第92話 天才と武闘大会 フィナーレ


 閉会式も終わり、帰路に着く。


 時刻は夜も遅いというのに、人々の熱はまだ収まらない。

 そこかしこで、飲めや歌えやの大騒ぎだ。


 閉会式では、ギルドマスターから武闘大会優勝者という名誉と、優勝賞金をいただいた。

 資金はいくらあっても困らない。素直に嬉しい。

 賞金はギルドの銀行という機関に預けられているそうだ。ギルドのある町であれば、どこからでも下ろせるらしい。

 面白い仕組みだ。


 人々の間を縫って、歩く。

 話題沸騰中の私たちが騒がれずに街中を歩けるのは、ひとえにアサシンの能力のおかげだった。


 触れていれば、人でも物でも一緒に気配を消せるという。

 さっき教えてもらったばかりだ。


「クレア、まだ怒っているのかイ?」


 本当はアサシンが私を背負って進めば、もっと早く宿に着くのだが。

 私がそれを拒否したのだ。


「どうせ私は弱いわよッ」


 手加減された。

 そのことで、ここまで腹が立つとは。


 ――対等だと思っていたのにっ。


 傲慢な思考。

 これはいつも私の邪魔をする。


 追い払ったと油断したら、すぐでてくる忌々しいやつだ。


「いやいや、弱くないヨ。それに君は本調子じゃない、そうだよネ? クレアのメイン武器は攻撃アイテムだって聞いたヨ。そもそも前衛でもないのに、一対一で戦えることがすごいんだからネ?」

「そんなのっ、あなただって同じじゃない! 遮蔽物のないフィールド。最初から存在を認識されているところから始まる試合。大勢の眼。むしろ、あなたの方が不利だったのにっ」


 分かっている。ただの八つ当たりだ。

 けれど、アサシンは怒ることなく、呆れることなく付き合ってくれる。


「それでもボクは一対一は得意だからネ。不利って言われるほど、力が制限されていたわけじゃ……って、クレア? どこ行っているのかナ?」

「はぁ? どこって、宿に帰るのよ」


 膨れる頬、突き出した唇。

 全てが子どもっぽい行動だが、やめられない。


「ん? ――あれ、会場を戻す・・ところは見ないのかイ?」


 その言葉に、足が止まる。


 小さな約束。

 武闘大会が始まった初日。

 地面から会場が出てきた場面を、私は見逃した。だから、アサシンが言ったのだ。


――『じゃあ、この会場を戻す・・ところは一緒に見に来ようヨ』


 すっかりと忘れていた。


「……見る」


 体の方向を変える。

 目指すは、会場だ。


「うん、楽しみにしていたんだよネ。あ、クレアそっちじゃなくって、こっちだヨ」


 会場とは少し違う方向へと促される。

 怪訝に感じながらも、付いて行った。


 着いた場所は少し丘になった、広場。

 すでに着いている者は皆、思い思いにくつろぎ、会場の方角を見つめていた。


 確かに、会場のすぐそばよりも、人も少なく居やすいが。

 会場の上半分は見えても、地面に入っていく瞬間は見られないようなそんな場所だ。


「こっちだヨ、クレア」


 さらに手を引かれ、特徴的なところへと案内される。


 ――大きな木だ。


「良い場所ないかなって思ってネ。探しておいたんだヨ」


 にこやかな笑顔を浮かべるアサシン。

 どうやら、この木の上から会場を見ようということらしい。


「さて、お嬢さん? あなたを特等席へとお連れしたいけど、よろしいかナ?」


 恭しく礼をするアサシンに、思わず笑いがこぼれた。


「……しょうがないわね。よくってよ」


 彼に抱き上げられ、体が浮き上がる。

 髪がたなびいた。


「――うわぁ」


 周りの屋根よりも高いそこは、街の様子を幻想的に見せた。


 淡い街灯の色も、白い煙も、魔法によって生み出された光も。

 宝石箱のように、美しかった。


「ネ? キレイでしょ。クレアに見せたいって思ってネ」


 花火が上がる。歓声が響いた。

 もうすぐ会場が仕舞われるのだろう。


「……八つ当たりだったわ。ごめんなさい」


 ポツリとつぶやいた。

 頭上から笑い声が聞こえる。


「うん、構わないヨ」


 会場がゆっくりと、しかし確実に沈んでいく。

 本当に大会が終わったのだ。


「クレアはあれだよネ。自己中心的。勝手に自分で決めちゃうし、相談も基本しない。一度決めたら頑固で、納得するまで突き通す」

「うぐぅっ」


 その通りだ。

 的確すぎて、反論さえ出てこない。


「――でも、悪いと思ったら謝れる。嬉しかったら感謝する。それは、今までボクには与えられなかったものだ」


 声に悲しい響きが含まれた。

 見上げようとして、手で遮られる。


「感謝しているんだヨ、本当に。君と会って、ありがとうという感謝の言葉を知った。ごめんなさいという仲直りの言葉を知った。おはようという出会いの言葉を知った。またねという永遠以外の別れの言葉を知った」


 ――当たり前のことを、当たり前にしてもらえる環境にいなかったから。


「こっちに来てから。……いや、こっちに来ることすら君に巻き込まれて始まったんだ。全部、君の行動によって得られたものなんだ。あの大会にもでなければ、ボクはボクの威圧に耐えられる者がたくさんいるって、気づけなかった。隠れる以外の方法があるだなんて、分からなかったんだ」


 だから。と、アサシンが言葉を続ける。


「クレア、君を殺そうと思って、本当によかったヨ」


 少し茶目っ気を交えたその言葉に。


「当然よっ、なんたって私は天才なんだからねっ!!」


 震えそうになる声を抑えて、いつも通り宣言した。


 会場が、完全に隠れる。

 終わりを告げる鐘が、厳かに鳴り渡った。


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異世界のアトリエ ~アトリエがないから鍋から作る~ サムちゃん @Some_tyan

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