第16話 俺はギタリストなんだが、なぜかコーヒーが飲めるようになった

「去ったか。」


嵐のようなとは彼らのことだろう。

実際、ゲリラ豪雨とえげつない程がっちりリンクしていたしな。

そこにはあまりに衝撃的な展開の連続のせいで、ふと出た言葉がRPGで出てくる”村を救ってもらった村長さん”みたいになっていたことに気がつけなかった俺がいた。

……。

俺はこれからすぐバイトだし、ま、まあこれで良いか。

っていうか…、何してるんだろうな。あの二人。


はるちっち夫妻とそしてSorrys!の二人。

彼らが現れて目の前で色んなドラマがあり、そして俺はその度数え切れないほどの、色んな気持ちを目まぐるしく体験した。

そして今、外は晴れやかに光が射している。

ーーーーピース。


……。

……おかしい。


何かが終わっていない感じである。

明らかに、この感じではコンプリートではない。

何かが足りない。

恐らくだが、叉市と連絡が取れない状況はこのままでは解消されない。

何かがスッキリしない感じだ。


俺は順を追って整理してみた。

シブ谷の地下でギタリストの彼と一緒に渦を見た。

次に音楽の可能性と言うテーマに思いを馳せた。そして自分なりにギタリストとしての進化を模索しようと決意した。

その矢先にはるちっち(夫婦)という超有名ギタリストが目の前に現れ、素敵オーラ空間を現出させた。

この豪華すぎるお手本から勉強せねばと思っていたら、超絶最大凶悪召還獣(第四形態)が二体も現れて素敵空間は焼け野原にされた。

俺の学習機会ぶっ潰し、素敵オーラ空間ぶち壊し、散々自分達のムード撒き散らし、おまけに屁ぇこき散らし。

はるちっち氏とハセキョンは惜しまれながらも退出。

その後哲平とセージはハセキョンとヱヴィちゃんを取り違え、その調子で旦那さん達も取り違え、ギタリストとラッパーをも取り違えるという完全試合を成し遂げ彼らも退場。

……。

偶然にしては出来すぎている。

何が出来てるのかは全く不明だが、出来すぎている。

ただ、俺にはまだやらなくてはならない事があるように思えてならなかった。


その時、俺は気づいたことがある。

というか、少し前からうすうす気づいていたことなんだが。

店内の人々の雰囲気が、どこかギスギスしている。

このギスギス感の正体はあれか、哲平とセージの立ち振る舞い、っていうか単純に哲平の屁のせいだろうと思ったが。

いや。違う。

もうそんなに臭くないし。

さっきまで素敵オーラ空間に導かれるように一体感を持っていた店内のお客さんたちが、どうしてこんなにギスギスし始めたのか?


ん……これか……。

ふむ。いかにも。これがギスギスした雰囲気のコアか。

店内にいるお客のほとんどが、とある一本の傘に意識を向けており、そこで火花が激しく散っていたのだ。

(あれ。ハセキョンの傘じゃない?)

(おいおい、忘れ物しちゃってるよ)

(ちょっと欲しい)

(でも、持って行ったらバレるだろうし)

(取ったらおかしいよな)

そんな周囲の思考が聞こえてくるような気がした。

さっきとはまた別の形で気持ちが重なっていやがる……って、なんだこの負の共感性は。

重たっ!

この感覚・・・飲み込まれる!!


ぐぅうううううん!!!

宇宙空間に一人ぽっち素っ裸で放り出された気がした。

宇宙が俺の意識に直接問いかけてくる。

”え? 傘? はるちっちの傘? 欲しい? 欲しいか? 欲しいのか?”

”いや”

”別にいらん!”

”俺はいらん!だって俺、自分の傘あるし!”


俺の意識はスタバの店内に戻ってきた。

おお。勝った。

ワケがわからない宇宙的問いに勝った!

もうバイトの時間が差し迫ってきていたので、俺は食器の乗っているトレイと自分の傘を手に取り、ゆっくりと席を立った。

その時、叉市の声が自動再生された。


『ソクラテスの時代は終わろうとしてるんだ』 


だーかーらーーー。

何でい~ま~?


とりあえず俺は自然に、あくまで自然に、はるちっち夫妻のいたテーブルを経由し、椅子に忘れてあるビニール傘を手に取り、自然に返却カウンターまで行った。

そしてちょうど返却カウンターにいた店員さんに声をかけた。


「これ。傘の忘れ物です。」

「あ、わざわざどうもありがとうございます。トレイもお預かりします。」


そして俺は店を出た。

…ふと気づくと、持っていたのは自分の傘ではなく、はるちっちの傘だった…。

…あちゃーーーー……。ま、いっか。

お咎めなし。そうしとこう。


上空は晴れているように見えるのに、少し雨が降ってきた。

俺はその傘を差してみた。

ごく普通のビニール傘だ。

なんにしてもバイト先に急がなきゃならない。俺は走り出した。

ただ、俺には何かがカッチリはまってくれたような気がしていた。

バイト先につく頃には雨はすっかり上がっていて、傘についた水滴がきらりと光った。

俺は自動扉の前で傘についた水滴を軽くはらって、中に入っていった。

叉市はきっと連絡をしてくるんだろうなという気がしていた。


そしてなぜか、俺はその日からコーヒーが飲めるようになっていた。

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俺はギタリストなんだが、なぜかボーカルが帰ってこない:LE @sage0613

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