執恋愛勇者
第1話 : セカイノカタチ
昔々、それも今から四千年ほど前、この世界『ミゾルディア』では人間が住む王国『コクリア』と、亜族と呼ばれる人肉を主食とする種族と長い戦争を続けていた。
しかし、人間と亜族は知恵・膂力・技術どれをとっても圧倒的な差があり、敗北寸前まで追い込まれていた。
そこで人間は、神様を頼ることにした。
人々は
神の寵愛、信徒の力、禁忌の果実────様々な名前で呼ばれるその力は最終的に『法術』と呼ばれるようになる。
その後、戦争は法術の力のおかげで逆転し、亜族は敗北。人間は亜族の絶滅を確認した。
そして、亜族の滅んだ世界で人間は繁栄をはじめる────はずだった。
それは、終戦後幾星霜の年月が経ち、人間による統治がほぼ完成していた頃だった。
ある日、とある農村で角が生えた男の子が生まれた。
その子の膂力は凄まじく、素手で岩石を砕いた彼は化け物と呼ばれるようになった。
また、とある僻地の開拓村では翼が生えた女の子が生まれた。
その子の法術は技術、威力、種類どれをとっても他の追随を許さず、法術を修めた賢者と呼ばれた人間達を幼くして圧倒した彼女は、魔女と呼ばれるようになった。
法術の行使によって人間はいつのまにか体が徐々に禁忌に侵食されていたのである。
そして、法術使いの
このような子供たちは異端児、またの名を魔族と呼ばれるようになり排斥されていくようになる。
また、魔族の産まれやすい地域を発見した人間は、そこを異界と定め不可侵の法と魔族の追放を義務付けたのだった。
これにより一つだった世界は再び二分される。
追放された魔族達は、人間を亜人と呼んだ。まるで、亜族のように残忍で、冷酷な生き物だと皮肉を込めて。
そうして異界と現界・魔族と亜人による、今もなお続く戦争が始まった。
これが、このセカイノカタチ、魔王と勇者────伝説の馴れ初め。
8代魔王 イシュタリム・バロ・テスカ・セラピスは歴代最強と謳われている。
幾多の法術を行使し、人知を超えたそれは魔法と呼ばれ、幾多の武具を使いこなし、先頭を走る姿はまさに『戦姫』、戦場に舞い降りた
幾多の戦場を駆け、数えきれない勝利を収めてきた強者。
なのに……。
手も足も出なかった……言葉通り手も足も……。
私は異界領主、亜人が呼ぶところの魔王……先代から受け継いだテスカの名が泣くな……。
一人たたずむセラピス。
黒い翼が生え、羊角を生やし、歴代最強の魔王と言われてもなおその姿は押せば倒れそうな儚げな女性でしかない。
髪は水分を含み照明光に照らされて鮮やかな赤色に輝き、瑞々しい柔肌を水滴が伝う。
身長は150あるかないか程度の小柄な肢体なのだが、豊満な双丘と腰つきのラインは淫靡な誘惑をそのまま形にしたような印象を受ける。
戦姫と呼ばれようと、やはり彼女は見れば見るほど可憐な女性なのだ。
「して、勇者よ」
「なんだい? セラ」
「我が城においてもっとも警戒し、厳重な守りを法術によって構築された場所はどこだと思う?」
「うーん、俺にとってはどこも同じに感じるなぁ」
「そうかそうか、なら教えてあげよう」
セラピスが振り向きつつ法術を展開する。
「
膨大な熱量とともに勢いよく風呂場の扉が吹き飛ぶ、そしてそこには一緒に吹き飛んだ勇者ルクライム・O=アイルは幸せそうに昏倒していた。
「衛兵、その馬鹿を牢屋へ」
突然のことにうろたえていた衛兵に指示を出すと、衛兵は
「まったく、こんな馬鹿に負けたと思うと恥ずかしくて仕方がないのだがな……」
セラピスはかるく髪を絞りつつ、浴室を出る。
「ククリはいるか?」
「ここに」
深々とお辞儀しながらタオルを持つククリは壊れたドアのわきに立っていた。
金髪碧眼、長い髪を後ろで一本に結っている。
由緒正しきメイド服に身を包む彼女はセラピスと同じくらいの齢だろう。
「あの馬鹿はいつからいたんだ?」
「お嬢様が湯あみをすると言った時から」
「玉座の間の時点でいたなら言ってくれ! いや、追い払ってくれ!」
セラピスは憤慨しながらもククリに肢体を流れる水滴を拭きとってもらう。
「申し訳ありません。ですが、お嬢様がお気づきにならないことなどありえません」
ククリはある程度拭き切ると姿見の前で着替えを待つセラピスに、今までの従者としての顔ではなく、1人の女性として、セラピスの昔なじみの顔を表に出してからかう。
セラピスの顔はバツが悪そうに真っ赤だった。
「生まれて初めての告白がまさかの敵総大将だなんてね、ある意味ロマンチックじゃない」
セラピスの表情はもはや王としてではなく、一介の少女としての一面が浮き出ていた。
「や、やめてくれ……私はあんな男に微塵も興味は、ない、と、思う……」
「あら、異界最強のあなたも照れるなんてことあるのね、顔が真っ赤よ?」
セラピスは両手で顔を覆い、うずくまる。
「うぅー、だって、初めてだぞ? それに、あの指輪……私も現界については無知ではない、だからあれが二束三文の値段で買えるものじゃないものは分かるし……あ、別に値段が高いからつられたとかそんなんじゃなくてだな……」
うずくまりながら悶絶するセラピスを無視して、ククリは半ば強引に寝間着をセラピスに着せていく。
「でも、あいつは亜人で、私は魔人、私たちは分かり合えない存在だ」
「だから?」
