キャットインカフェ

全ては唐突に。


別れは必然。


記憶も、いつか消える。







-泣いていた。


何があったのか、詳しくは覚えていない。


凄く懐かしく、凄く悲しい夢を見ていた気がする。


カフェを続けられないことも分かっていた。


-ああ、何があったのか説明しよう。


あの猫化が進んだ日の3日後程後に、僕は古い記憶を失った。


いつの日だったか、なにか悲しい記憶。


どうしても、思い出せない。


このままでは、何もかも忘れてしまう。


僕はメールで4人に解雇通知を出した。


4人?名前はもう思い出せない。


あの、歌うことが好きな女性にも、


あの、誰だったか大事な人のお孫さんにも、


みんなにお別れした。


みんな…。


みんな?


ああ、これが猫の記憶力か。


誰一人に、自分のことを説明することが出来なかった。


いつか言おう、そう思っていたのに全てが消えていた。


店は閉めた。


側には落葉がいる。


「落葉」

「なんだ?」

「なあ、僕、どうなってる?」

「猫だ」


そう。本当に唐突。


真友美のように、猫になった。


昨日の朝、目が覚めたらこうなっていた。




猫2匹が座る、無人の喫茶店。


全てに思い出が刻まれている。


刻まれている、はず。


悲しくも、何も思い出せない身体。脳。


大事な記憶すら、消えた。


「彼葉、この場所を出よう」

「何故だ?」

「僕は、猫になってしまった…彼葉を世話出来ない」

「世話だって?はっ、誰もお前に世話してもらったなんて思ってないな、ここを出るならついて行くぜ」

「ふふ、そうか」

「よし、行くか」


猫用の勝手口から外に出る。


猫の目から見る街は大きく、変わって見えた。


「ああ、ここで彼葉に出会ったんだっけ」

「覚えてねぇな」


てくてく。


「ここ、誰か大事な人が住んでた気がする」

「そうだったか?」


てくてく。


「ここ、前にいつも来てた気がする」

「さあな」


てくてく。てくてく。


このまま、全て忘れたままも悪くないかもしれない。

どうせ悲しい記憶だったんだろう。

確証はないけれど。


「落葉」


いつの間にか、落葉は居なくなっていた。


「ああ、落葉って誰だっけ」


そして僕は、誰だっけ。




少しお腹がすいた。


「見ない子ね、お腹すいてる?」


女の人の声。


「ほら、クッキーあげる」


クッキー?


「あなたに、贈ってあげる。贈り飽きるほどあるから。」


贈り飽きる?


「ふふ、懐かしいセリフだなぁ…このクッキーね、煮干が入ってるの」


人の顔を見る。


なんだろう。


こんな風に、素敵な笑顔の人といつか会った気がする。


こんな感じの人が、好きだった気がする。


クッキーを齧る。


しょっぱい。


ああ、こんな味のクッキーを、いつか食べた気がする。




「私ね、いつかカフェを開きたいんだ」


彼女の膝の上。


「不思議な店主さんがいたお店を再開させるの」


ごろごろ。


「そこにね、猫がいたんだ」


すりすり。


「君、うちの子にならない?いつかお店開いた時に、あなたみたいな人懐こい子と一緒にお仕事したいな」


にゃあ。


「猫のいる喫茶店、なんてね。私はそう呼んでたんだ、あのお店」


そのお店を僕は知っている。



思い出せないけれど。


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猫のいる喫茶店 白井 紫煙 @Kurokinyako

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