第九話 魔法都市レイクザット

 シオウは昼頃に目覚め、昼食をとって出ていく支度を済ませた。赤影の討伐により規制はなくなり、ようやくシオウたちはクレーゼルから出ることができるのである。

「あー……どうにかなるかなぁ……」

「感謝状もらったのだから、巻き込まれたという証拠にはなるだろ」

「それが通じるような人ではないんだよねぇぇぇぇぇぇぇ………」

 どんな先生だ、と思ったがシュガーレットの反応を見て聞くのをやめた。

「今更だが、俺たちが付いて行ってもいいのか?」

「いいよー。中級魔法をこんなに簡単に覚えられるなら、レイクザットに入る資格は十分。あとは、わたしが口添えをすれば完璧なのさ。

 魔法都市、レイクザット。人間が納めている魔法と学問の都。レシュトーレ王国の統治下であり、最も安全で危険という矛盾を孕んだ都市である。

「で、大丈夫なのか? 先生のおしおきは」

「ふふん。大丈夫……じゃないんだよにー。死ぬことはないと思うんだけど……」

 死ぬかどうかの瀬戸際なのかと、シオウは驚いた。つい昨夜、殺し合いをしてきたばかりだというのに。

「さーて準備はできたかネ? それでは出発だよ♪」

 荷物をまとめたシオウたちは、色々とあった街、クレーゼルを後にした。



 レイクザットまではクレーゼルから馬車で二時間ほどの場所にある。その間、シオウとホロビはシュガーレットから渡された本を、シュガーレットはエルフの秘術について書かれた本を読んでいる。

 魔法については色々と分かったが、やはり得手不得手を心得て効率よく覚えないといけないな。それに、歴史についても覚えることがたくさんある。とくに宗教関連は、どうも地雷が多い。無用な争いを避けるためにも、まだまだ勉強は必要だ。

