偏境に咲くカーバンクル

白湯気

Prologue:「は? 1人で勇者が攻めてきた?」

 異界王城────玉座の間


「報告‼」


「今度は何だ‼」


 一段上にある玉座でいらだたしい態度を隠さず、部屋に入ってきた者を冷たく見下ろす。

 玉座に座るは冷血王イシュタリム、現異界領主でもある。


「亜人と思しき者はなおも北上を続け、このペースですと今晩には......」


「ルガミット関門があっただろう、あそこはどうした」


「は、それが......」


 イシュタリム、昔は四柱と呼ばれたは『戦姫』とも畏怖されていた。


「わずか2時間で陥落......と」


「なんだと!?」


 四柱の中でも最強と謳われていたのは女性であり、瞬く間に頭角を現した彼女は今の座に就いた。


「待て、いかに強者の亜人一行と言えど要塞化してあるルガミッド関門を少人数でそんな短時間で落ちたなどありえない、詳細な説明をせよ」


 玉座の側に立つイシュタリムの右腕、知将マクヴェル、彼は軍師としての才能を買われ指揮を振り、幾多の戦場を勝利に導き、イシュタリムを四柱から王へと昇華させた一番の功労者と名高い。


「ハ! 本日早朝、勇者と思しき亜人は単独でルガミッド関門護衛兵述べ一万と交戦を開始」


「は? 1人で勇者が攻めてきた?」


「は、はい、報告では......」


「あ、ありえんだろう!!」


「ですが......」


「姫、まずは状況を把握しましょう。報告を続けてくれ」


 マクヴェルはイシュタリムを姫と呼ぶ唯一の存在であり、彼女もまた爺と呼び信頼関係を築いていた。


「ハ......20分程で半数が負傷前線が後退、そしてここらが情報が曖昧なのですが......およそ、10分たらずでルガミット関門護衛兵総督アルラウス様が捕虜となり......」


「待て!! そうすると、たった半刻で陥落ではないか!! しかも単独で!?」


「落ち着いてくだされ、姫!! 報告を」


「それが、その......」


「いいから話せ!!」


 イシュタリムが持つ真紅の双眸が燃ゆる様に紅く揺らぐ、息は荒く心做しか鋭い八重歯がさらに尖り刃を彷彿とさせる。


「そこからしばらく勇者とアルラウス様は部屋に入り、一時間半程たった辺りで部屋から出てくると......」


「焦れったい!! さっさと話せ!!」


「ヒッ......は、はい!! アルラウス様は笑って勇者を関門から送り出し、これでいい......と」


「......は? 裏切った......? アルラウスが......?」


 ダークマゼンタの髪を軽く結、立派な羊角を生やし、白く透き通る肌と紅い大きな瞳を持つ彼女は老若男女問わず魅了した。

 また、焦り掻き乱し、髪は乱れ角は凶暴さを具現したように肥大化し、肌は朱に染まり瞳も爬虫類のそれをもってしても元来持つ魅力が損なうことは無い。


「ありえん!! アイツは古くからの付き合いだ!! 戯言を!!」


 イシュタリムが手を横に薙ぐ、その行為は伝令兵の悶絶の顔によって説明が完結する。


「グ......う、我が王よ、お慈悲を......」


「姫」


 マクヴェルの一言にイシュタリムが腕を下げ、玉座の肘に打ち付ける。


「すまなかった、下がれ」


「ゲホッ......あの、もう一つ」


「......今度はなんだ」


「アルラウス様が、応援してる......と」


「ふざけるなァァ!!!!」


 とっくのとうに堪忍袋の緒が切れていた彼女に伝令兵の一言はまさに火に油を注いだ。


「今日は厄日か何かか!? やることが山積している最中での勇者襲来!! 信頼していた部下の裏切り!! トドメに寝返った家臣が嫌味を寄越すだと!?」


「姫、今はまだ勇者が城付近に来た報告はありませぬ、一刻も早い対処を」


「クソッ!! アイツの対処は極刑だが後回しだ!! まずはこの城周辺に防衛線を張る!!」


「ハ!! ただちに!!」


 マクヴェルはそう言うと伝令兵と共に玉座の間から出ていく。

 煮えくり返るはらわたをどうにか抑え彼女は静かに座る。

 フワリと舞う髪色に合わせたシックなドレスは所々にプレートを備え、戦闘における実用性と、魔王としての威厳、女性本来の蠱惑な色気をバランスよく保つものであり、特に豊満な胸は肩が露出するタイプとよく似合う、谷間とドレスの境界線はいかに堅物と言えども目が奪われるほどだ。

