第八話 赤影討滅戦

赤影の潜む道までは特に何もなく進んだ。作戦としては、部隊をいくつかに分け、どれかの部隊が拠点である洞窟を攻撃、制圧をすることが目的である。

「逃げてないだろうな」

「否定はできないけど、たぶん大丈夫だよ。だってここほど、やりやすい場所はないからね」

 赤影がここ周辺で活動している理由はひとえに、襲いやすさである。拠点としやすい山があり、襲いやすい町があり、行き来する商人がいる。普段ならばすぐに討伐されるのだが、実力が違いすぎたので、ここまで増長してしまったのである。

 シオウは闇の中をシュガーレットとホロビ、五人の自警団員とともに走る。時折、戦闘音が聞こえてくる。もうどこかで戦闘が始まっている。

「うーん……静かだなぁ、こっちは」

「そのほうがいいだろ」

「そうなんだけどねぇ……うーん」

 何か引っかかるようで、シュガーレット唸っている。シオウはホロビを見るが、ホロビは首を横に振った。どうやら何も感知していないらしい。

「あ」

「どうしたシュガーレット」

「結界だ。なるほど、これは面倒なわけだ。自警団じゃ手も足も出なかっただろうね。そして、出ていかなかった理由でもある」

「なんだ?」

「結界で本拠地の場所を隠匿しているんだよ。それだけじゃなくて、洞窟を本拠地と誤認させているんだと思う」

「なら、本拠地を探しなおさなければいけないということですか!?」

 自警団員の一人から悲鳴のような声が上がった。しかしシュガーレットは首を横に振る。

「こっちから攻めてきたのが幸いしたね。魔力の元を探れた本拠地は分かるよ!」

 にやりとシュガーレットは笑い、立ち止まった。守ったほうがいいと判断したシオウたちはシュガーレットを囲み、周囲を警戒する。

「むふふのふー! ……見つけたのよ!」

 一分ほどして、シュガーレットはそう呟いて立ち上がった。

「こっちだよ!」

 シュガーレットは走り出し、シオウたちはそれに続いた。その方向は本拠地としていた洞窟から少しだけずれている。

 しばらくすると、別の洞窟があった。そこには三人の見張りがいて、周囲を警戒している。

「見てごらんよ」

 シュガーレットは木の陰から魔法を唱えた。

「ヘッジボルト!」

 手のひらサイズの青色の雷でできた球体が五つほど現れた。それらは超高速で移動すると、見張りたちの心臓を確実に穿ち、奥へと進んでいく。

「自動で敵を殺すのか?」

「そんな便利なものじゃないよ。最初は術者が設定した敵を殺すけど、あとは自由に動き回って、攻撃してきたやつを殺すの」

 なるほど。何はともあれ、見張りは壊滅させられたわけだ。

「それでは、突入を!」

「いや、それはよくない」

 シオウは意気揚々と突撃しようとした自警団員を制する。

 あの洞窟内にどれだけの敵がいるのか分からないのに突撃とか馬鹿じゃないのか。

「でもどうするの?」

「この洞窟の構造は把握できるか? 主に、出入り口の場所とか」

「わたしにはちょっと……」

「シルビィ」

「できます」

 ホロビは即答して目を閉じる。そして、三分ほどして目を開けた。

「洞窟の全長は三十メートル。出口はそこ一つで、中には十七人です」

「ならたぶん、いけるな」

「いけるって、何が?」

「燻す」

「……うっわ。むちゃくちゃするなぁ君。えぐいよそれ」

 シュガーレットはシオウの考えに気が付いたようで苦い顔をする。

「早く終われば何よりだろ」

 洞窟内からは戦闘音が聞こえてくる。どうやら先にシュガーレットが放ったエッジボルトと交戦しているらしい。敵にあまり魔法の知識はないようである。

 シオウたちはその隙に落ちている木々や枯れ葉を集めると、洞窟の前に置いた。そして、シュガーレットはそれらに炎を付ける。発生した煙はシルビィとシオウが力を合わせて洞窟内へと全て送り込む。

 この対応の遅さを考えると、敵は結界の力を過信しているはずだ。ならば……

「させないのよなー! アルバファイア!」

 洞窟内から飛んできた矢はシュガーレットの炎によって防がれる。

「飛んでくる方向が分かってれば問題ないにょー」

 洞窟の中からは男たちの怒声が聞こえてくる。矢が効かないとわかりこちらに向かってくる連中もいるが、それらはシュガーレットの炎により倒れることになった。

「うっは! なんだこれ! わたしだけ超大変じゃね!?」

「もう少しだがんばれ」

「むー!」

 盗賊たちはたまらず洞窟の奥へと逃げていく。シュガーレットはさすがに疲れたのかその場にへたり込む。

 今のところ、戻ってくる連中はいないな。ならこのまま殺し切れるか?

