第3話猫目石と鍵巻き時計の行方

カチカチと柱時計の音が響く。ぼーんと12時を告げる時計と共に声が上がった。

「あーつっかれた。日下部少尉腹減った。飯だ飯。さっさといこうぜ。」

「エダ中佐、何を呑気に言っているのですか。この書類を片づけてから言ってください。」

エダと呼ばれた褐色の女性はやってられないと言いたげに書類の山を見るとそういえばと言葉をつづけた。

「例の子猫ちゃん、どうなったわけ?まさか盛時の奴手籠めにでもする気?」

椅子がガタンと勢いよく倒れる。日下部は顔を真っ赤にしつつエダに対して声を荒げた。

「なな、何を言っているのです!それに、いくら許されているとはいえ盛時准将を呼び捨てにするなんて!!」

「吠えるな吠えるな。相変わらず吠えるのが好きだな日下部は。どうせならベッドの上で吠えてくれよ。なぁ?」

中佐!!と怒鳴られ、ハイハイなどと軽口を返すエダだったが、その脳内は盛時への疑問、少女への興味で彩られている。

ギギイと音を鳴らす椅子にもたれ掛ると意を決したようによし!と叫ぶ。

「今から子猫ちゃんに会いに行こう。そうしよう。」

「はぁ、いや、ですから書類を終わらせてから・・・」

日下部が反応する間もなく、エダはそこから姿を消していた。その場に残された日下部は書類の山を見つめると、ため息を一つ。

「あぁ、またこれをやらなきゃいけないのか・・・。」



ふんふんと上機嫌な鼻歌を披露しながらエダはその長い廊下を歩いていた。

自分より階級の低い者たちが挨拶やら敬礼やらしては来るがエダ自信には全く興味がわかない。今はとにかく会いに行きたいのだ。


ギラギラな装飾のついた重厚な扉の前に立つと少し考え込む。

このままノックもなしに開けてしまおうか。そう思いやめた。扉の前に気配がある。


「さっさと入ってきたらどうだ?」


気配の主が分かると、頭を数回掻く。

「エダ中佐はいりまーす。」

なんとも間抜けな声だが、主は満足したようにくすくす笑うとそれを促した。

「やあいらっしゃい。書類は終わったのかな?」

茶化すような言い方に少しむくれながらもエダはキョロキョロあたりを見渡した。

「盛時准将、噂の子猫ちゃんはどこですかねー?」

さらにキョロキョロ見渡す。その間盛時が何やら話しているようだったが気にもならない。

その姿を見つけられず諦めると、今度は盛時を見つめる。相変わらず表情では読めないと考えていたが、ふいに視界の端に白くふわりとした何かをとらえた。

「さあ、どこだろうな。子猫などと言う可愛らしい者では無いのは確かだが。」

「あたしをモノ扱いするな。」

凛とした、少し警戒の色が混じる声がする。エダが盛時の視線を少し下げると書類の陰に隠れていたのか目的の人物がいた。

「自己紹介位はしても良いと思うんだが。どうなんだ?」

盛時がどちらに言ったのかはわからない。分からないが自分とは真逆の色に心を奪われた気がした。しばらくお互い呆けていたのだろう。先に口を開いたのは少女だった。

「アーニャと言う名前だ。それしか今は持っていない。」

その声にはっとすると、エダは自分の最大限の笑顔で自己紹介をする。

「エダだ。ここではエダ中佐と呼ばれることが多いな。しっかし、白いな。」

それから、とエダは言葉をつなげる。お前さんは盛時のなんなのだ?と。

それに対して反応したのは盛時でもアーニャでもなく、扉の向こうでレモネードを頼まれていた誰かさんであった。



「エダ中佐!まったくあなたって人はどうしてそうデリカシーが無いのですか!」

顔を真っ赤にして叫びながらも自分が零してしまったレモネードを拭きながらでも日下部は止まらない。やれ書類がどうの、やれ女性としての振る舞いがどうの。そんな日下部の近くでお小言は勘弁と言いたげにエダは耳を塞ぐ。

「なあ盛時。このうるさい目覚まし時計を止めてくれ。」

「エダの目が覚めるなら最適だと思うのだが?まあ、やはり固すぎるのはどうかと思うがね。」

「っと、話を逸らさないで欲しいんだが、アーニャは盛時のなんなのだ?」

らんらんと輝く目を盛時に向けるエダには見向きもせず、その質問をそのままアーニャへと寄せる。

「俺は君のなんなのだろうな。」

質問のようだったそれは自問自答のように響くが、アーニャはそれを知ってか知らずか多少口ごもりながらも首を傾げ答える。

「盛時はあたしの主人ではないのか?」

もちろん、助けてもらったことには感謝をしている。そう続けると何故か盛時は苦悶の表情を作った。それを見たのはアーニャだけだったが。



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ただ一つ、自分だけのモノ 編む筆 @amuhitu

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