第七話 赤影偵察戦

翌朝、シオウたちは赤影の本部がある山へ向かっていた。数人の自警団も一緒である。作戦決行は今日の夜ということもあり、はある下見に来たのだ。

 赤影の潜んでいる山は、整備された道ものの、最近では誰も通っていないのか馬車の後もない。

「ふむふむ……なるほどにゃー」

「どうしたシュガーレット」

「んー? いや、これならわたし一人で何とかできると思っただけだに。ふふふのふー! わたしを顎で使ったやつらを見返してやるのだ……!」

 昨日の落ち着いた雰囲気はどこへやら。シュガーレットの口調はもう戻っていた。しかし、シオウとしてはこちらのほうが落ち着いた。

「ここから先は、赤影のテリトリーとなります」

 案内役の自警団男性の言葉にシオウたちは身を引き締める。これから先は、血で血を洗う戦場になるということだ。

自警団男性の指した場所は整備された道から外れている。木々が茂り、身を隠すにはうってつけの場所だ。赤影のほうが土地勘のある分、かなり有利な土地であろう。

 魔法は覚えた。しかし使えるというだけで、実戦でつかえるかどうかは別問題である。

「大丈夫だよー。わたしが、ついているんだからね」

 シュガーレットは気軽にそういうと、テリトリーに足を踏み入れた。シオウとホロビもそれに続いて足を踏み入れる。自警団たちがそれに続いた。

 鳥の声、風の音、草木のざわめきがよく響く。少しの異音も見逃すまいと耳に神経を集中させる。罠の確認のため、シオウたちは石などをそこら中に投げて進む。

 ホロビは敵感知できるとはいえ、それがどの程度まで通じるのかは分からない。警戒することに越したことはないが、こうも音を立てて進んでいるとばれていないかどうか不安になる。

「来ます」

 ホロビの言葉にシオウとシュガーレットは身構えた。少し遅れて、自警団たちも身構えるが、その遅れが命取りだった。

 シオウたちは右から迫ってくる矢にいち早く気が付き身を伏せた。しかし遅れた自警団の男性が一人、喉を貫かれて倒れた。

「くそ!」

 助かった自警団たちが倒れた男性を見るが、致命傷なのは明らかで、もう助かる見込みはない。なので遺体を放ってきた道を逃げるしかなかった。

「案外早かったね! これじゃ、偵察の意味がないよ!」

「そうだな!」

 シオウたちは走りながら周りに目を向ける。ふと、木の上に誰かがいるのが見えた。

 この距離なら当てられるか。当てられなくても、牽制にはなる!

「アイスクライス!」

 シオウは魔法を唱えた。細長く鋭い氷の塊が形成され、敵めがけて発射する。その氷は、敵の胸に命中した。敵は胸を押さえ、木から落ちた。

「うっお!? そこにいたのか!」

「なんだ、気が付いていなかったのか!」

「隠匿魔法を使ってたんだろうね! この距離じゃ見えないし、飛んでくる矢をどうにかするので精一杯だからわかんなかった!」

「大したことないな大魔導士グレイス・マギ

「なにおぅ!? 見てなさい、ここら辺一帯を凍らせて……!」

「張り合わないでください!」

 自警団の一人から制止の声が入り、シュガーレットは渋々魔法を唱えるのをやめた。シオウは少しだけ調子に乗ったことを反省した。

 ホロビは的確に飛んでくる矢を処理していく。その様子を見たシオウは少し思いついたことを提案してみた。

「シルビィ、敵を迎撃しろ」

「はい」

 ホロビは何の迷いもなくうなずくと、飛んできた矢を掴んで、振り返り、飛んできた方向へ投げ返した。

「おぉ」

 飛んでくる矢が一つなくなった。それに関連して、ほかの矢も飛んでこなくなった。改めてホロビの戦闘力を見て、シオウは調子に乗らないでおこうと心に決めた。

 テリトリーを出て元の道に戻ると、そのまま立ち止まることなくクレーゼルへと戻った。


調査の結果を聞いたオゾラは男性職員の死を悲しんで、赤影討伐の決意を確固たるものとした、と言った。シオウとしては今までは確固たるものとしていなかったのか、と問いたかったが面倒くさそうな話になるのでやめておいた。

「案外、わたしたちのチームっていい感じなのかもね」

「そうだな。あとは回復役がいれば完璧だ」

 部屋に戻ったシオウたちは先の偵察戦の感想を言い合いつつ休んでいる。

 ホロビは回復魔法を使えない。シュガーレットも、使えることは使えるが得意ではないので、実戦向きではないと言っている。さっき俺自身でも習得してみたが、時間がかかって、同じく実戦向きではない。

「そも、回復魔法は攻撃系統の魔法と違って少し複雑なんだ。だから、あんまり得意じゃないんだよー」

 シュガーレットの言う通り、その魔法工程の長さから、回復魔法は一番簡単な『レリーファ』でも中級魔法に属する魔法である。

「それにしても以外にシオウちん凄かったねー。まさか、あの距離で見破るなんて!」

「そうだな」

 実際、シオウにとっては当たり前にできたことなのでそこまでの驚きはなかった。むしろシュガーレットの反応に驚いたくらいである。

 もしかしたら、記憶喪失前ではそれくらいできたのではないだろうか。失ったのは記憶だけで、技能や知識までは失っていないのだろう。だとしたら、記憶喪失前の俺は中級魔法を覚えていなかったということになる。戦士職だったりしたのだろうか。

「さてさて、今日の深夜がまさしく本番。とはいえ敵もかなり警戒しているだろうから、気を引き締めないとよね」

「そうだな。罠を張っている可能性が高い」

 それに、向こう側に死者も出ている。警戒するには十分すぎる状況だ。

 シオウはシュガーレットから借りた魔導書で少しでも多くの魔法を覚えるために目を走らせた。


 夕食を終え、少しの睡眠をとって、とうとう作戦実行時間となった。シオウたちが外に出ると、オゾラをはじめとする自警団の面々が武装した状態で待機していた。

「それでは頼みますよ、大魔導士グレイス・マギ様」

「はいはい。とっとと爆破でもして壊して見せますよー」

 シュガーレットはあまり気のりしていないが、一つ息をつくとまとわりつく雰囲気は変わった。殺気と、緊張が周りに充満する。

 シオウとシルビィに剣が渡される。

「それでは、これより赤影討伐任務を開始する!」

 珍しいオゾラの大声で、赤影討伐戦は幕を開けた。

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