第13話「相違のC」
「紫音、泣いてた……よな?」
エレベーターの中、一人になった寺義は自分に向かって尋ねる。脳裏に焼き付いているのは、今まで見たことがなかった紫音の涙き顔。
俺が泣かせてしまったのか?
でも……何で?
アイツが泣くなんてよっぽどのことだ。
そんな酷いこと、俺は言ったか?
頭の中で、自分の発言を思い出す寺義。しかし、泣かせるほどのことを言った記憶はない。確かに喧嘩口調ではあったが、それはいつものことであり、彼女が泣くほどのことには思えなかった。
「というかアイツ、どこに行ったんだ?」
エレベーターから出て、周囲を見回す寺義。建物内のようだが、周囲に窓は見当たらない。そのため薄暗く、人気も一切感じられない。紫音の姿も見つけることはできなかった。
さらに少し進むと、物置のように色々な物品が置かれている場所に出た。近づいて確認すると、ペットボトルに入った水や乾パン、懐中電灯といった非常用の備えであることがわかった。
「そう言えば学校の備蓄倉庫とか言ってたな」
紫音の発言を思い出し、現在地に合点がいく寺義。改めて周囲を確認すると、前方に扉があるようで、外の光が漏れている。
どうやら紫音が開けたまま飛び出たらしく、扉は半開きの状態であった。それは金属製の大きな扉で、学校の備蓄倉庫にしては妙に分厚い。
外にでた寺義は、律儀に半開きだった扉を閉める。
「これ、結構重いな」
寺義が押すようにして閉めると、電子音と共に"カチッ"と鍵がかかった音が鳴る。試しに再度開けようとノブを捻るが、扉は全く動かない。
「まぁいいか。別に戻る必要もないし」
そう言って周囲を見回す寺義。辺りは夕暮れ時で、空がオレンジ色に染まりつつあった。前方遠くに見慣れた校舎の背面が見え、学校の敷地内であることがわかった。
位置関係的には敷地の一番隅であり、人の出入りが一切ない場所だ。ちょうど草木に隠れて目立たない場所でもある。寺義も学校に通っていながら、この場所の存在を気にしたことはなかった。
「学校にこんな場所あったんだな」
馴染みの場所に戻ってきた安心感を感じ、寺義は表情を和らげる。しかし、相変わらず紫音の姿は確認できない。
「アイツ、もしかして教室に行ったのか?」
思い立った寺義は、いつもの教室へと向かう。すでに放課後のようで、遠目のグラウンドには部活に勤しむ学生たちが見える。彼らを横目に、寺義は教室を目指す。
放課後であるため、校舎の内部も人気はまちまちだ。窓からは夕日が差し込んで廊下を照らしている。教室の窓からは文学系の活動の様子が見てとれ、演奏の音も遠くから聞こえてくる。そんな中、寺義は階段を上り自身の教室へ辿り着く。
「……紫音、いるか?」
"ガラガラ"っと教室のドアを開けた寺義。しかし、そこに紫音はいなかった。
「お、粕見!」
「噂をすれば、というやつか」
代わりに視界に映ったのは、寛司と因果の姿だった。夕暮れに染まる教室の中、なにやら二人で駄弁っていたようだ。
「おう、まだ残ってたのか」
その姿を見て、寺義の表情に明るさが戻る。色々なことがあって疲弊していた心も、友人という大きな支えによって軽くなるのを感じた。
「ちょうど今お前の話をしてたんだよ。急に欠席するから、また化け物に襲われたのかと心配したぜ」
「山霧と2人で家に見舞いがてら安否確認に行こうかと話していたところだ。狩屋も行きたがっていたのだがな、部活のメンバーに連れていかれてしまった」
机に腰掛け、クルクルとペンを回している寛司。そして椅子に座りながら腕を組む因果。寺義がそんな二人の輪に加わる。
「そうか、心配かけてゴメンな」
「ほんとだぜ。ちょー心配したわー」
寛司は冗談めかしながら、寺義と肩を組む。
「それで、なぜ休んでいたんだ?無理に答えろとは言わんが」
因果に問われ、寺義は困ったように口ごもる。胸中で思い出すのは、有紀の言葉。
"我々オーヴのことは無暗に口外しないようお願いします。余計な混乱を招くことになりますので。この意味、理解してもらえますよね?"
