第三話 冒険者家業
家から少し離れたところで、商人の馬車と遭遇した。護衛が何人かいる。シュガーレットが交渉して、金を渡し馬車に乗せてもらった。商人は男性で、護衛は男四人の女二人。全員、結構若い。
それにしても、シュガーレットの語尾はどうにかならないものだろうか。いちいち変わるから気になって仕方がない。
「つーかさ、あんたらなんでエルフの里の近くにいたわけ?」
「薬草を取るためよ」
「命知らずだなぁ。ま、エルフ共が薬草の採取場所の独占をしちまってるから、仕方ねぇけどな」
「そうなのよ。しかも、盗賊だって出るじゃない?」
「あぁ、『赤影』の連中な。俺たち、そいつらを倒すためにきたんだぜ?」
「そうなの?」
護衛の男とシュガーレットの会話が弾む。
会話するときは変な言葉は出ないようである。
赤影とは、シオウたちが倒した盗賊が所属していた集団らしく、六人で討伐しにいくとすれば、そこまで大きな集団ではないのかしれない。
「それにしても、エルフの連中はもっとヒューマニアスと仲良くできないもんかね」
「ここら辺は特別険悪さ。なんせ、エルフとヒューマニアスの荒くれものが集まってやがるからな。クレーゼルに行っても気をつけたほうがいいぜ? エルフどもが金品を盗んでいきやがる」
もう一人、男が話に混じってきた。聞き耳を立てているが、何も知らないシオウにとっては知りたい情報がかなり入ってくる。
これから行く街、クレーゼルはそこそこ治安が悪いと思って間違いないだろう。一応、剣は持っているが振るったことはない。あまり目立ちたくはないので、争いは避けたいが……シュガーレットに任せられるだろうか。
「それじゃ、お兄さんたち。わたしたちの護衛も頼めます? 一緒の宿屋に泊まるので……見ての通り、わたしたち、子どもと女性じゃないですか……宿にいる間だけでいいんです!」
「勿論だ! いいよなお前ら!」
その言葉に、男性からは賛同が、女性からは非難の声が上がった。しかし、男性陣に言いくるめられ渋々ながら了解した。
こいつ、男を味方につけやがった。
シュガーレットがシオウたちのほうを向いてウィンクをする。計画通り、ということだろうか。
クレーゼルに到着するころには、日は傾いていた。その足で宿に向かい、部屋を取る。一階の角部屋と、その隣。部屋は、味方につけた冒険者と隣同士だ。
「それにしてもいい人たちだねぇ、あのフルミーナの皆さんは」
「誰だそれ」
「守ってくれてる冒険者さんだよ。フルミーナって名乗ってるんだって」
集団名ということか。そういえば、あの五人の名前は知らないな。
「それと、ここの壁、結構薄いから気を付けてね」
「分かった」
耳打ちしてきた。聞き耳を立てれば隣の部屋の会話が聞こえてきた。
教団はイカレ集団だと思われているらしいし、ここで選定戦の話をしないほうがいいだろう。
「それじゃ、何か食べに行こうか」
「そうだな。腹が減った」
「何か好物は?」
「特に」
「そっか。なら酒場に行こう」
シオウは頷き、ホロビは何も反応しなかった。シオウに従うということなのだろう。
シュガーレットの案内の元、酒場に行こうとすると……
「お、奇遇だな。夕飯か?」
「えぇ、酒場に」
「ちょうどいい、俺たちも酒場に行くんだ。赤影討伐の前祝だな!」
見計らっていたであろう男たちが丁度部屋から出てきた。
護衛の仕事を果たしてくれているようでなにより。
酒場は盛況だった。仕事終わりだからだろうか、むさ苦しい集団が飲んで食べてしゃべっている。店員の案内で席に通された俺たちは、そこで料理と酒をいくつか注文した。こっちの料理のことは分からないので、シュガーレットと同じ物と頼んだ。ホロビも、シオウと同じもの頼む。
「で、お嬢ちゃんたちはどこに向かうんだ?」
