短編 九人の墓井戸

おおくま

九人の墓井戸

ほら、うちの家の近くに大げさな井戸があったろ?

そうそう、縄でぐるっと井戸のまわりをしめて。

白い紙がひらひらその縄にいくつもついてたろ?

いわゆるしめ縄ってやつ?

まあ俺もそれの正しい名称は知らないし、お前らも興味ねえだろ。

とにかくあの井戸には、何かがまつられてるってことだけ確認したくってよ。

そしてあそこには九人分の霊魂がまつられているんだよ。

これから話すのは、あそこに誰が、まつられているのかってことだ。

これはオヤジに聞いた話と俺が当時について調べた内容なんだけどよ。


江戸時代のころ、うちは富士田屋ふじたやって屋号やごうでもって大工の商売をやってたらしくてな。

先祖代々大工の家系だったらしいが、まあ当時は飢饉ききんや争いだの景気が悪くってね。

家以外にいろいろ作ってたらしいんだ。

富士田屋で働く大五郎だいごろうってやつがいたんだが、こいつがとんだ粗忽者そこつものでね。

なにを作らせてもだめ、家具にしろ建具たてぐにしろ、寸法が正確じゃなきゃ話になんねえ。

見栄えがわるいだけなら、値をさげりゃあいいが、そもそも使い物になりゃしない。

そんな大五郎につとまったのは、せいぜい桶屋おけやくらいだったそうだ。

桶屋って知ってるか? 聞きなじみのない名前だよな。

風呂桶とか漬物桶とかたるとかを作る仕事だよ。そんな仕事が大五郎につとまるのかって?

これが、てんでダメだったらしい。水は漏れるは、もろいわで。

けどまあ、風が吹けば桶屋が儲かるなんて言うが、大五郎にとっては、人が死ねば桶屋が儲かったみたいだな。

大五郎桶が作るのは、桶は桶でも棺桶さ。

なるほど、昔は桶に死体を入れてたから、棺桶というんだな。

ひつぎとしての桶なら、隙間があっても、多少脆いところがあってもかまいやしねえ。

墓穴に入れちまえば一緒だ。

もちろん、金と、多少なりとも死者への思いやりを持ち合わせていれば、大五郎には頼まないだろうが。

時代が時代だったんだな。死体が今よりずっと身近にあふれていた時代。

だれとも知れぬ死体が道端に転がってたって、騒ぎにもなりゃしねえ。

が、放置してりゃ、くせし、気色きしょくもわるい、おまけに野犬が食い散らかして蠅もネズミもたかるから、始末もわるい。

そうなる前に、死体を処分するには、大五郎はうってつけの人物だったわけよ。

大五郎は富士田屋の名に恥じない力だけはあったし、なにかにつけて細事さいじにこだわらないという大工としての致命的な欠点は、言いかえれば彼の愚鈍と言わざる得ない性格によるところは、死体に対しても同様だったらしい。