「……」
寺義は沈黙して頭の中で考えを巡らせる。
有紀さんはああ言っていた。
きっと誰にも言ってはいけないことなんだろう。
下手なことを言えば俺だけじゃなく、寛司や因果まで巻き込んでしまう。
だったら、今日のことは黙っておくしかない。
「……何でもないよ。ちょっと体調が悪くなっただけさ」
咄嗟に出たのはそんな苦し紛れの言葉。寛司と因果は訝しむ表情を見せるが、彼らなりの気配りだろうか、それ以上詮索することはしなかった。
「そうか、何事も無かったのであれば構わない」
因果はそう言ってオールバックの髪をかき上げる。
「……サンキューな。そういえば紫音の奴を見てないか?」
「ほ~う。お前が紫音ちゃんのこと気にするなんて、めずらしいこともあるもんだなぁ」
寛司は肩を組む力を強め、問い詰めるように寺義の顔を凝視する。気のせいだろうか、その目は少々血走っているようにも見えた。
「変な勘違いすんじゃねぇよ!」
「どうだかなぁ」
寺義は苛立ったように寛司を振り払うが、相変わらず疑うような目つきを向けてくる。そんなやり取りを見ていた因果がやれやれといった具合に口を開く。
「彼女なら今日も欠席だ。今日は我々も見ていない」
「そうか……。ありがとう」
本来の目的を思い出した寺義は二人に背を向ける。
「アイツにちょっと急用があってさ。すまんがまた明日な」
「了解した。ではまた明日」
「おい!紫音ちゃんに急用ってなんだよ!!まさかあんなことやこんなことを……」
背後で聞こえる寛司の妄言は無視し、寺義は教室を後にする。校門を出て向かうのは自宅。いつもなら自転車で通う道を走る。
そして息を荒げながら、ようやく玄関兼カフェの入口に到着する。見慣れた黒いレンガ造りの店が、なぜだか今日は無性に愛おしく感じた。窓から中を見ると、客が数名確認できたが紫音の姿は見当たらない。
"OPEN"の文字のプレートが掛かるガラス製のドア。その取っ手を持ち、寺義は一度静止する。そして、紫音と顔を合わせたとして、何を言うべきか頭の中で思考する。
待てよ。
紫音に会ったとして、俺は何を言えば良いんだ?
ゴメンって謝る?
でも、それはおかしくないか?
だって元はと言えばアイツが喧嘩売ってきたのが先なんだし。
でも、泣かせたのは事実だし……
ああもう!なんで俺がこんなに悩まなきゃいけないんだよ!
もうどうにでもなれ!
「ただいま!」
考えるのにも疲れた寺義は勢い良く店のドアを開ける。その勢いで、来客を知らせるベルが大きな音を立てる。
「寺義か、お帰り」
カウンター席の接客をしていた厳嶄が寺義に顔を向ける。白いエプロンを着て、片手にコーヒーの容器を持っている。
「紫音、帰ってきてる?」
「ああ。何だか妙に落ち込んでたな。それと、お前が帰って来たら、"アタシの部屋には近寄らないで"って伝えろってさ。」
「……」
厳嶄の言葉を聞いた寺義は無言になる。
「何かあったのか?」
「……別に。何にもないさ」
「ならいいいが」
厳嶄は表情を変えずに、客のカップにコーヒーを注ぐ。
「それと学校サボって神織さんのとこに行ってたみたいだな。さっき電話が来たぞ」
「え?」
全く身に覚えのない話であるため一瞬固まるが、すぐに有紀の言っていた言葉を思い出す。
"学校を休んだことはコチラで上手く処理しておきますのでご安心を"
「……ああ。そういうことか」
有紀の言葉の意味を理解し、寺義は二階の自室へと向かう。
「ったく。人様に迷惑かけてんじゃねぇぞ?」
「はいはい」
背中越しに声をかける厳嶄を軽く流し、階段を上る。二階へ上がるとそこは先ほどの小洒落た空間から一変し、生活感のある空間になっている。
中心に走る真っ直ぐな通路を挟み、さらに細かい通路が左右対称に分かれている。向かって右が紫音の部屋に繋がっており、左が寺義の部屋に繋がっている。
寺義はその分岐点で一度立ち止まる。そして暫しの沈黙の後、右の通路へ足を進める。その先には扉があり、"紫音の部屋"と書かれたプレートが掛かっている。さらにその下には、赤い文字で乱暴に書かれた貼り紙が張ってあった。
"勝手に入ったら殺す!!"
「……」
寺義は扉の前で立ち止まり、ノックをしようと手を振り上げる。しかしそこで手を止める。それは貼り紙に動じたためではない。この紙自体はずっと前から張られており、寺義にとっては大して気になるものではなかった。
それよりも、今紫音と話したとして、どうするべきかわからないことが問題だった。寺義は頭の中で再度思考を巡らせる。
今、アイツと話すべきなんだろうか?
何を話せばいい?
何を言えばいい?
謝るべきなのか?
怒るべきなのか?
俺はどうしたいんだ?
「ダメだ……何もわからない……」
その呟きと共に、寺義の手は力なく下される。そして来た通路をまた戻り、そのまま自室に入ってベッドに身を投げる。腕で顔を隠すようにして横になる。
「仕方ないじゃないか……」
自分に言い聞かせるように呟く寺義。
彼の視界はそのままブラックアウトするのだった。
『パラドックス・ゼロ』~異世界からの侵略~ あまぶり @amaburi
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