 さらに、上気し火照った身体は汗を伴い、肌に瑞々しいつやを与える。


「水を」


 部屋の隅に立つメイドが静かに近寄り、うやうやしくグラスに水を注ぐ。


「このタイミング......一体どういう意図が? ついに亜人共は侵略に本腰を入れたか、はたまた威力偵察か......単身と言っていたからおよそ後者だろう」


 イシュタリムが顎に手を当て、小さく呟く。

 その間メイドは静かに横顔を眺めていた。


「あ、あぁ......ありがとう、ククリ下がっていい」


 名前を呼ばれたメイドは深々とお辞儀をして部屋の隅、定位置へと戻る。


「万が一、か......私も準備しておこうか」


 そして彼女は、メイドと共に決戦に備え始めた。




 * * *




 異界王城────前線基地駐屯所


 イシュタリムの命を受けマクヴェルは予め準備させていた直轄の自軍を前衛に配備、後衛ではマクヴェル指揮の元、近衛軍述べ2万が前線基地を設営していた。


「正門以外封鎖完了、テント設営完了いたしました。マクヴェル様は天幕へ」


「了解した。設営が完了した者から有翼組は魔砲の準備を有角組は前線にいき硬めなさい」


 マクヴェルの指示に短く敬礼を示し、戦線に戻る。

 マクヴェルが天幕に入ると3人の将が出迎える。


「遅くなった、始めよう」


 天魔三刻と呼ばれる彼らは1人1人が兵5万分は下らない一騎当千の戦力であり、イシュタリムとその配下マクヴェルに絶対の忠誠を誓う騎士であった。


「ダーバイルは前衛にて敵を抑え、クルツは砲撃で無力化を図る、ムシュフィは隠密と共に先行、一撃離脱で力を測ってくれ」


 マクヴェルの指示に3人は胸に手を当て深く頭をさげる。

 そこで、ダーバイルと呼ばれた筋骨隆々の有角種である男が発言の許可を仰ぐため空いた手で挙手する。


「許す」


「はい、これは守りの布陣、敵は1人と聞いております。数で押した方がいいのでは」


「ふむ、道理だ。だが相手の力量が未知数過ぎるのでな」


「過ぎる、と言うのは?」


「ルガミットが半刻で落とされた」


 その言葉に3人に動揺が走り、ダーバイルは側に立ててある2M級の大剣を強く握る。


「よって、まずは柔軟な陣形で受け止め相手に合わせ陣形を変えてゆく、合図は銅鑼とする」


 ダーバイルは再び頭を下げる。


「マクヴェル様の指示で失敗などございません。我が愚考お許しください」


「よい、違えた事は言っておらん、他にいないか?」


 3人は胸に手を当て不動をしめす。


「我が王に勝利を」


「「我が王に勝利を」」


 マクヴェルは3人の唱和を聞くと天幕を出て物見櫓へ向かう。


「さて、こちらも準備は整いましたぞ、姫」




 * * *




 異界王城────???


「さて、と......」


 その男は7万の軍勢をいた。


「にしても、たった1人にすごい軍勢だな」


 男は心から愉快そうに嗤う。

 手には手のひら大の小箱が握られていた。


「まぁ、コイツでいける......かな」


 箱を太陽光に透かすようにして掲げる。

 特に透過する素材を使っていないため中が透けて見えることは無いが、その箱の外装は暗い青一色で何かしらの毛皮を使用しているのか高級感が感じ取れる。


「......ふぅ、派手に行こうか」


 誰に言うでもなく男が呟くと体重を傾け、

 そして、今まで立っていた王城の頂点を指さした。


『火焰ヨ、来レ』




 * * *




 異界王城────前線基地


 それは、太陽であった。


 閃光と轟音、遅れて肌を焼くほどの熱波に襲われたマクヴェルの行動は早かった。


銅鑼5回王の身元へ!!」


 作戦の主軸を決定し伝達する役目の銅鑼は鳴らす回数によって意味合いが変わる。

 5回は緊急事態を意味し、特に王の危機につながるものを伝達するものであった。

 そして、前方からクルツとダーバイルの姿も見えた。


「クルツ!! 転移方陣を!!」


 クルツと呼ばれた有翼種の女性は腰のホルダーから札を1枚取り出し空中に放ると、札を中心に空間が歪む。

 クルツはダーバイルとマクヴェルの腕を掴み、その歪みに突っ込む。

 眼前の景色が歪み、一瞬の浮遊感とともに場所は玉座の間へと移る。


「姫! ご無事か!?」


 玉座の間ではイシュタリムがククルをかばい立っていた。


「この程度の子供だましに倒れるほど、私は弱くはないさ」


 気丈に振る舞うイシュタリムの左腕の裾は焼け焦げ、腕にも火傷のあとがいくつか見られた。


「それよりも、だ。マクヴェル、今勇者とやらはどこにいる?」


「クルツ、探索方陣を」


 クルツは一つ頷くと襟元から札を1枚放り投げる。

 札はヒラヒラと舞うと不自然に空中で止まり、爆ぜる。


「我が王よ、すぐそばに」


「なに!?」


 イシュタリムは用心深く辺りを見回す。


 焦り辺りを見回す姿も可憐さが損なうことはなかった、先ほどのドレスと変わって戦闘重視の軽鎧ライトアーマーは背中が大きく開き、うなじから尾てい骨までのまっすぐなラインが顔をのぞかせる。

