第五話 魔女の魔法講座
連行された先は、自警団の拠点である建物だった。そこで身体検査をされ、剣などの武器は没収された。シュガーレットはカバンを渡すことを拒否したため一悶着あったものの、中身を確認され、危険はないと判断されたため没収はされなかった。
そうして、ある部屋に通された。三つの木の椅子が用意されており、俺たちはそこに座る。出入り口には、屈強な二人の男が槍と鎧を着て立っている。逃げることはできそうにない。
「いやー、遅れてすみませんねぇ。少々、ごたついていまして」
そう言って入ってきたのは、やせ形の男性だった。困ったように笑っていて、急いで来たのか額に汗をかいている。年齢は五十代くらいで、頭髪に少し白髪が混じっている。自警団と同じく緑色の服を着ているが、その服の襟に青色の線が入っている。
「どうも、クレーゼルの自警団の統括をしております、トベル=オゾラと申します」
オゾラは小さくおじぎをした。シオウたちも座ったまま小さくおじぎをする。
「さて、みなさんはどうしてここに連れてこられたか、分かっておいででしょうか?」
「殺人事件の容疑者として、でしょ」
「はいー、なんでも目撃情報によれば、井戸に毒を入れたのはハーフらしくて……あなたもハーフですよねぇ、シュガーレットさん」
「だから、何? 犯人は、左耳だけ長かったのよ」
シュガーレットが不機嫌になる。拳を握りしめ、オゾラを睨む。しかしオゾラは気にした様子はない。
「えぇ、聞き及んでおります。しかし、住人には『ハーフが犯人』とだけ伝わっており、あなた様達を敵視しておりますので……ね?」
「伝えた、のではなくて?」
「まさか!」
オゾラは大声でそう言った。そのわざとらしさにシオウたちは顔をしかめるが、誤解させるように伝えたという確たる情報がないので何も言えない。
「それで、何? 俺たちを町から出してくれるのか?」
「いえーそういう訳には。なにせ、無罪だという証拠はありませんので」
「つまり、その証拠を持ってこればいいのね」
「そういうことになりますねぇ、はい。なにせ、ここらは盗賊のせいで何かとピリピリしておりますので……」
「はっきり言えばいいじゃない。赤影を討伐して来いって。そうしたら、無罪にしてやるって」
シュガーレットの言葉を受けて、オゾラはにやりと笑った。さっきのような遠慮しがちな笑いではなく、企んでいるような、邪悪な笑みである。
「赤影の討伐、それなら、完全に容疑をはらせるでしょうねぇ」
シュガーレットはオゾラを睨み、シオウは苦い顔をしつつも、何もできないので何も言わない。ホロビも同じく、何も言わない。
こうしてシオウたちは赤影討伐を請け負うことになってしまったのである。
宿は、自警団が用意をした。赤影討伐は明日の朝に出発なので、今日は町に出ず休むことにした。とはいえまだ昼間過ぎなので、休むにしても早い。
「やられたのー……」
「嵌められたってことか?」
「ちゃうのよー。ほら、わたしって、偉大なる
「成程な。要するに、いいように使われてるってわけか」
赤影は人数こそ少ないものの、かなり強い人材が集まっているらしい。拠点である山の悪のほうで、洞窟を根城としている。そこまでの道のりは分かっているのだが、それまでにそこそこの被害が出ているので、確実に討伐できる人員を求めているのである。
「そうみたい。まぁ、これだけの理由ができればちょーーと遅刻したくらいなら許されるだろうけどー……面倒だなぁ!」
ベッドの上でゴロゴロと移動しているシュガーレットも見て、シオウはため息をつく。とはいえ、シオウはホロビと共に自警団に頼んで貯蔵している書物を読んでいるので、そこそこ上機嫌である。
物語、史実、思想、自己啓発、経済。少し古いが一通りの種類が揃っているので、ブレイブのことを知るには十分すぎる量である。
ただ、選定戦のことは物語に少し出てきただけで、詳しいことは分からなかった。史実では全く書かれていない。引き合いにすら、出されていない。
逆にヘルザードの名前は史実と思想のほうに少しだけ出てきた。しかし、あまり評判は良くない。『神の敵』、『聖戦』と称して国々や、宗教家を襲った話が多々ある。たまに共闘したという史実もあるのだが、やはりあの盗賊の言った通りイカレ教団というのが一般認識のようだ。
「ヘルザード教団なんて調べてるの? ダメだよあそこはー。わたしたち魔導士の怨敵なんだから」
「そうなのか?」
「うん、詳しいことは省くけど、ヘルザードは禁忌魔術を信仰してる集団だからね。丁度いいから、魔法について教えてあげよう!」」
ガバッ! とシュガーレットが起き上がり、カバンの中から本を三冊冊取り出す。タイトルは、『古代魔術教本』、『初級魔術―攻撃魔法編―』、『禁忌魔術について』といったものである。
「禁忌魔術についての本もあるんだな」
禁忌というのだから、門外不出のようなものだという印象を受ける。