つまり大五郎は死体を処分することに世間並の抵抗はなかったらしいんだ。


さて、ここからが本題だ。

大五郎にとって一番の稼ぎは侍達の切り合いがあった時だ。

ああ、わりぃ。侍っていうと恰好がよくていけねえな。現代的に分かりやすく言えば……そう、ピストル持たせたチンピラだ、

身なりもなっちゃいねえし、性格も野蛮そのもの、忠義なんざかけらもなくて

金のため、刀でもって人の命を奪うことを生業なりわいとしてる連中さ。そんなのが商人に雇われて暴れてたのさ。

ここは当時、世間から忘れ去られた小さな宿場町でな。役人の手もろくに回らぬ、無法地帯さ。

刃傷沙汰にんじょうざたなんてのは、珍しいことじゃなかった。

大きないさかいいが起これば、切った切られただの。死体でちょっとした山が築けるくらいだったそうだ。

大五郎の前に並べられた死体は十二。どの死体にも、刀傷かたなきずがあり。

ある者は首と胴体が繋がっていなかったり、腕や足が繋がっていなかったり、胴が中途半端に千切れかかっていたり。

五体満足の死体なんか、一体もなかった。

まあ、大五郎にとっちゃ、大人の体は重くて運びにくいなとか、けど千切れた体の方が桶に入れやすいなとしか思わなかったかもしれないがな。

いくら死体に慣れていた当時の住人にとっても、そこまで理性的に受け止めるのは難しい。

そうなると当然、大五郎の出番だったわけだ。その日は富士田屋に木槌が竹材や木材を叩く音が、狂ったように響き渡ったそうだ。

しかしその日で間に合わせられる桶の数なんざ、しれてるよな。

元来いい加減な性格だった大五郎は、っふ、もっともこれが後の悲劇を招いたんだが、そのいい加減さゆえに、あることを考えた。

死体の数は十二。棺桶の数は四つ。

棺桶の数を増やせないなら。死体を減らせばいい……とな。

大五郎は四つの棺桶に死体を四体入れ、荷車に載せて街はずれの枯れ井戸に向かった。そこにヤブの中に隠れるようにして井戸があることは、大五郎だけが知っていたんだ。

ここまで話せばわかるだろ? うちの近所の井戸には、かつて死体が投げ込まれたんだ。いや、捨てられたんだ。

四体の死体を無造作に落として、何食わぬ顔で町に戻って、四体の死体をまた桶に入れて、また井戸に死体を落としていた時に手抜かりが起きた。

井戸に放り込み始めてから、ちょうど八体目の死体を放り込もうとした時。

大五郎は、桶を傾けて死体を滑り落とした時に、手が滑って桶を落としかけた。

大事な桶だ。

この桶を落としちゃ、残り四体の死体を運ぶこともままならねえ。

思わず身を乗り出して桶を掴んだのが運の尽き。

桶の重さに引っ張られてそのまま大五郎、井戸の中へまっさかさま。

ぞんざいに扱われた死体の気持ちが少しでも分かったかもしれないが、落とされたどの死体よりも大五郎はましといえた。

そりゃそうだ。

始めの一体は地面に激突するが、後に続くほど、死体が積み重なっているんだ。

ということで、八体の死体が下敷きになって、致命傷は避けられたが、八体の死体と一つの桶と一緒に、大五郎は井戸に囚われてしまったんだ。

助けは望めない。

時刻はとうに夜半やはんをすぎて、月は出ていたが。

穴の底からでは暗く、手がかり、足がかりにする所も見当たらないから、自力で這い上がることもできない。

あわや大五郎の命運ここで尽きたかと思ったが、井戸の壁沿いにちょうど逆さに落ちていた桶から、大五郎は着想を得た。

大五郎はその桶の周りに足場と支えを兼ねて四体、死体を丸めるようにして置いた。

この無神経な男の前では八体の死体は、死体という意味をも失って、ただの物体に成り下がっていたのかもな。

暗い井戸の底で、手探りで死体を集める様子を思い浮かべただけで、普通は精神がおかしくなりそうだ。

次に死体と桶の上に死体を三体並べて、最後にその上に死体を一体、壁にたてかけた。

他に足場や支えになるものを大五郎は探したが、なにも見つけることはできなかったんだが、それで十分だと思ったのかもしれないな。

死体が固まれば十分足場として期待できる。

これは俺の推測だが。

たぶん、大五郎はそれまでの経験から、死体は時間が経てば固まることを知ってたんだろう。

死後硬直ってやつだ。

大体死んでから十二時間くらいで全身が固まるから、大五郎がこの仕事を初めてからようやく井戸のふちに彼の泥だらけの手がかかるまで十二時間かかったってことだな。

とんだ手抜きが、命がけの大仕事を招いたわけだ。


けど、話はここで終わらない。

この井戸が八体の死体をまつっているわけじゃなくて、俺は始めに、九体の死体をまつった墓っていったよな?

ちょうど死体の山を登った大五郎の手が、井戸のふちにかかった瞬間。

大五郎の両足首になにかが触った。

何かが触れたんじゃない。

触ったんだ。

それはまぎれもなく五本の指で、うらめしいといいたげに、ゆっくりと、けどしたたかに大五郎の両足首を掴んだ。

そしてそのまま井戸の底に引きずり落とそうと、何者かに引っ張られた。

死んだはずの死体が生き返ってたとしか、考えられないよな。

だって、大五郎は八人の侍が明らかに死んでることを確認してるんだ。

さすがの大五郎も見の毛のよだつ境遇に。

全身を震わすように悲鳴を上げた。

振り払うように足をばたつかせたんだが。

一向に足首を掴む手は緩まることはなかった。

まるで地獄の底へ道連れにしてやろうという悪意がやどっているようだな。

必死の抵抗もむなしく。

両足首を掴む両の手に八人分の恨みが募るように、信じられない激痛が彼を襲ったんだ。


……そのとき。井戸のふちにかけられた、大五郎の手から力が失われかけた。

同時に、踏み台にしていた桶が、積み重なる死体と大五郎の重みに耐えきれなくなった。

逆さにした桶の底がとうとう割れ、バラバラと桶全体が崩れた。

それが死体の土台も揺るがしたのは当然のなりゆきだった。

元来の不注意さと怠惰が招いた事件ではあったが、同時に桶が粗雑な作りをしていたがために大五郎は寸前の所で生還したんだ。

というのも、土台が崩れゆく瞬間に足首を掴む邪悪な手が緩んだ。

大五郎は最後の力を振り絞って命からがら井戸から這い出して、そのまま這って、文字通りほうほうのていで、町まで逃げ戻ったんだってよ。

ここから昔の宿場町まで少なくとも三キロはあるな。

といっても今みたいなちゃんとした道もないし、相当な苦労だったろうよ。

彼が歩けなかった理由は幾つか言われていて、大五郎の両足首の骨は粉々に砕かれてたからとか、足の腱を痛めたからとか、精神的な理由とかが挙げられているけど、精神的な理由だろうな。握ったくらいで、足がどうこうって、考え辛いしよ。

そう思いたいだろ?


これが、この井戸に伝わるお話ってわけだけど。……あれ?

九人目の遺体は大五郎じゃないのかって?

いや、ちがうちがう。そりゃあ、大五郎だっていつかは死ぬけど。今から考えりゃ、もうとっくに死んじまってるけどよ。

たぶん安らかにとこの上でったんじゃないか?

あの井戸には、きっちり九体の死体があったんだ。大五郎から全てを聞いた町の人々がちゃんと確認してる。

手や頭の千切れた死体が、八体。そしてそのうちの一体は、粉々になった桶の破片の下に。

いいか破片の下に胴のちぎれかかった死体が一体、だ。

そして死体の山の一番上に、五体満足の、体に一切の刀傷のない首の折れた老人の死体が一体。

つまり、大五郎は、逆さに落ちた桶に隠れた死体の一体を、見逃して。

最初からこの井戸にいた老人を死体と数え間違えたってことだよ。

この老人はだれだって? まぁありふれた話だけどよ。

その富士田屋で長年奉公ほうこうしていた老人だったらしいが、どうも、足を悪くしたのがきっかけで、当時の若旦那が井戸に投げ込んだらしいんだ。

だから、足を必要以上に強くつかんだのは二重の意味で道ずれにしたかったんじゃないか?

結局はこれまた二重の意味で足元がおぼつかなくて、失敗したけどな。

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短編 九人の墓井戸 おおくま @ookuma_shigeshige

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