第5話 出会い

「あのさ、喫茶店でリストラされた

サラリーマンみたいな辛気臭い顔して

コーヒー飲まないでくれよ」

今日も何かするでもなく郷田の喫茶店で大して上手くもないコーヒー一杯で半日、居座る。

「うるせえ、俺が辛気臭くても他に客なんて

いねえだろ」

俺が辛気臭くなるのも当然だ。

自分の居場所がある筈の家にいても疎外感に

苛まれる。

心のよりどころと言える異性もいない。

「なぁ、俺の家族をどう思う?」

カウンター席に座り、郷田と面と向かい尋ねる。

「どう? いい家族だと思うぜ?」

「俺はさ、今まで一度でも親子喧嘩も兄弟喧嘩もしたことが無いんだ。

それって変じゃないか?」

「そうか?

仲良いのが羨ましいよ、俺から見たらな。

俺なんかオープン前日にボコボコだぞ」

「ここだけの話、恐らく俺は捨て子かも

それか養子縁組かもしれん」

「またまた、考えすぎだろ」

俺の憶測を呆れた様子で聞き流し、洗い物を始める郷田。

「どうせ、俺は一人ですよ」

家族も彼女もいない、なんて侘しい人生だろうか。


客なんて向井位しか来ない、喫茶店のドアベルが鳴る。

時計を見ると、向井が来るには早い。

「いらっしゃいませー」

「カフェラテ下さい」

なんだ、この心地良い声は?

今までの悩みなんて全て忘れて、代わりにα派で一杯だ。

この声の主は、一体誰だ。

声のした方へ視線を向けると、稲妻に打たれた。

よくビビッときた、とか、運命を感じました、とか結婚会見できく、この言葉を鼻で笑っていた俺が今、ビビッと来ている。

清楚を越え、もはや女神か、黒髪は一つも

痛んでやしない、恐らく染めたりパーマをかけたことも無いだろう。

向井がナンパしてきた女の子とは間逆だ。

つまり性的な目で見ていない。

魅力が無いわけでなく、この透明感だ。

この透明感が不純な気持ちを殺してくれている。

こんな子がなんで、こんな喫茶店に?

「おい、郷田! いや…、郷田さん。

あの子はよくこの店に来るのか?」

カウンターから身を乗り出し、郷田に詰め寄る。

「何だよ…、突然。

さ、最近よく来るんだよ」

なぜ、今まで会わなかったのか。

いや、後悔する必要はない。

今こうして巡り合えたんだ。

とは言え、どうしよう、どうお近付きになればいいんだろう。

ああ、今になってこんな恋愛に奥手であった

俺を呪う事になろうとは…。

「ご馳走様でした」

「ありがとうございましたー」

俺の真横で代金を払う彼女からほのかに香る

石鹸のにおい、今時、石鹸だなんて…。

「って、お前なんで彼女を帰すんだ!」

まだ一言も話してないんだぞ、怒りに任せて

郷田の胸倉を掴む。

「ハァ? なに言ってんだよ!」

「おっ、なになになに?」

今頃来た、向井はこの現状を見て楽しそうに

笑みを浮かべている。


 ****************** 


「ほぉ、そんなに可愛かったのか」

「ああ、最高だ、こんな気持ち初めてだ」

向井に恋愛相談を持ちかけたのは考えてみれば初めてだ。

「どうにかしてお近づきになりたい。

どうしたら良いと思う?

「んー、そうだな」

恋愛に関して今頼りになるのはコイツだけだ。

「シミュレーションしてみるか」

「はぁ?」

「何しても予習は必要だ。

俺が彼女の振りするからバッチ来い!」

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Strange Hero @mitsu_kick

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