第91話 天才と武闘大会 七日目・決勝戦6


 息が乱れる。

 魔力が少なくなって、目も霞んだ。


 そろそろ本気で血が足りない。

 回復薬に手を伸ばす。


「うぐっ!」


 腹部にナイフが刺さっていた。

 飲もうと思っていた回復薬が手を離れる。


 痛みで制御できず、触手が私を手放した。


 落下。風をきる音。

 水面に叩きつけられた衝撃を、どこか他人事のように感じていた。


 ――アサシン、まだ生きていたんだ。


 どうやって水と雷の合わせ技を回避したのか、非常に気になる。


 血が水を染めた。

 水泡で白く染まる視界。

 なのに、赤いそれだけは嫌にはっきりと見えた。


 力の入らないこの体は、しかし、回復薬は落としても、杖だけはしっかりと手に握っていたらしい。

 水に遮られながらも、詠唱する。


回復リカヴァリー


 未だ霞む視界の中、アサシンが見えた。

 ナイフを持ち、向かってくる。


 ――水中戦を行おうってわけね。


 魔力はもう残り少ない。血も足りない。体力も尽きた。

 この状態で敵うわけがなかった。


 浮力で浮き上がる体。

 水底から迫る、アサシン。


 ――敵いそうにもないけれど、負けるわけにもいかないのよね。


 これから先、彼と共に過ごしていくには。お互いに知っていかなければならない。

 遠慮も、見栄も、殻に閉じこもるのも、なしにして。

 他人ではなく、仲間になろう。隣を歩く、友人に。


 より少ない魔力でも、勝機を見い出せる方法を考える。

 アサシンはすぐそこまで来ていた。


 導き出した答えを実践するべく、ソレを呼ぶ。

 アサシンは何かに気づいたかのようで、泳ぐ速度を速めた。

 それでも遅い。


 手を引かれる。この数十分で、慣れた感覚。

 空いている手を腰へと伸ばした。


「っぷっは!!」


 空気が頬を撫でる。

 歓声が耳へと届いた。


『クレアさんが今、水中から出てきましたっ!! 触手に引っ張られ、全身が露わになりますっ』

『満身創痍、ですね。状況的にはクレアさんに分がありそうですが、体力面ではアサシンさんが優勢そうです』

『ですが、アサシンさんは水から出る方法があるのでしょうか? このままでは一方的にやられるだけでは?』


 回復薬を飲む。

 応急処置程度であった傷が、完全に癒えた。


 もう一本飲む。

 魔力が全快した。これで、まだ戦える。


 ナイフが腹に突き刺さっていたままだった。

 抜き取る。


『うわぁ……痛そうですね』

『傷はキレイに治っているので、今はそれほどでもないでしょう』


 思わぬ拾い物に、案を修正した。

 血の付いたそれは良い媒介となる。


 魔力を込めた。

 アサシンは水中の中。やることはただ一つ。


 目を閉じる。

 視覚情報がなくなった。

 音も意識して遮断する。それだけで集中できた。


 久しぶりの強敵との戦い。

 戦闘でこれほど魔力を練るのは何年振りだろうか。


我が声を聴き給えプリーズ・リッスン我が願いを聞き給えグレント・ホープ其方の息吹でフリーズ凍らせ給えバイ・ブレス


 ナイフを捨てた。

 その軌跡はキラキラと光で反射する。

 光が頬に触れた。


 ――冷たい。


 自由落下していたナイフが水面と接触した瞬間、それは刺さった・・・・


 ナイフを起点に、水が猛烈な勢いで凍っていく。

 より深く潜るアサシン。けれど無意味だ。


全て凍りなさいラップ・アップ


 白く凍っていくそれから逃れるすべなどなく。

 冷たい手がアサシンを捕らえると、そのまま閉じ込めた。


『――壮絶っ! 壮絶の一言に尽きます!! 何百トンとあった水が、瞬く間に凍り付いてしまいましたっ。アサシンさんはピクリとも動きませんっ!!』

『詠唱の長さから言っても、最上級魔術に間違いありません。素晴らしい。あの若さで叡智を極めているなど、頭が下がります』

『絶体絶命っ。アサシンさんは生還することが出来るのでしょうかっ!?』


 クレアコールが鳴り響く。

 アサシンのことだ。絶対に大丈夫という保証はない。


 もう一度、回復薬を飲んだ。


『終了ーっ! カウントが終わりましたっ。よって、勝者は、クレア・ジーニアスさんですっ!!! おぉめでとうございますっ!!』


 湧き出す観客。

 安堵のため息を出す。


 だが、私はその変化を見逃さなかった。


 氷にヒビが入る。

 ありえないはずなのに、それは割れた。


 一気に静まり返る会場。

 動けないはずのアサシンが動く。


 彼の目は赤く染まっていた。


 割れてできたわずかな裂け目。そこから、彼は飛び出した。


 ――迫りくるナイフに、杖を構えて。


『クレアさんっ、試合は終わりましたっ。そのことをアサシンさんにお伝えください!』


 ギルドマスターの声を荒げた様子に、ハッとする。


「アサシンっ、時間切れよ! 私が勝ったわっ」


 杖とナイフが交差する寸前で、それは止まった。


「……ふむ、それなら仕方ないネ」


 そこにはいつものアサシンがいて。


「あなたが本気を出したら、私なんて一瞬で死んでいるわね……」


 相当手加減されていたことを、痛感した。



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