Minuet in Q-flat minor : Rondo-Sonata form Op.8107 3rd mov.



ねえ、踊りませんか

命の継ぎ目が欲するままに

さあ、踊りましょうよ

すっかり忘れたふりをしてしまって

だって、踊らなきゃ嘘でしょう

行き過ぐ時は止まらないのだから

せめて踊らなければ

ならばなぜ

今は行き過ぐのですか

踊りましょう


命の継ぎ目が無様に転がる

ステップをひとつ

灰に満ちた舞台にこだまするでしょう

ステップをもうひとつ

時の流れは嗜虐的に刻むでしょう

どうぞ

今は間違いなくここにあります

現在地に哀哭あいこくを添えて

軽やかにリズムを刻むだけでいい

どうぞ

ずいぶん遠くまで来てしまったと

振り返る暇があるくらいなら

捨てられない数々の相克と手を取るように

愛のふりをして踊りましょう

それしかできないメヌエット

無力は承知のロンドソナタ


痛みと祈りを覚えていますか

灰の都が忘れさせてしまいましたか

遠くに霞む幻灯を感じられますか

焔の中に捨て去ってしまいましょうか

未来など見ないで

そんなもの

この世界のどこにもありません!

あるのはただステップ

重なっていく今があるだけ

瑠璃色のメロディ

目の前のダンスに預けて

今しかない

ここには今しかない!


未来などどこにあるでしょう

この世界のどこに?

ただ今が降り積もるだけ

今に生きているあなたがいる

それだけが証

踊るのに不足があるとでも?

今に死ぬまで

せめて踊り続けなければ

まるっきりの嘘じゃありませんか!

どうぞ踊るだけ!

この世界にはそれしかない!


手を取り合って踊っても

ひとりはいつまでもひとりきり

溶け合えないまま

灰燼かいじんの舞台に巡るのは孤独

どうぞ忘れて

今は今だけを感じて

灰燼の舞台でステップを

薄汚れたドレスとタキシード

持ち物はそれだけでけっこう

今が灰として降り積もる

素足で死灰を踏んで

手を取り合ってひとりきり

いのちは繋がっても

ひとりで今に踊ることしかできない

せめて形式に則ることが慰めの

淡いメヌエット

力なきロンドソナタ


壊れ物に触れるように踊らないで

息の切れ間に愛を見出すやり方で

奔放に夢を蹴って今は止まらない

幻灯をたぐり寄せず声を聞かせて

全てを常軌の正気で踊り明かして

あなたひとりの命で足を動かして

誰も知らない答えなど押しやって

今とは今のまま今でしかないから

その一瞬だけを踊るために生きて

たとえそれががらくたの舞踏でも

慰めが慰めでしかなくたって今だ

過ぎ去った今は踊るのに要らない

灰燼の都が歓迎する今だけの舞踏

祈りに似た諦めに似たステップで

今を今のまま自在に踊りましょう


ならば憎しみを塗り込めて寧静に則ろう

リズムは刻まれるからやめないで

灰に光る船出を霹靂へきれきに葬ろう

リズムを刻み続けるから今を見て

間違いを見出して無理な明暗で黙しよう

ただ今だけに踊り尽くして

やるせない雪のような和解で判じよう

今が今として降り積もり重なるだけ!

未来なんてどこにもありはしない!

ただ今が重なるだけ

実存の中でこそ踊って

ちっぽけで孤独なメヌエットでも

ここには今しかない

ならばどうぞ踊るだけ!


燃え殻の世界で灰のぬいぐるみを抱くことをやめて

どうぞ混ざって

今しかない今に踊りましょう

涙はどうぞ止めないままで

痛みはどうぞありのままで

苦しみはどうぞ放らぬままで

救われないこの世の過ちを直せなくても

今が今としてここにあるなら

ひとりきりとひとりきりで手を取って

死灰を踏んで踊る

今が次の今になる

ステップを重ねて

どうぞ踊るだけ


燃え殻の世界で灰のぬいぐるみを抱くことをやめて

夜会は過ぎても

暁光の中で踊り続けることを正解にして

今をひとりきりで




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蛙の色合いの境界線 -香鳴裕人詩集Ⅲ- 香鳴裕人 @ayam4

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