「レイクザットへ、先生のお使いをしていたので」
「レイクザット! 魔導士の都かぁ。俺はあまり好かんな。あいつらは何かと理屈をこねる」
「はっ、お前の意見は聞いてねーよクルゥザ。俺は好きだぜ魔導士。なにせ頼りになる」
「てめっ、チューデ! 前まで『魔導士は頭がかてぇから嫌いだ!』とか言ってたじゃねーか!」
「ちょ!? 嘘つくんじゃねーよ!」
「ところでシュガーレット、ここの先によいバーがあるんだが……」
「「抜け駆けすんなザフ!」」
騒がしい連中だ。女性陣が呆れかえっている。シュガーレットは男どもの会話に相槌をしつつ適当な言葉を返している。
そこで酒場をぐるっと見渡すと、あることに気が付いた。
「エルフもいるんだな……」
「そりゃ、どんな種族でも腹は減るからね。」
シオウの言葉に、呆れていた女性が反応した。
「エルフだって、モンスターを狩って換金しないといけないだろ? それに、薬だって必要だ。ここら辺はそういうの売ってるのがクレーゼルしかないから。この町の法で、町中で争った奴は強制退去&エルフは三か月、人間は五か月間の出入り禁止処分さ」
「ふぅん」
酒場の席は、左がエルフ、右がヒューマニアと分かれている。しかし、共同生活できるくらいには治安が安定しているということか。
「はーい、エールと、グレイフィッシュの干物、ベアコングの特性タレ焼き、ザルカのサラダをお持ちしましたー」
店員が料理を運んでくる。魚の干物に、焼き肉、野菜サラダ。どれもおいしそうだ。
「かー! エールはやっぱうめぇなぁ!」
酒を飲もうとは思わないので、シオウは焼き肉から手を付けた。タレがしみ込んでいて旨い。
「かかっ、聞いてくれよシュガーレットちゃん。こいつさぁ」
「そんな話より俺の武勇伝をだな……」
「あのアホ二人は放っておいて僕と……」
酒が回り始めた男どもは野獣のような目でシュガーレットを見ている。シュガーレットなら大丈夫だろうし、誘いに乗ったとしても知ったことではない。と、シオウは焼き魚を食べる。
男たち武勇伝と失敗談、女性からの非難の中、シオウはまともな食事に舌鼓をうった。
宿に戻ると、シュガーレットは魔法で自分とシオウたちの体と、服の汚れを落とした。泥と汗にまみれていたので、体がすっきりした。
「便利だな、魔法」
「普通はこんなことできないんだよ? 大魔導士様だからこそさぁ!」
「そうか」
酒でテンションが上がっているシュガーレットは「あははは! わらしに不可能はなーい!」と叫んでいる。
「そういえばさ、明日、お使いにつきあってよ」
「分かった」
できることはすると言った手前、シオウはすぐにうなずいた。
「そういえば、ベッドが二つしかないんだけど?」
「俺とシルビィが一緒に寝れば問題ない」
「いえ、私は床でも」
「ダメだ。お前は俺の戦力だ。体を休めろ」
でないと、何かあったときに対処が遅れる可能性がある。初見で人を殺しに来るような連中がいる場所である。一瞬の油断が命取りと考えて行動しなくてはいけない。
「一緒に寝ろ」
「はい」
命令口調で言うとホロビは頷いた。歩き回り、走り回ったので疲れがかなりたまっている。シオウとホロビは同時にベッドに入り、すぐに眠りに落ちた。
目が覚めると、鳥の声が聞こえた。目の前に、ホロビの顔がある。そしてこの感触、ホロビを抱きしめるようにして眠っていたらしい。
「おはようございます」
「おはよう」
少しぼーっとする頭を振り、ベッドから起き上がる。隣のベッドではまだシュガーレットが眠っていた。
「喉が渇いたな……」
「外に井戸がありましたが」
「そうか」
立ち上がり、ホロビと共に部屋を出る。そして宿を出て、井戸の水を汲んで飲んだ。ようやく、目がばっちり覚めた。
俺はどうも寝起きが悪いらしい。
「あ……」