「だ、だから? って、そのだな……いや、第一理由を聞かされてないし、私だって心の準備ってやつがだな……それに、変態だし、馬鹿だし……」
白い絹でできた薄い生地の寝間着は綺麗な曲線美を描くセラピスのシルエットこそ見えるが、キチンと中が見えないような作りになっていた。
「今なら色仕掛けし放題よ? セラ」
「か、からかうな!」
一通り着たセラピスは立ち上がりククリと向かい合う。
その顔はどこか憂いを帯びていた。
「理由はどうあれ、あいつが私に告白してきたのは、きっと……」
「気の迷い?」
「うん、そう、気の迷い、だから、一緒にはなれない」
異界最強と謳われた彼女の儚い部分が、顔をそむける。
性に合わんなこの話は、と乾いた笑みを浮かべると、いつもの王としての顔が彼女に戻る。
「あいつは、私の手で処分する」
「……仰せのままに」
それ以降、二人が会話することはなかった。
* * *
異界王城────地下牢前廊下
「せーっかく抜け出したのに一発で捕まっちまったよ」
飄々とした態度で衛兵についていくアイルはどこか楽しげだった。
「頼みますよアイルさん……あとでしばかれるの俺なんすから」
そして、衛兵と打ち解けあっていた。
「悪い悪い、セラお嬢様の湯あみと聞いて我慢できなかった」
「あー……それは、仕方ないっすねぇ」
風呂場から牢屋までの間でどうやって親密になったかは実に簡単な理由である。
みなセラピスのことが大好きだったのだ。
「だろだろ!? いや、やばかったね……特に」
そこまで言うとアイルは胸元を強調する卑猥なジェスチャーを衛兵に送り、二人して鼻の下を伸ばす。
セラピスが大好きと言うより、大抵の男児は下世話な話が好きと言った方がいいのかもしれない。
「いやぁ、ウチの大将ああ見えて純潔っすよ?」
「マジ!?」
「マジマジ、なんせ『私より強いものを婿として迎える!』なんて言ったはいいけどそれを決める決闘全てに圧勝っすから」
「あー、噂程度に聞いたことあるな、あいつ、そんな強いの?」
「ええもちろん、異界最強ですし」
衛兵とアイルは、はたから見ると拘束されるのが好きなだけなんじゃないか? と、疑問を抱く程度に奇怪な様子であった。
二人は階段を降り、牢屋に到着するとアイルは自ら入っていく。
「そいじゃ、二時間後あたりで夕食持ってくるんで」
「あいよ、話を肴に酒でも飲みたいものだ」
「できたらかっぱらってくるっす」
冗談交じりにそう言うと衛兵は階段を昇って行った。
「しかし、話してみるもんだな意外とウマが合う」
アイルは壁にかかってある枷に自ら腕をはめていく。
一応囚人ではあるし、俺はこの状況はそこまで嫌いじゃない、とのたまったが故の所業だ。
『だって放置プレイみたいで興奮するじゃん!』
「あ、今のうちに風呂場のセラを思い出しておこう、匂い付きでな!」
誰に言うでもない声が地下牢内にこだまする。
おそろしいことに今現在地下牢はアイル1人のみである。
「あ、でも、最後の法術のせいで焦げ臭いにおいしか覚えてな……ん?」
ふと、アイルは衛兵が昇って行った階段を見据える。
「あんたかマクヴェルの爺さん」
現れたのはセラピスの右腕ことマクヴェルであった。
「ハハ、さすがは勇者いくら気配を消せどもやはりばれますか」
「まぁ、これでも勇者ですし、これくらいはね」
アイルは褒められてうれしいのか手枷をジャラジャラ鳴らしながら頭をかく。
「それで、アイル殿」
「殿ってのはやめてくれ、気軽にアイルでいいよ」
変態のレッテルを持つアイルだったが、中には好意的な者もいた。
さっきの衛兵や、マクヴェルがその人だ。
「ふむ、分かった、貴殿がそう言うのであれば」
「かたっ苦しいのは嫌でね、俺が爺さんって呼ぶようにあんたも気楽にしてくれ」
「はは、爺と呼ばれるのは姫だけだったんだがな」
マクヴェルはカラカラと笑うと表情を戻し、アイルに向き直る。
「処刑日時が決まった」
アイルはそれを聞いて目を丸くした。
「すまん、姫は何も聞かなかったよ、貴殿の夢を聞いてもな」
「そっか……」
アイルは天を仰ぐように、牢屋の天井を見つめる。
「フラれちゃったかぁ」
「して、ここで一つ提案なんだが……」
「いや、それはいいよ、逃げたって行くとこないし、爺さんに迷惑かかんだろ」
アイルは満面の笑みをマクヴェルに向けた。
「だが、貴殿さえいれば魔族と亜人の共栄は叶うかもしれない! そうすれば何百年と続くバカげた戦争に終止符が打てる!」
「ごめんな、爺さん、俺あいつのことホント好きみたいなんだ、昨日初めて会って、確信したんだ」
アイルはゆっくりと立ち上がり、檻越しにマクヴェルを真っすぐ見た。
「殺されるなら、あいつがいい」
「はぁ……昨日今日の付き合いだが、妙に貴殿の言葉には力を感じるよ」
立ち上がったアイルをマクヴェインは改めて物色する。
「(亜人にとって並、我々有角にとっては小柄な男があの姫を圧倒した、だなんてな)」
「なんか、ついてっか?」
「いや、1つ聞きたいことがあってな」
「ん?」
不躾な目線を送ったことを取り繕うように目線を戻す。
「どうして、姫を?」
「あぁ、それ、簡単だよ」
アイルはにこやかな表情を崩すことはなく────。
「俺の家族を殺し、村を焼き尽くしたからだよ」
むしろ、頬にある傷を歪ませながら────
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