「シオウくん、シルビン」

「なんだ?」

 シルビン呼びにホロビは反応せず、不満を目で訴えている。それでもやめる様子のないシュガーレットは話を進める。

「レイクザットに寄贈されてる本はたまに危険なものがあるから、手の取って読んだりしないでねって」

「読んで危険なものとかあるのか?」

「致死性のものはないよ」

 その言葉でどれだけやばい都市なのかがよくわかる。

 シオウは一抹ところではない不安を覚えながら、馬車はレイクザットへと進んでいく。



 レイクザットは、巨大な白い壁に囲まれ、その周りは大きな溝がある円形の都市である。入り口には橋がかけられており、その先には

三人の兵士がいる。馬車を下りたシュガーレットはシオウたちを後ろに兵士たちに話しかける。

「バベル=オールロード教授の門下生、ヴァングレット=シュガーレットです」

「魔道証の提示を」

「はーい」

 シュガーレットは手のひらを見せる。そこに、赤い星型の模様が現れる。

「よろしい。後ろの二人は?」

「荷物持ちです。教授のご許可はすでに」

「そうか。では、通ってよし」

「ほら行くよ」

 案外、あっさりと通れたことにシオウは拍子抜けしつつシルビィとともにレイクザットへと入った。


 レイクザットは、盛況とは少し違うものの、騒がしい場所だった。誰もが何か書物を手に取り移動している。建物は等しく白色に塗られており、それは道も同じである。

「どうしてこんなに白いんだ?」

「それはねー」

 バァン! と、シオウの上空で何かが爆ぜる音がした。見れば建物の一つから煙が出ている。しかし、特にあとはついていない。

「白いのは、マルデリアという鉱石を溶かして塗ったものなんだ。マルデリアは魔法を弾く効果があって、それを建物に塗ってないと暴発が危険だからね!」

「なるほど」

 今のが暴発なのだろう。魔法が飛び交っている都市なのだ。実力がある人間が集まっているから安全で、しかし暴発があるから危険。矛盾都市とはよく言ったものである。

 そしてシュガーレットは、一つの建物の前で止まった。それはほかの家とあまり大差がないように見える。

「さてシオウくん……覚悟はできたかい?」

「むしろ覚悟するのはお前なんじゃないのか。さっきから口調が普通だぞ」

「うぅ、胃が痛い」

 シュガーレットは嫌そうな顔をしつつも、その家の扉をノックした。そして、扉を開ける。

「アバババババ!??」

 そして、感電した。奇妙な悲鳴を上げ、その場で痙攣し始める。その体には、バチバチと光る稲妻が見えた。

「遅い」

「ず、ずびばぜぇぇぇぇぇん!!」

「それでなんだその二人は。オレは人間を持ってこいと言った覚えはないぞ」

「じづはぁぁぁぁぐれーぜるでぇぇぇぇいろいろとぉぉぉぉ」

「ふん……聞かせろ」

 パチンとシュガーレットの話し相手が指を鳴らせば、電撃は止まりシュガーレットはその場で膝をついた。

 電撃を浴びせ続けていたのは、長髪で黒色の髪をした白衣の男性であった。少し釣り目で、少し痩せているが整った顔立ちをしている。

「それであなたたちは?」

「俺はシオウ、こっちはシルビィです。シュガーレットの荷物持ち―――」

「違うよーシオウくん。大丈夫だから」

 痙攣から復帰したシュガーレットは起き上がりながらシオウの言葉を遮る。

「バベル先生、彼はシオウくんで彼女は、ホロビです。選定戦の関係者」

 包み隠さない紹介にホロビが動いた。シュガーレットに殺気を向けるも、突如現れた透明な壁に阻まれ襲い掛かる前に止められる。

「ホロビに選定戦か……よかったなシュガーレット候補生。追加の仕置きは無しにしてやる」

「あ、ありがとうございます……」

 シュガーレットが苦笑しつつも安堵の表情を浮かべるという器用な表情を作った。そんなシュガーレットを無視してバベルはシオウたちに目線を向ける。

「選定戦に関係があるのなら、もしかしたらオレの管轄かもしれないな」

「どういうことですか?」

「ついてこい。見たほうが早い」

 そう言ってバベルは部屋の奥へと向かう。シオウは少し考え、バベルの後についていくことを決めた。警戒心を解いたわけではないが、知識が先決であると判断したのである。

「シルビィ、何かあったら倒せ」

「はい」

 倒せと命令したのは、先の魔法からして殺すことは不可能だと判断したからである。倒せば逃げられるとも思っている。

 奥の部屋は暗く、部屋の右奥に地下へと続く扉が開いていた。どうやらバベルは地下へと降りたようである。階段は少しながく、地下へ着くと蝋燭で照らされた空間があった。その空間の地面には所狭しと大小様々な魔法陣が描かれている。

「入り口から右に四つ目の魔法陣の上に立ちたまえ。そう、そこだ」

「なんだこれは」

 言われた通りの場所に立つと、バベルが近づいてきて小さな瓶に入った液体を数滴魔法陣の上に垂らした。すると、魔法陣が青白く光り始める。ホロビがとっさに動くが、それをシオウが制した。

 シオウの目には、いくつもの小さな光の塊が見えていた。その光の塊に見覚えはないものの、どこか記憶に引っかかるものがあった。

「あぁ……なんてきれいな、魂たち……」

 バベルは涙を浮かべてそういった。その顔は感動に染まっており、うっとりした目でその光、魂と呼んだものを見ている。

「魂?」

「そう。魂を扱う魔法は禁忌魔法どころか、存在しない魔法。いや、失われたといわれていた魔法だ」

 まさか、俺の権能か? 今まで全く実感がなかったけれど、こんな能力があるとは。しかし、それなら気になることがある。

「失われた魔法だというのなら、どうしてそれを調べることができるんですか?」

「そういう研究をしているからよ。禁忌魔法ではなく喪失魔法の研究がオレの専門分野なの。喪失魔法はかつて存在していたといわれている魔法で、現在は使用方法が逸失しているんだ。だが、こうして目の前にある」

 そう言ってバベルは喪失魔法について語り始めた。

 喪失魔法について分かっているのは、魂への干渉を行う『アガルトート』、他人の体を乗っ取る『ザイド』、他人を強制的に従わせる『ヴァイルド』の三つである。特に、『アガルトート』に関しては記述も少なく、死者をよみがえらせることができるとも、さまよう魂を使役し、暗殺を行ったともいわれている。存在していたが、何ができるのかよくわからない魔法である。

「レイクザットに滞在するのだろう?」

「そうですね」

「ならここを使うといい。拠点は必要だろう?」

「よろしくお願いします」

 こうしてシオウたちは、バベルの研究室をしばらくの拠点とすることとした。

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