第四話 町中逃走劇

自警団と呼ばれる緑色の服を着て、右の胸ポケットに金色の剣と銀色の盾の刺繍が入っている人たちが来て、血に沈んだおっさんとフルミーナたちの死体を検証している。シオウたちは、事情聴取を終えて自分の部屋に戻っている。隣でガサガサうるさくて落ち着かない。

 フルミーナの連中は誰かに殺され、さっきのおっさんは、井戸に毒が入れられていたらしい。おかげで、水質検査のため水を使うのが制限されている。当然、薬草を薬にはできない。立往生の状態だ。

「どうしよう……先生に怒られるー!」

「先生?」

「そうだよ、お使いを頼んだ先生! ちょっとでも遅れたらカミナリが落ちるんだ! 物理的に! 何度、感電したことか!」

「通信手段はないのか?」

「ないよそんなのー。簡単なお使いだから余裕ですよー、とか大見得きって出てきて、これで遅れたらどんなお仕置きが待ってるか……うぅ、最悪だ。最悪だー!」

 シュガーレットは壊れそうになっている。しかし、出られないのならば仕方がないだろう。

それに、俺には関係のない話だ。

「こ、こうなったら……」

「どうする?」

「赤影を、ぶっ潰す」

「おい、どうしてそんな流れになった」

「だって、あのおっさんは知らないけど、フルミーナの人たちを殺したのはたぶん赤影だよ!? ぶっ潰して町から出ていく。なに、爆発一つで木っ端みじんさ! 血と骨と肉片しか残らないよ!」

 赤影かどうかはまだ断定できていないと思うが、しかし、付き合わなくてはいけないのはリスクが大きい。

「いや、結果はどうでもいい。どうして俺たちがそれに付き合わなくてはいけないんだ」

「え? 町から出られない中、頼れる人がいるの?」

 そういわれると、いない。しかし、戦えるのかどうかと言われれば、自信はない。敵の人数も分からないし、なにより、壁の薄い部屋の隣で繰り広げられていた戦闘に全く気が付かなかった。全員、一瞬で殺されたのなら、抵抗できるかどうかも分からない。

「……却下だ。俺たちは急いでいるわけではないからな、お前とはここでお別れだな」

「じゃ、いい」

 シュガーレットはあっさりと殺害を諦めた。

 この町の中から犯人が逃げていれば、こんなものは足止めにもならない。自警団の捜査能力は分からないが、どうにかできないものか。

「何とか先生と相談しないとなー……町に行こうか」

「連絡手段を探しにか?」

「それと、昼食を買いに。ちょっとは店が開いてるからね。閉まらないうちに買っておかないと」

 シュガーレットが部屋を出て、シオウとホロビもそれに続く。捜査している自警団を見つつ、宿を出た。



 そして現在、自警団に付けられている。重要参考人、ということだろうか。疑うのは当然だが、ばれてしまっていては仕方がない。気が付いたのはシルビィだが。あと、おそらくシュガーレットも気が付いているだろう。     

「どうしますか?」

「どうもしない」

 どうもしてはいけない、というのが正しいか。町一つ敵に回すなんてことしたくないし、冤罪で捕まるのもごめんである。聞いた話、今日の夕方には水が復旧するし、明日の朝には規制が解除されるらしい。その間だけ、ゆっくりしていればいいのだ。

「っんだとてめぇ!」

「やんのかあ゛あ゛!!」

 ヒューマニアとエルフが喧嘩している。

「てめぇらエルフが事件なんざ起こすからこっちは仕事が滞ってるんだよ! 今日の分の損失! どうしてくれんだ!」

「事件起こしたのはヒューマニアだろ。我々のせいにしかできない下等な種族だ。怒りをも哀れみも通り越していっそ笑える」

 一触即発状態だ。周りの連中も、止めるどころか煽っている。

「今までも小さないさかいはあったみたいだけど、今回は大きくなる。閉まらないうちに買っておかないとね。歩いてるだけで喧嘩を売られかねない」

「それは大変だ」

 急ぎ足で店を目指した。



 店の中でも小さないざこざはあったが、しかしそこで暴れるほどお互い愚かではないらしく、にらみ合って舌打ちする程度だった。しかし、外では喧嘩が頻繁に起きている。物騒になったものだ。

