寿司をフォークとナイフで食べる彼女

@japarisien

第1話

「あのハゲフランスオヤジが!」

 扉を思いっきり閉めてやった。このレストランで働いてからというもの、シェフは問題があればすべて俺の責任にしてしまう。俺のフランス語が拙いからだとかアジア人だからって甘く見てやがる。

 一攫千金を狙って花の都、パリまで来たが、ろくなことはない。やっと見つかった最初の仕事もこれでクビだ。こっちに来てから日本の物は毛嫌いしてきたが、こんな時は寿司の味が恋しくなる。

 ぼんやりと入った小さな寿司屋は客で賑わっていて、相席になるらしい。フランス人の女性だ。女性と向かい合って食事をするなんてことは何年ぶりか。目を合わせないようにしていたが、彼女が食べ始めた時、思わず突っ込みを入れてしまった。

「フォーク?」

 そう、フォークとナイフを使って寿司を切り始めたのだ。寿司は手で食べるもの、せめて箸くらいは使って欲しい。

「いや、野蛮な食べ方は嫌いなんです。」どうやら片言だが日本語ができるらしい。マグロ、サーモン、そしてイクラまで切り始めた。

「そうとは言っても、ほら。」

 シャリは潰れ、米粒が散らばり、イクラに関しては汁が飛び散っている。

「これも芸術なのです。ほら、このイクラが血となり米が身となり台座となったマグロに生贄を称える神話のようでしょう。」

 彼女はパンテオンやらアゴラやらとても熱心にぐちゃぐちゃになった寿司の盛り合わせを自慢げに語っている。これだから面倒なんだ。あのシェフもこの女も口先で自己正当化ばっかりだ。知らぬ間に届いていた俺の盛り合わせをささっと口に頬張り、ささっと寿司屋を出た。


「これはオスマン建築の典型的な建物ね。」

 すぐに後ろから声が聞こえてきた。足を早めようとしたときだった。

「この道の角にあるレストランはあんまり美味しくなかったわ。」

 あのハゲのレストランだ。ざまあみろ。

「だけど、働いている日本人はとても優しかったわ。」

 俺は足を止め、振り返って笑って見せた。

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