 それは、わざと狙わせるためか、腰辺りから生える黒いつややかな翼を強調するためか、はたまた別の理由か。

 脚部は簾のように金属板が前後左右を守る。隙間から見える真珠のような白い肌は肉付きの良い女性のそれだ。



 あぁ────欲しい。



 それは、玉座の間中央、ちょうどイシュタリム、マクヴェル、クルツとダーバイルにぐるりと包囲される位置に現れた。


 ソイツは白かった、純白の全身鎧フルプレート


 一瞬で勝てないと理解した。


 だが、守らねばならない、我が王だけでも。


 その気配に、見覚えがあった。


「ようやく────」


 三方向からの同時攻撃。

 マクヴェルの刺突、ダーバイルの豪剣、クルツの法撃。

 全てが必殺の威力。


「────見つけた」


 その男は持っていた剣を地面に突き立てる。

 それだけで、彼は無傷という結果を手にした。

 攻撃した彼らは、上からの強大な圧力に負けるかのように地に伏している。


「何をした!」


「そう吠えるなよ、魔王」


 男は剣に手を置き、仁王立ちのまま他三者と同じように抗いながら膝をつくイシュタリムを見下ろす。


『剣王ノ威光』


 男の持つ剣が光を放つ、するとミシミシと音を立てながらイシュタリム達が床に圧し付けられる。

 男は落胆したように逡巡すると剣を持ち上げる。


「これは、つまらないな、そうだろう? 歴代最強魔王」


 ふと、イシュタリムの顔から力みが消える。


「くっ......嘗めるなァ!!」


 イシュタリムが地を駆る。

 雷光に匹敵する速度で接近した彼女の手に『暴鎌・メラウノス』が握られており、下から刈り上げるように振るう。

 男はそれを空いた手で掴み────砕く。


「......なっ!?」


 一歩下がり、イシュタリムは背後の空間から作り出したかのように『聖弓・ミストルティン』を構え、引き絞る。

 男は飛来した鏃を指で挟み────つぶす。


「......っ‼」


 右足に全体重を乗せ、地面を抉りながら先ほどとは比肩しないほどの光速で腰に携えていた剣を振るう。

『覇王剣・イシュタリシア』

 男は荒神こうじんの如く迫る刃を片手でイシュタリムごと払い飛ばす。


「(なにも、届かない......)」


 イシュタリムは勢い任せに玉座に激突し、一瞬意識が消失しかける。


「が......ハ......ぁっ」


 混濁する意識の中かろうじて男をにらみつける。

 男が小声で何かをつぶやいていたが耳には届かなかった。


「はぁ、はぁ......くそ、仲間だけは」


 四肢に活を入れ、なんとか立ち上がるも男が眼前までやってくる。


「もう終わりかな?」


「たわけが」


 ふらつく視界を頼り、剣を振るう。

 男は無造作に反応すると剣はあっけなく弾かれた。

 そして、無造作に砕かれていた。


「おっと、そうだったそうだった、いつまでも兜をつけておくのは失礼だったな」


 男は今までのことが些事だったかのような態度で兜を取る。

 イシュタリムは力なき眼で男を見上げる。


「はは、いいなぁ......その顔、魔王様よ」


 顎を強引に引き、男が顔を近づける。


「思い出したか?」


「......その傷、そうかあの時の」


 イシュタリムはおよそ十数年ほど前とある村を焼いたことを思い出した。


「あの時、なぜか私の攻撃が一切当たらず見逃した子供がいたな」


「ああ、あれから13年の月日が経った」


「復讐か......」


 彼女の中で、あきらめがついた気がした。


「名は?」


「......イシュタリム」


「違うよ、世襲名じゃなくて、もらった名があるだろ?」


「......セラピス」


「セラピス......いいねぇ‼ セラピス、セラがいいかな」


 男は狂気じみた笑いを浮かべる。


「はん、そんな狂った笑顔を浮かべてると折角の色男が台無しだな」


 男はそれを聞き、嘲笑をぴたりと止めるとイシュタリムをにらむ。


「姫‼ お逃げください‼」


 ただならぬ気配を感じたマクヴェルが叫ぶが、男の手がふるわれると共に再び地面へと沈む。


「爺や‼ くそ‼ 私のことは好きにしていい! だから、あいつらだけは!」


「────言ったからな?」


 これは、いったい何の気配なのか分からなかった。

 殺意か、否これは覚悟だ────それも、世界の命運を決めるが如し。

 圧倒的なが眼前に迫る。

 男がゆっくりと後ろから取り出した小箱を突き出してくる。


「俺と────」


 男は両手でその小箱を、開ける。



「付き合ってください」


「........................は??」


 小箱の中身は、希少な鉱石で作られた指輪だった。

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