Ⅵ:囚われの姫君
リリー。リリー。君は何処かな?
リリー。リリー。出てお出で。
「リリー、こんな所に居たのか。」
僕に見られて恥ずかしいの?
「…たすけて…ください…」
大きな大きな真っ黒な目で。
「リリー。恥ずかしがらないで。…そうだ。今日はリリーのお友達を連れて来たんだよ。」
リリーはとっても嬉しそう。
「…たすけて…たすけて…ぅう…」
泣いたりして。そんなに嬉しいの?
「…ほら、お名前は?」
もう一人の可愛いロゼッタをリリーに逢わせてあげる。
「…まえぞの、ひとみ…」
可愛いね。小さいね。可愛い、可愛い。
「リリー、彼女はロゼッタ。まだ13歳なんだ。リリーの方がお姉ちゃんだから、優しくしてあげるんだよ?」
リリーは喜びで全身をガクガク震わせてる。可愛いな。
「いやぁ…いやあああああ…死にたくないっ!!!いやぁあああああ…」
「そうだ。リリーは明日20歳のお誕生日だったね。…僕からの愛の証。リリーにたっぷりあげるからね。」
あら?リリーったら、気を失う程に喜んでくれたんだね。
「…まえぞの、ひとみ…まえぞの、ひとみ…まえぞの、ひとみ…」
ロゼッタも、とっても幸せそうだ。
「ロゼッタ。僕の可愛いロゼッタちゃん。こっちへおいで。…いいお薬をあげようね。」
―…
神川県警から程近い場所にある古びた茶店で、三人の男達は神妙な面持ちで互いの顔を見合わせていた。
「…で、さっきの話だが。拓馬、お前の話からすると、橘は向井に何もしてないと。」
黒澤は熱いコーヒーに口を付けると、溜息交じりに唸った。
「あぁ。橘がやったんじゃないだろう。…犯人は別にいる。その証拠に、あの不可解なメモ―…こっちのメモにはリリー。向井の方はロゼッタ。」
佐伯の言葉に都築は眉を
「リリーとロゼッタ。…向井は結局嘘つきな精神病患者ってだけで、むしろ被害者だったんすよね?」
「おそらくね。そうなるだろう。」
黒澤は苛立ちながらタバコに火を翳す。佐伯の落ち着いた声色に自身の恐怖感が増すのが分かったのだ。
「…分かんねーな。全く。ホシは何がしてぇんだ。」
「連続殺人の可能性は高い。純也、次の被害者はもうホシの手元に居るだろう。…きっと。」
佐伯の真っ直ぐに見る視線に、黒澤は深く頷き返し決意の目を向けた。
「上に掛け合って、合同捜査にしてもらう。都内で起きた犯罪が神奈川でも起きてんだ。別々に動いてたって解決にはならんだろう。」
三人は再び顔を見合わせた。その眼は闘志に燃えている。
「よし。俺は署に戻って向井を洗い直す。そっちの仏の名前が分かったら直ぐ知らせてくれ。」
「分かった。直ぐに―」
と、佐伯の胸元からけたたましくベルが鳴りだし、佐伯は緊張に顔を引き攣らせた。
「事件か?」
黒澤の声に一層緊張が増す。
佐伯は汗ばむ手の平を拭うと、嫌な予感に生唾を飲み込んだ。
「…え?」
携帯を恐る恐る開くと、そこには「綾」と表示されていた。予想もしていない相手に佐伯の強張った手元が緩む。―が、ある意味では緊張を促す相手では有るのだが―
「もしもし、どうした?」
『…拓馬、今すぐ病院にきて!今すぐ!』
「どうした?何があった?」
『っ…理咲子の子供がいなくなったの!早く来て!!』
―相馬第一総合病院内には、新宿西署の刑事達が事務室に押し寄せていた。
綾は前園理咲子の件を説明しながらも、不安に心を揺らしていた。
「花が届いてたんです。彼女宛に。…そしたらその中にコレが。」
綾はそう言うと、忌々しく蝋で象られた小さな指を見つめた。
「…なるほど。前園さんからはお話聞けませんか?」
手帳から視線を逸らすことなく話す刑事に、綾は眼を吊り上げ憤慨する。
「無理です。ショックで倒れています。今はとても…話は後にしてください。」
「ですが、これが誘拐か何かだったとしたら、早急にお話を伺わないと―」
刑事の言葉に綾は唇を震わせる。