何か後ろから聞こえ、振り向くと、エルフの女の子がいた。怯えるようにシオウを見ている。犬猿の仲だ。警戒して当然だろう。
目的を果たしたシオウとホロビは、井戸を後にした。
部屋に戻るとシュガーレットが起きていた。寝ぼけた顔で「やぁ」と言っている。
「朝食を食べようか」
「昨日の酒場か?」
「いやー、この時間ならこの宿の食堂が空いているだろう。そこで食べようか」
食堂は、確かに空いていた。そこでサラダと固いパンを注文して食べる。
「用事ってなんだ」
「薬草は昨日取ったから、この町でそれを加工してもらうの。それと、ついでに色々と道具を買わないといけないしね。運ぶの手伝ってね」
「薬草なんて、どこに持ってるんだ?」
「ここに」
そういって腰から出したのは小さな布の袋だった。カバンとは別に持っていたらしい。この程度のものなら、手伝いなどいらないだろう。
「これはね、ただの袋じゃないんだなー」
「というと?」
「魔道都市レイクザットの最大発明品。空間加工した袋だよ。最大五十キロまで収納可能、重さを感じない! その気になれば人間だって放り込める!」
「ようするに、その袋は見かけによらず大量にものが入るってことだな」
「そういうこと」
便利な道具があるものだ。まぁ、物持ち程度なら問題はない。爆薬とか入っていたらさすがに断りたいところではあるが。一応、確認はしておこう。
「シオウ」
「どうしたシルビィ」
「何か、起きたようです」
ホロビがいきなりそういって、警戒態勢に入る。それを見てシオウは腰に持った剣を少し強く握り、シュガーレットは食堂の入り口に注意を向ける。
ガタ、ガタとゆっくりとした足取りで入ってきたのは……おっさんだった。黒い服を着た、少し太ったおっさん。おっさんはおぼつかない足取りで食堂に入り、
「がぼぉ!!」
誰の目からも致死量だと分かる血を口から、いや、鼻や目からも血は吹き出し、おっさんは血だまりに沈んだ。
誰も、何も言わなかった。シオウはいきなり起きたあまりに唐突な『死』に何も言えず、ホロビはそんなシオウの目を覚まさせるように肩を揺らした。
「今日の予定は、全部中止だね。すぐにこの町を出よう」
「あ、あぁ。そうだな……」
シュガーレットの言葉にうなずき、足早に自分の部屋に戻ろうとして、何か、聞こえた。
『あ……あが…………』
隣の部屋、フルミーナが泊まっている部屋だ。さっきの光景を見たからだろうか、嫌な予感がシオウ体を駆け巡る。
「シルビィ、この部屋のドアを、開けてくれ」
「はい」
その予感が外れてくれていると信じて、シルビィにそう命じた。自分で開ける勇気はなかった。
そして、部屋が開け放たれ、シオウの予感は確信に変わる。
「……赤影、かな」
後ろで部屋を見たシュガーレットがつぶやく。
フルミーナの面々は、全員、死んでた。
切り傷、殴られた後、射られた後、焼かれた後。おそらく、これは毒殺ではなく戦闘の後だろう。
だったら、眠っている間に、シオウたちの部屋の隣で、死闘が繰り広げられていたということだ。壁の薄い部屋で、物音を周囲に響かせることなく。
その事実にシオウは戦慄し、立ち止まる。そんなシオウにシュガーレットから声がかかる。
「驚いている暇はないよ! とっととこの町を出ないと面倒なことになる!」
「いや、もう出られないよお客さん」
宿屋の従業員の男性がそういいに来た。
「井戸に毒が投げ込まれてて、町から出ることはできなくな……って……えあああぅううううああああ!!?」
フルミーナたちの死体を見た従業員は声を上げて、へたりこんだ。
「出られないみたいだが?」
「そうだね……これは、やばいかなぁ」
珍しく、シュガーレットの頬に冷や汗が伝った。
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