「て、敵だ!」

「シルビィ!」

「はい」

 ホロビはシオウの指示通りに戻ってきた敵を殺す。

 もういいか? いやまだだ。一酸化炭素が多量に発生しているわけではない。煙死えんしさせるには、あと二分は欲しいところだ。だがその二分がかなり長い。

「おい自警団員。お前らも戦って来い」

「わ、分かった!」

「任せろ!」

 今までやることがなくおろおろしていた自警団員は来るかもしれない敵の迎撃に向かう。

 さて、これで少しは……

「あ、終わったみたいだよ」

「ほう?」

 シュガーレットは炎を消し、シオウは風を送るのをやめた。洞窟の中からはうめき声も聞こえてこない。ただ、まだ生きている可能性を考慮して慎重に中へ入る。

「シルビィ、来い」

「はい」

「えっと、俺たちは……」

「二人は見張りを、もう三人はついてきてもらっていいですか?」

 シュガーレットの言葉に自警団員たちはうなずき、シオウたちに続いて中に入る。

「ブレスストーム」

 洞窟内にはまだ煙が充満しており、シオウたちは風で煙を外に追いやりつつ先に進む。少し行くと、倒れている男を見つけた。思想は生きているのかどうか確認するために炎を飛ばすと、命中しても何も反応しないので、近づいてその男の心臓を剣で刺した。

「な、なにもそこまでしなくても……」

 その行為を見た自警団員から声が上がるが、シオウは気にすることなく剣の血を男の服で拭き、鞘にしまった。

「このほうが確実だ」

 シオウの言葉に自警団員たちは何も言い返せず、複雑な感情でシオウを見る。自警団員も、赤影のメンバーは殺すものだと思っていた。彼らはそれだけのことをしてきたのだから。しかし、すでに倒れている敵に対して剣を突き立てるという行為が、どうしても不快なものでしかなかったのである。

 しかしそんなことは知ったことではないと、シオウはシルビィとともにメンバーを見つけたら確認を進めた。その中には魔法が当たったり、剣を刺したときにうめき声をあげる者がいるものの、抵抗するほどの力は残っていなかったようだった。

 やがて洞窟の最深部につくと、折り重なるように赤影のメンバーたちが死んでいた。煙から逃げるためにここに集まってきたのだろう。

「一、二、三……道中の人間を合わせて十七人か。これで全員だな」

「そうだね。どうする? 正直、あんまりわたしに魔力は残っていないんだけど」

「一人一人刺していくしかないだろう。ここまでの間でも気絶しているやつはいたんだ。気絶のフリをしているやつに襲われるのもごめんだからな」


「その必要はなさそうです」

 ホロビが後ろを振り返りつつそういった。シオウも振り返ってみると、入り口のほうから足音が聞こえてくる。やがて姿を現したのは、洞窟の外に配置した自警団員と、その後ろに続く自警団員たちだった。どうやら、援軍に来たようである。

「結界が解けたからたどり着いたんだね」

「そうか。なら任せよう」

 自警団員たちは倒れている赤影のメンバーたちを拘束し、シオウたちは洞窟を出た。洞窟の外には、オゾラが待っていた。

「お疲れさまでした大魔導士グレイス・マギ様。おかげで、今日から安心して眠れます」

「これで容疑は晴れたわね」

「えぇ、先に倒したメンバーの中にハーフエルフがおりましたので、犯人は死亡です、はい」

「あっそ」

 シュガーレットは不機嫌そうに返事を返す。そして自警団員たちに連れられて先に山を下りた。


 シュガーレットたちを見送ったオゾラはため息をつき、空を見た。まだ夜は深く、日は開けそうにない。

『うまくいたね』

 空からそんな声が降ってきた。周りはその声に気が付くことなく、唯一その声が聞こえたオゾラも、驚くことはない。

『何も覚えていないようだし、そのほうが都合がいい』

『これでよかったのですよね、ハイ』

 オゾラが心の中でそういうと、楽しそうな声が返ってきた。

『勿論だとも敬虔なる信徒よ。これで何の不安なく、選定戦は進む』

 その声は嬉しそうにそういって消え、オゾラはにやりと笑い、慌てて笑みを消す。その笑みは誰にも見られることなかった。

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