「分かってます。ただ、今は話せる状態じゃないんです。分かる限りの事は私がお話します。」
綾の言葉に刑事は渋々了承をしたように顔を顰めた。
「―綾!」
「…拓馬…」
声の主に綾の張り詰めた緊張が一気に安堵へ変わる。
佐伯は、久しぶりに垣間見た綾の弱弱しいその姿に胸を締め付けられた。
「おい!後は俺らが話聞くからお前らは他から聞き込みしてこい!」
黒澤の怒号に、周りの刑事達はそそくさとその場を離れた。
「綾、何があったんだ?」
「…私の診察室に来て。そこで詳しく話すわ。―ここで話したくないの。」
佐伯、黒澤の両名は、工藤綾に連れられ第一診察室へと足を向けた。
先程の事務室から一階上がった場所に位置する診察室の扉の前で、綾は二人に向き直ると、佐伯を無言のまま見詰めた。その強くも不安を帯びた瞳に佐伯は只見つめ返す事しか出来ずにいた。
「これだけ約束して。…必ず、
綾の声は僅かに震えていた。
「あぁ。勿論だ。俺たちはその為にここに居る。」
佐伯の返答に、黒澤も頷く。
綾は不安と恐怖に駆られながらも、その言葉に薄い笑みを浮かべた。
「…入って。説明するわ。」
―…
「それで、事の経緯は?」
佐伯は警察手帳を机にタンと置くと、ペンを片手に綾の答えを待った。
黒澤は腕組みをし、険しい表情で目の前に座る綾を窺う。
「どこから言えば良いのか。…」
綾は視線を落とし、熱いブラックコーヒーを一口飲み込んだ。
不思議と味を感じない。綾は眉を寄せた。
「今日、患者の対応を終えて、事務室に戻ったら看護師が騒いでたの。…原因は花束だった。理咲子宛に届いた物で、誰からだろうってね。―女の子らしい、よくある噂話してて。理咲子はシングルマザーだから恋人からかもとかなんとか…。それで、私もその花を見たの。バラの花束。それも何色もいっぱい。…たまに有るの。患者さんから食べ物を頂たり、お礼の手紙を貰ったりってのは。それもそうゆう類の物だろうと思って…。
診察から戻った理咲子に真っ先に伝えて。あの子喜んで見てたんだけど、その中に…あの、あの指が…」
綾はそこまで話し終えると、あの蝋で作られた小さな指を思い出し口許を抑えた。
ぐっと押し寄せた恐怖を飲み込むと、綾は話を続けた。
「…本物じゃない事は直ぐに分かった。あなたたちも後で見てみて…。蝋で出来た偽物の指。それを見て、理咲子は何かを悟ったみたいに取り乱して。それで、瞳ちゃんの通う学校に連絡をしようってなって。それで電話したら、今日は来てないって…。瞳ちゃんに持たせてる携帯にも連絡したけど電源が切られてた。これは只事じゃないと思って警察に連絡しようと思ったら、理咲子が花束の中にメッセージカードを見つけたの。―これ、なんだけど…。」
綾はそう言うと二人の前に赤い小さな封筒を差し出した。
「失敬。」
黒澤は白い布手袋をはめ、慎重に中身を取り出す。佐伯はその様を息を殺して見届けた。
「…拓馬、こいつ。俺らが追ってる奴かも知れねぇぞ。」
黒澤は自分の目を疑うかのように何度も内容を読み返している。
「見せてくれ。」
黒澤から手渡されたそれは、以前にも見覚えのある小さな紙切れ。佐伯は緊張と焦りを隠すように眼だけを忙しなく動かした。
「…追ってるって?…ねぇ、どうゆう事?」
綾の言葉を振り切るように、佐伯も又何度も読み返した。
「拓馬、どうだ?」
「…あぁ。奴だ。」
黒澤は、佐伯の返答にぐぅっと唸った。
状況が読み取れない綾は、増幅し始めた不安に肩を落とし歯噛みした。
「綾、今から話す事はお前の中に留めて置いて欲しい。理咲子さんには…伝えないでくれ。」
「…分かった。…話して。」
赤い封筒に白い紙切れ。
機械的な文字は、佐伯を嘲笑うかのように見上げている。
“ロゼッタ”と言う言葉と共に…。
道化師の繭 滝川 うみ @spider-lily85
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