第十話 実験経過
バベルがシオウたちを宿泊させるにあたって出した条件は、研究対象になることだった。魔法の開発と、その効果の検証である。シオウは二つ返事で了承した。願ってもないことだったからである。
いまだ自分の正体も知れず、選定戦に巻き込まれたもののその実感はない。しかし何もかも不明な状況下ならば、対抗手段は必須で、多いほうがいい。
「術者の肉体が魂への接触は不可能。魔力を用いた干渉は可能なものの、任意の場所への移動程度。無機物に対しての魂の接触における反応は無しか……そうだシオウ、魔法陣のほうは……」
「これで五割だ……」
水で喉を潤し、冷や汗をかきながらシオウは魔法陣を見る。この魔法陣は、バベルが解析したアガルトートを使用するための魔法陣なのだが、バベルでは使えなかった。そして、魔法陣を覚えることもできなかった。
しかしシオウは魂を扱えるので、魔法陣も覚えられるだろうという考えのもと実験をした結果、魔法陣を覚えられることが分かった。しかしあまりに膨大な情報量故、脳が途中で覚えることに対して拒否反応をしめし、二日たっても五割ほどしか頭の中に入っていない。通常ならば
覚える、覚えられないの容量は魔法陣を見た瞬間に分かるはずなのだが、喪失魔法にそんな常識は通じないようである。
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
ホロビはずっと、シオウを心配そうに見ているだけである。シオウが「バベルに対して何もするな」と命令したからでもあるが、単純にバベルの研究対象外であるということが大きい。いくらホロビを自称しようと、証明する手段がないからである。最も、シオウの安全を考えるのであればホロビが自らそれを証明することはないのだが。
「シルビーン、シルビンってばー」
「何か食べ物は? お飲み物の追加は必要ですか?」
「あぁ、もう一杯くれ」
「あ、地下にいるのなら返事をしてよシルビン」
「では、持ってもいります」
「スルー!? わたしの存在スルーなのよ!? 反応頂戴なぁぁぁ!」
しかしホロビは反応することなく上へと上がっていった。どうも最近、シルビン呼びの訂正を諦めたらしく、一切の反応も反論も示さないようになっている。そんな扱いでもめげずに呼び方を変えないシュガーレットである。
「なんでシュガーレットを弟子に選んだんですか?」
「唐突になんだ?」
「休憩の暇つぶしだ。あんたは、騒がしいのは嫌う質でしょう?」
「才能、出生、性格」
「性格も?」
「あぁ、オレにないものだからな」
確かに、あのテンションはなかなか持てるものではないが……いや、人の判断にどうこう言うのはおかしいか。
「お水を」
「ありがとう」
ホロビが持ってきた水を飲み干し、シオウは魔法陣の記憶へと戻った。
その日の夜までに、シオウは魔法陣の八十パーセントまで覚えた。
ここはどこだ。ここはなんだ? 俺は、一体どこにいる?
目を覚ますと、真っ暗な空間にいた。見渡す限りの闇。いや、少し遠くに光が見える。その光は人型だが、右手、右足の膝より下、右横腹がなかった。その人型はシオウのほうを振り向いた。その顔には、何もなかった。
「お前はなんだ?」
シオウは問いかけるが、人型は答えなかった。そして再び首の位置を元に戻した。シオウも、その人型が見ているものを見た。
それは、死体だった、残骸だった、肉だった、骨だった、血だった、灰だった、老若男女入り混じった地獄だった。
『願望、絶望、希望。人間が持ちうる負と正の感情の全て。俺の魂に刻み込まれた消えることのない光景』
その声はシオウの脳内に直接響いたが、人型が発しているのだと直感で理解できた。男の声だった。
『忘れてはいけない。繰り返してはいけない。望んではいけない。これは人間の持ちうる可能性の結晶であり、それを影もなく破壊するものだ』
「お前はこれで何を伝えようとしている」
『――――、彼女/彼を守らばければいけない。彼/彼女に守られなければいけない。約束を忘れるな。契約を知れ。真実を探り出せ』
その声は激しく訴えていた。そして、聞き覚えのある声だった。記憶ではなく、体が、魂が覚えている声だった。
『――――、彼ら/彼女らを救い出せ。彼女ら/彼らを滅ぼせ。不条理を糾弾しろ。不条理を蔓延させろ。信仰を壊せ。信仰を広めろ』
そして人型は左手で指をさす。その先には、赤い、赤い球形の塊があった。血のような塊だった。それは何か分からないが、とても大切なものだと直感した。
『
シオウの意識はそこで途切れた
ホロビの王 いつき @Ituki3939
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