「あり? 読めるの?」
「読めるが?」
「ふぅぅん……ま、読めるならいっか」
シュガーレットが最初に手に取ったのは、『古代魔術教本』である。
「現在わたしたち魔導士が使っているものは、古代魔法が進化したものなんだよ。古代魔法は、ただ単純に炎を出すとか、風を起こすとかその程度だったんだ。炎と風を組み合わせて強力な魔法を作り出す。といった単純な発展から始まって、魔法陣の構築による強力な魔法の製作、魔法陣製作時間を短縮するための魔力操作、威力調節といった発展を遂げたんだ。その過程で生まれたのが、禁忌魔術。名称しか知られていない魔法なんだ」
シュガーレットは『古代魔法教本』をシオウに渡すと、『禁忌魔術について』を持ち、ページをめくる。
「禁忌魔法は四つ。『時間』『空間』『次元』
『破滅』で、詳しい魔法陣も誰が造ったのかも一切が不明。いくつかの古文書を解析した結果、分かったことものがこの四つだから、もしかしたらまだあるかもしれない。現在調査中。とても危険なものだから、研究者以外が詳しく知ることすら許されない魔法なんだけど、ヘルザードはその魔法を深く研究して、使おうとしているみたい。だから、仲が悪いの」
『禁忌魔術について』もシオウに渡す。
「その二つは知識だから、時間のある時に読んでおいて。そしてこれが、攻撃魔術の初歩の初歩だよ。実演して見せるね」
シュガーレットは『初級魔法―攻撃魔法について―』の一ページ目を開く。そこには、《火炎魔法》と書かれていた。簡単な説明文も書かれている。
『火炎魔法とは、空気中の魔力と体内にある魔力を干渉させ発火させる基礎魔法である。魔力同士をぶつかり合わせ、摩擦を起こすことで炎を灯す』
その文章の隣には、具体的なやり方として、手のひらの上に魔力を集める感覚だと書かれている。
「シルビィはできるのか?」
「はい、中級魔法程度までなら、一通り」
「わたしは最上級魔法までいけるよ。火炎系だけだけどー」
自慢するように胸を張るシュガーレットにホロビの冷たい目線が突き刺さる。
となれば、魔法が使えないのは俺だけということか。だが、記憶喪失でも魔法が使えることは分かった。なら、俺にもできるはずだ。
手のひらに魔力を集める感覚が分からないので、意識を手のひらに集中させた。
「お」
手のひらに小さな火が出てきた。それを見てシオウは少し安心する。
よかった。俺にも魔法は使えるみたいだ。
今度はその小さな火に意識を集中させると、手のひらサイズまで大きくなった。しかし、それ以上大きくならない。
「そこから大きくしたりするのが、中級魔法なの。推進術式を組み込んだ魔法陣をその火に付与して任意に飛ばすんだけど、飛んだ後に威力が落ちないように強化魔法も必要だし、爆発を起こしたいのなら風の魔法を混合術式で火に付与して一定距離、もしくは一定時間たつと発動するように設定して――」
「一気に言われても分からない」
「んー、これはもう術式を覚えるところまで行っても大丈夫かね」
再びカバンを漁り、今度は『中級魔法簡易術式』という本を出した。
「この術式を頭に入れて」
本自体は薄く、一ページに一つ魔法陣が書かれており、そこにその魔法陣がどのような呪文なのか、書かれている。一ページ目には、炎を真っすぐに飛ばす『ファイア』という魔法が書かれていた。シオウは幾何学的な模様を覚えようとそのページを見つめる。
暗記できたのかを確かめようと本を閉じ、『スレイファイア』の魔法陣がどのようなものであったかを思い返してみると、不思議とすぐに頭に出てきた。
覚えたばかりだからか? いや、それとは違う気がする。
まるで当たり前のことを思い出すかのように、魔法陣が頭に出てきたことに、シオウは違和感を覚える。
「あ、頭に入った?」
「あぁ、記憶した」
「違うよ。それは記憶したって言わないの。魔法陣がね、脳に刻み込まれたの。これで絶対に忘れない。やっぱりシオウは、魔導士の素質があるんだね」
シュガーレットは嬉しそうに笑う。
シオウは次のページに進み、魔法陣を頭に入れようとするが、急な吐き気に襲われた。
「んぐ……」
「あー、酔ちゃったみたいだね。十秒もしたら治るにー」
シュガーレットの言った通り、吐き気はすぐに収まった。シオウはホロビの持ってきた水を飲み落ち着く。
「一気に詰め込もうとすると脳が混乱しちゃうのよにゃー。だからぁ、少しずつにしといたほうがいいのよ」
「成程……」
ため息をつきつつ、シオウは本のページを閉じた。
一日で二個が限界かもしれないな。このページ数なら二十日あれば覚えられそうだが、赤影討伐は明日だ。あまり役に立ちそうはないな。
シュガーレットは再びベッドに転がり、暇を持て余している。シオウとホロビは中断してしまった本をそれぞれ手に取って、再び読み始めた。
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