第六話 人間性の理

運ばれてきた夕食を部屋でとり、入浴の時間になった。しかし、自警団の浴室は一つしかなく、時間も限られている。なので、シオウたちは全員で風呂に入ることになった。

「んあー、お風呂じゃー!」

 シュガーレットは素早く服を脱ぐと浴室に勢いよく突入していった。シオウとホロビもそれに続いて浴室に入る。シオウたちの着替えは、自警団から支給された服である。

 浴槽は木で作られており、かなり小さい。シュガーレットがすでに入っているので、シオウとホロビは体を洗うことにした。

「おややー? こんなナイスバデーに対してコメントなしですか?」

「別に」

「ま、まさかの男色さんなんですか!?」

「違う」

 確かにシュガーレットは、衣服からは分からないが出るところは出ている。シオウも、普通の状態ならば顔を赤らめるといった行動をしていただろうが、現状、興奮している余裕がないのである。ここ二日で状況が激変しすぎており、心身ともに疲弊しすぎている。なので、『これ以上疲れたくない』と、興奮という感情をシャットアウトしている。

「背中を」

「あぁ」

 ホロビはごく自然にシオウの背後に回り、シオウの背中を流す。シオウはされるがまま、ホロビが洗い終わるのを待った。

「……」

「どうした」

「いえ、何も」

 少しだけシオウの手が止まったが、再び動き始める。すぐに洗い終わり、お湯で背中を流した。

「後ろを向け。洗う」

「いえ、必要ありません」

「そうか」

 お返しに洗おうとしたものの拒否されたのでシオウは立ち上がり浴槽に向かう。

「代わってくれ。時間がないんだ」

「はいはいー」

 体の力を抜いていたシュガーレットは浴槽から出て、体を洗う。ホロビとシオウは浴槽に入った。二人で入ると結構狭く、体が密着する形になる。

「ねぇ、二人はハーフについてどう思う?」

「記憶がないからな、どうも思わん」

「興味ありません」

 いきなりの質問に、二人は即答で返す。その答えを聞いて、シュガーレットは少し笑った。

「ヒューマニアスとエルフってさ、仲が悪いでしょ? だからね、エルフとヒューマニアスの間に生まれたハーフは、差別的に扱われる傾向があるの。この町では、特に」

「ふーん」

「興味なさそうだね!」

「ないからな」

「変だなー。お涙ちょうだいエピソードに突入する予定だったのに」

 ブツブツと文句をいいつつ体を洗う。その体には、少し古傷がついていた。差別と関係があるのだろうかと思ったが、シオウは聞かなかった。

 そこからシュガーレットがその話をすることはなく、シオウとホロビも気にすることはしなかった。



 風呂から上がり、部屋に戻ってベッドに寝転がり、今度は小説を読む。シオウも隣で自己啓発の本を読んでいる。

すると外から自警団員の話し声が聞こえる。

『あのハーフどう思うよ』

『犯人じゃなくても、ハーフなんざとっとと死んじまえばいいんだよ』

『確かになー、自警団にゃエルフもいるけど、あいつら陰険だからな。あんなもん、ヒューマニアスだけで取り締まってたら文句が出るっていう話からだからな。いねぇほうがいいに決まってらぁ』

『ちげぇねぇ!』

 笑い声が部屋にまで聞こえ、シュガーレットは布団をかぶる。シオウはそれを見て少しため息をつくと、部屋の扉を蹴った。その途端に外の声が止まる。

「臆病者が」

 嘲るようにそう言って、扉から離れる。すると、顔を真っ赤にした三人が部屋に入ってきた。どうやら、酒が入っているらしい。

「今馬鹿にしたのはてめぇか?」

 三人の中で一番大柄な男がシオウを睨む。しかしシオウは答えない。男たちはシオウが怯えているのだと思って、にやりと笑う。

「今更ビビったっておせぇぞ? 自警団は体を鍛えてるからな。てめぇ一人ボコるくらい簡単に「うるさい」

 男の得意げなセリフにかぶせる。その時のシオウの目は、かなり冷徹なものだった。

「ギャンギャン吠えるな雑魚犬。獣相手に注意してやるほど俺は暇じゃない。失せろ」

 男たちがその言葉を理解するのに、数秒かかり、理解した途端にさらに顔を真っ赤にした男たちは怒声を上げて殴りかかる。

 しかしその拳はシオウに届くことなく、よこから入ったホロビが二人男の腕をそれぞれの手で止め、最後の一人はそれに驚いて拳を途中で止めている。

「失せなさい」

 ホロビが大柄な男を蹴ると、部屋の外まで吹っ飛んだ。男たちは酔いが覚めたようで、ホロビから距離を取ると気絶している大柄な男を放って逃げていった。ホロビはそのまま扉を閉める。

 大した騒ぎになっていないから、おそらく周りにはほとんど人はいないな。なら警戒する必要もないか。

 シオウは警戒を解きベッドに戻る。ホロビもそれに続いてベッドに戻った。

「ごめんね」

「何が」

 読みかけだった小説の続きを読みつつ、シオウは答える。

「わたしのせいで、喧嘩になちゃって……」

「……大丈夫かお前。頭でも打ったか? ちゃんと休むといい」

「なんでさー!」

 シオウの本気で心配した声にシュガーレットは勢いよく起き上がった。被っていた布団が宙を舞う。

「お前がしんみりしているなんておかしいだろ絶対。何か変なものでも食べたか? 頭でも打った?」

「怒るよ。いくらわたしでも怒るよー!」

「あっそ」

 どうでもよさそうな態度にシュガーレットはさらに大きな声で文句を言う。

「せっかく反省したのにー!」

「反省? なぜそんなことをする必要がある」

「だって、わたしのせいで―――」

「違うな」

 シオウはそう断じた。

「あいつらが喧嘩を売ってきて、返り討ちにされた。それが全てだ」

「だからその原因が―――」

「原因は問題じゃない」

 その言葉にいよいよシュガーレットは混乱する。シオウの言っていることが分からず、もしかしたら不器用に慰めてくれているのだろうか。と思うが、それは違った。

「あいつらが先に殴ってきたことが重要なんだ。俺たちは正当防衛なんだよ。これで、自警団への交渉材料が増えた」

「え?」

「使える手札は多いほうがいい。向こうから売ってきた喧嘩に答えて、ぶっ飛ばした。俺たちは悪くない」

「それはご都合主義過ぎないかなぁ」

「そうでもない。そもそも、赤影討伐さえできればいいし、そこで引いてくれればなんの問題も起きないんだ」

 引く、という言葉にシュガーレットは衝撃を覚えた。自警団が赤影討伐をしたら解放してくれると、シオウはまるで信じていないのである。用心深いという話ではない。人を信じていないなど、いつ裏切るか分からない爆弾である。

 しかし、そんなシオウを危険視こそすれ、手放そうという気は全く起きなかった。それは助けてもらったという心情だけでなく、シオウという人間性に対する興味であった。故に、にやけそうな顔を取り繕い、シュガーレットは布団をかぶる

「おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

 シュガーレットはは目を閉じた。そして、もうすぐそばまで近づいてきた戦闘のことを少しだけ考え、しかし、何も問題はないという結論に至り眠りについた。

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