「あ、あの!!」

 いきなり声をかけられた。振り向くと、今朝、井戸で会ったエルフの少女がいた。

「外は危ないよ。家に入ってなさい」

「い、家はこの町にないんです……それより、シュガーレットさんですよね! 大魔導士の!」

「自称じゃなかったのかそれ」

「そんなわけないだろう。れっきとした称号だよ」

 そうなのか、しかも有名人とか。確かに魔法はすごかったが、テンション高い変人だと思ってた。

「あの井戸の件、それとあなたのお仲間の件……わたし、真相を知ってるんです!」

「……話を聴こう」

少女の話を聞いてシュガーレットが真剣な顔になる。

「シルビィ」

「後方十メートルに一人、右方五メートルに一人です」

 まだあきらめてないようだ。厄介な連中だが、しかし距離は空いている。撒く方法は、ある。幸い、外は喧嘩が多いからな。

 適当に歩き回り、喧嘩している人々に紛れ、適当な店に裏口から入りそのまま外に出る。

「どうだ?」

「撒けました」

 これでさらに疑問を持たれることになるだろうが、ここで手がかりが手に入るのなら安いものだ。最悪、喧嘩に巻き込まれそうになったとでもいえばいい。

「で、知っていることって何?」

「はい……わたし、朝に見たんです。ハーフが井戸に何か入れてるのを! 帽子を被っていて顔までは分からなかったんですけど……あの人が立ち去ろうとした時、左耳だけが長かったのを見たんです!」

 ハーフと聞いた瞬間、シュガーレットの顔がこわばった。しかしすぐに元に戻って、少女の頭をなでる。

「ありがとう。でも、どうしてわたしたちに?」

「自警団の人にも言ったんですけど……信じてもらえなくて……そんな時、シュガーレットさんが見えたから……」

「そうか。君、名前は?」

「アル=シオルです」

「では、アル。家に帰って、外に出てはいけないよ。わたしたちが何とかするからね」

「は、はい!」

 にっこりと笑ったシュガーレットの言葉を聴いて、アルは頷くと走っていった。

「シオウ、町を出よう」

「ハーフって、なんだ」

「それは道中で説明するよ。嫌疑をかけられる程度なら何とでもなるけど、犯人扱いされたら、かなり面倒だ」


 自分たちが犯人扱いされるかもしれないという言葉に、シオウは少し驚き、ここで分かれるかと考えるが、すぐに却下した。シュガーレットを犯人とするのなら、シオウたちも共犯という考えも出てくるだろう。記憶喪失と、常識しらずの二人、怪しさは抜群である。

「感電は嫌だけど……仕方ないにー」

 シュガーレットは苦笑いを浮かべる。そして、そのまま外に出るために歩く。シオウたちにはこれといった荷物はなく、シュガーレットもカバンと袋は持ってきているので、宿屋に戻る必要はない。

「ちっ……」

 クレーゼルから出られる場所には、自警団が配置されており、抜け穴のようなところにも、ボランティアなのか、住人らしき人たちが立ち話をしながらふさいでいた。

「なんで一般人まで動員されているんだ」

「争わせないためだよ。エルフとヒューマニアスの険悪さは、この事件でさらに悪化しちゃったから、巻き込まれたくない住人は『ヒューマニアスが町から逃げた!』とか、『怪しいエルフがいる!』とか、そんな噂を立たせたくないんだよ」

「厄介だな」

 このままじゃ、明日の朝にも出られないかもしれない。

「数人がこちらに走ってきます」

「自警団かも!」

 シオウたちは走り出す。

「増えました」

 自警団は追う人数を増やしたらしく、完全にシオウたちを狙っている。何やら「前に出ろ! 囲い込め!」という指示を出す声まで聞こえてくる。

 強行突破できればいいが、それでは嫌疑どころではなくなる。自警団の連中は俺たちを容疑者とみているはずだ。なら……

 シオウは考えをまとめ、提案した。

「止まるぞ」

「はっ!?」

「逃げきれないのなら、素直にしたほうがいい」

「た、確かにぃ……」

 シュガーレットは大きくため息をつき、徐々に走る速度を落としていく。シオウとホロビも、それに合わせて速度を落とし、止まった。それからすぐに、自警団が剣や槍を持ってシオウたちを囲む。

「一緒に、来ていただけますかな?」

 その中の一人がそう言うと、シオウたちは頷いた。そして、緊張状態の中、連行されていく。住人の目線が厳しい。

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