第90話 天才と武闘大会 七日目・決勝戦5


 重力が増えたというのに、アサシンは落ちない。

 だが、ナイフは飛ばないようで、彼自身が刃を向ける。


地に沈めロード・アップっ」


 詠唱を唱えつつ、触手も動かさなければならない。

 重くなった体を懸命に移動させていると、身を支えていた触手の一つがふと離れた。

 アサシンが根元から斬ったのだ。


 次々と消えていく触手。

 また新たに生やすのは簡単だが、このままだとジリ貧だ。重力を上げると私の身も墜落しかねないので、他の魔術を唱えた。


雨のごとき天のディヴァイン・裁きをその身に浴びろ《ジャッジメント・レイン》!」


 光の雨は、重力で屈折する。

 私でさえも予測できないそれは、方々へ散った。


 出来る限り触手で逃げ回る。

 光で貫かれた肩が、痛かった。


『何と幻想的な光景でしょうかっ! 光が、光が曲がっております! そしてその光は、クレアさんにも牙をむきましたっ』

『ですが、魔攻耐性が高いので、まだ軽傷で済んでいるようですね。反対に、アサシンさんには相当の怪我を負わせたようです』


 グビリと回復薬を飲む。

 投げ捨てた空き瓶の速度が、重力の重さを現していた。


 だというのに、彼の速度はとどまる所を知らない。

 アサシンもまた、空き瓶を放り捨てた。


 触手を生やす。今度のそれは、先を固く尖らせてみた。


「……斬っても斬っても生えて来るなんてネ。君をどうにかした方が、早そうだヨ」

「私を簡単に倒せると思っているのかしら?」


 アサシンの姿が消えた。

 これだって予想済みだ。


「恵みのレイン


 晴れた空から、雨が降る。

 何の効果もない、ただの水。けれど、それでいい。


 障害物もないのに、不自然に雨が遮られているところがあった。しかもそれは、動いている。


「見~つけたっ。雷光ライトニング


 杖の先端から、光が放出された。

 しかし、重力によって思った通りに進んでくれなかった魔術は、アサシンを捕らえられない。


 ――失敗した。


 見えない攻撃が、私の肌を抉る。

 触手で逃げたり防いだりしているのに、怪我は増えていった。


 どこにいるかは分かっているのに。


降り注げ風の刃ウィング・アロー


 速度と追尾性が取り柄の魔術も、重力の前では半減される。

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとばかりに、魔法の球を投下したが、それも触手を攻撃するばかりでことごとく斬られるか避けられた。


 ――自分で発動させたが、この重力は邪魔臭いな。


 この重力の中で戦うことなど初めてで、ここまで厄介だとは思わなかった。


『あの中を飛び回るのも大変そうですが、攻撃を当てるというのも至難の業のようですね』

『質量のあるものは、全て等しく重力の影響を受けます。選ぶ魔術にも工夫が必要です』


 あまりやりたくなかったが。確実に当てるとなると、これしかない。


 私の周りの花畑だけ残して、後は散らせる。

 触手が私をガッチリと固めた。


 足場のなくなったアサシンは、足場を求め、近くまで迫る。

 ナイフが光った。


荒れ狂う水トーレントっ」


 掲げた杖に、魔力を盛大に込める。

 空を埋め尽くすほどの水が、落ちてきた。


 激流だ。


 流され、地面へ叩きつけられそうなところを触手が踏ん張る。

 首筋が熱い。おそらく、アサシンに斬られたのだろう。


 血が水で流され、クラクラする。水圧で詠唱も不可能だ。

 ただ耐えるしかない。


 音も遮られた水の中。アサシンの気配が消えた。

 水の流れを止める。


 クリアになった視界の中。

 結界を容器として、下は水槽のようになっていた。


 アサシンはその中を泳いでいる。


「終わらせましょう? 私の勝ちよ。――乱れ撃て、万雷ヘヴィ・サンダー


 振るわれた杖に呼応して、数多の雷が空気を揺らした。



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