メンヘラガールと付き合いたい
浅月庵
メンヘラガールと付き合いたい
熱気が立ち込めるライブ会場。おっさんども(失敬、年齢層高めの男性)の汗と低音の掛け声が入り混じるこの場所で、俺は最後列に立っている。
都内の狭い箱を満杯にするくらいは容易くなってきたアイドルユニット「フラット5」のライブ。
彼女たちのパフォーマンスは、客席にダイブは当たり前だし、たまにお客さんをステージに上げてイジったりハチャメチャやっていて、表舞台に出るアイドルたちとは違ってアングラな雰囲気。あ、でもフラット5も最近、深夜のバラエティー番組に呼ばれて飛び出たから、あながち裏ってわけでもないか。楽曲がパンクロックで、本人たちのキュートなルックスとアンバランスな部分が際立っていて、そのギャップがまた面白いし惹かれる要素だし、局側も取り上げやすいのだろう。見事な経営戦略?ってやつ? ネクストブレイクアイドルに俺は推すね。
残念なことにわたくし身長が低いので、最前列に行かないと彼女たちのライブ中の姿をハッキリ見ることはできないんだけど、大抵こういうアイドルには金銭面でズバ抜けたヲタクたちがパトロンみたいに付いていて、彼らはいつもステージ近くの位置を陣取っていて、公式グッズのTシャツに身を纏い、自作のフラット5と書かれた腕章だのバッジを付けてウォイ! ウォイ!叫んでるもんだから、俺は近づけないし近づきたくもない。この位置で充分。
いよいよライブも終わりに近付く。一番後ろに立っているので顔はしっかり見ることができないけど、メンバーのなかで一番人気の“鮎谷ヨム”ちゃんが、最後の曲名を金切り声でシャウトする。いつものゆるい声質、掴み所のないほんわかとした雰囲気とは大違いだ。彼女はライブになると豹変する、そこもまた狂おしいほど大好きだ。
そんなこんなでフラット5のライブが無事に終了して、これで今日は終わり〜なんてことはなくて、実際ここからが本番だと思ってるファンも多いだろう。そうだ、ライブ終了後の物販、アイドルと実際に会話ができるこの時間を目当てに俺は訪れたんだ。グッズを指定金額以上購入する、もしくは個別で料金を払えばチェキだって撮ってもらえる。チェキってわかる? ポラロイドカメラで2ショット、カシャ。その場で写真がカメラから出てきて、そこにアイドルがサインとかコメントを書いてくれる。世界で1枚だけ、きみと俺は写真のなかだけ恋人同士みたいでフフフ。興奮してきた。
物販コーナーは長蛇の列で(と言ってもマイナーアイドルなので底は知れてる)太っちょだったり髪の毛が子供部屋みたいに散らかっていたり、髭が有刺鉄線なおじさんたちが首に巻いたタオルで汗を拭きながら、自分の番を待っていて、俺は心のなかで順位を付ける。うん、このなかだったら俺が一番格好良いし若い、マシな男だ。って、合コンに来たわけでもヨムちゃんと付き合えるわけでもないのに勝手に格付け。完全なる馬鹿。だけど気持ちはわかるでしょ。
ようやく俺のチェキの番になって、お目当てのヨムちゃんとご対面。黒髪のボブで、肌が白くて身長が低くて、まだまだ人生長いのに死人みたいなメイクをしていて、全体的に生気を感じられない。儚さのオーラみたいなものを身に纏っていて、俺は背筋がゾクゾクする。前髪が汗で濡れておでこに張り付いてる感じが、あー、全力で頑張ったんだなぁなんて親心。実際、年齢はあんま変わんないはずなんだけど、俺は彼女を包み込んであげたい気持ちになる。
てか、やっぱり何回見てもめちゃくちゃ顔が整ってるなー。小顔だし、目が大きいし、可愛さ満点紅一点って感じ。自分で言ってて意味わからん。
「あ、」
ヨムちゃんが俺を指差し、一言だけ発する。ん?
「どうしたの?」
「この前も来た人だ」
「あ、覚えててくれたんだ! 嬉しい」
熱心に足を運んで交流を深めていると、こんな風にアイドル側から顔を覚えてもらえる。来て良かったー。天に舞い上がって成仏しそうな勢いだ。
「うふふ」
俺が一人喜んでいると、ヨムちゃんは口元を押さえて笑い出す。
「なんかおかしかった?」
「魚の人」
「魚? 俺、寿司屋でも何でもないよ」
「うふふ、ポーズ」
「ん?」
「ポーズどうする?」
「あ、あぁっ! じゃあ、ハートで」
スタッフがカメラを構えるので、俺はヨムちゃんと横並び。猫の手みたいにして、俺とヨムちゃんの指先が触れ合う。ハートのマーク。愛の証。たまらん。
カメラから出てきたチェキにヨムちゃんがサインして、俺の頭の上に“魚の人”って青い文字で書く。だから魚の人って何だよ!って思いつつも、決して上手じゃないヨムちゃんの直筆を眺めながら、俺は家までの距離を歩く。
その帰路の最中、頭の上の電球が閃く。あぁ、きっとそうだ。そうか。魚の人って多分、俺の顔のこと言ってるんだろうな。俺ってちょっと目が離れてて魚類系の顔だからそれで言ってたんだろうな。てか、ヨムちゃんにとって俺って、そういう覚えられ方してんの? ちょっとショックって気持ちと、まぁ覚えてもらえてるだけマシかなんて複雑な気持ちが入り混じるけど、別に俺は怒ったりしない。だって、ヨムちゃんは誰に対して失礼なことを言っても、それでみんなから許される子だからだ。はは、また際どいこと言ってるよーみたいなノリで済ませられる子だから、むしろ通常運転。
彼女みたいな子って、俺みたいな凡人とは違う、自分だけの雰囲気を持ってんだよなー、誰にも踏み込めない世界観。ある種の狂気。危うさ。
だけどそれって、結局紛い物の姿であって、本人の本当の姿ではないと思うんだ。芸能界でもそうだけどキャラ作りってものは大事で、無数にいるタレントの中からどうやって自分の存在を確立するか、他者と差別化するかが重要になってくる。だからヨムちゃんだって、あの掴み所のないような、ちょっと頭がヤバそうな感じのスタイルを必死に自分へと定着させようとしている。
その中でもやっぱり人間完璧じゃないから、素の表情、素の笑い方が時折垣間見れる。俺はそこに少しの安心感を覚えていて、もしヨムちゃんと付き合えたら、彼氏にしか見せない声のトーンで、俺に本音を打ち明けてくれるのかな、なんて妄想もしてみる。
みんな好きなアイドル、もしくは芸能人っているかもしれないけど、そういう熱狂的なファンの人たちって、実際どう思ってるんだろう? 俺でも私でも、いつかこの人と付き合えるかもしれないとか、いやいやこんな一般人と付き合ってくれるわけなんてないから、陰ながら応援してるよっていうスタンスなのか、追っかけ対象にどういう愛情の注ぎ方をしてるんだろう。
偶像崇拝みたいに鮎谷ヨムちゃんは“神”だ!なんて叫ぶ奴もいるけど、そういう人はもう最初から甘い期待も希望も抱いていないんだろう。だって神と付き合う人間なんて見たこともないし、聞いたこともないだろう。手の届かない位置に相手を置いたらそこで終わりだと思うから、俺はわずかな可能性だけは残す。アイドルである以前に彼女は一人の女の子であって、危ない雰囲気漂うメンヘラガール。それが仮の姿だとしても、ヨムちゃんの手首に自分でつけた傷があると噂されてる内は、病んでるガールであって神なんかじゃないと思うんだ。
メンヘラガールと付き合いたい 浅月庵 @asatsuki-iori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。メンヘラガールと付き合いたいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます