第二話 魔女の話
興奮したシュガーレットに誘われ、案内されたのは、そこから少し離れたところにある木の家だった。二階建て、快適そうだ。
シオウはシュガーレットに自分に起きたことを一通り話した。ただ、選定戦や権能のことは話さなかった。もし、シュガーレットがイカレ教団こと『ヘルザード』を知っていたら聞いておきたいし、近くの村までの道のりくらいは教えてほしかったからである。
「ふーん、遺跡で目覚めて、記憶喪失ねぇ。ホロビンも?」
「そうですが、ホロビンと呼ばないでください」
ホロビは心底嫌そうな顔をする。シオウはホロビまでもが記憶がないことに少し驚いたが、今はあまり問題にすることではないとひとまず置いておくことにした。
自分に何ができるわけでもない。
「まず、ホロビって名乗るのはやめたほうがいいよ」
「どうして」
「ホロビはレシュトーレ公国と、リュクレア王国、ハルカシオ帝国が史上初、三国同盟を組んで倒した世界の敵。同じ名前ってだけで忌み嫌われかねないよ」
「お前は、嫌わないんだな」
「君たちよりわたしのほうが強いからね」
ホロビは少しむっとなってシュガーレットを睨むが、睨まれた側は気にしていないようで何の反応も示さない。
そうかだったら、他の名前を考えたほうがよさそうだ。
「何か、名前の希望はあるか?」
「ありません。ご自由に」
「だったらわたしがつけてあげようか?」
「拒否します」
ホロビはシュガーレットを睨んだままだ。シオウは何かよい名前はないかと考える。
ホロビの特徴から考えて……
「シルビィでいいか?」
「はい、私はシルビィです」
「おや無難。なんで?」
「無難だからだ」
銀髪をみてなんとなく思いついた。シルバーだから、シルビィ。変な名前でなくてよかった。
「教えてくれシュガーレット。この世界の常識、種族間の対立、国同士の関係を」
シュガーレットはにこやかに首を縦に振る。
「それじゃ、まずこの世界、『ブレイブ』について教えてあげるよ」
そういって、シュガーレットは語り始めた。
世界の名前は『ブレイブ』といい、世界を作った神の名前からとっているらしい。ブレイブという神は、三日で空と大地と海を作り、一日でヒューマニアスを作り、その次の日に魔法を与えた。ヒューマニアスたちは独自に進化する者たちが出てきて、それが現在存在している種族、『ヒューマニアス』『ウォルフ』、『エルフ』、『デニアルズ』、『ガンフリッド』が生まれ、魔物と呼ばれるモンスターも生まれ始めた。ただ、これは人間視点の創世神話であり、最初にブレイブが作ったのは種族によって違うらしい。
そして、それぞれの種族の特徴だが、俺たちは『ヒューマニアス』という種族になるらしい。寿命は七十から八十歳、。身体能力も魔法ともに特出すべき点はない。ブレイブにおいて、最も多い種族。
『ウォルフ』は、動物と人間を混ぜたような姿をしており、八割ヒューマニアス、二割動物といった外見らしい。寿命は、ヒューマニアスより長く、百数年ほど。身体能力が高く、魔法も使える。『進化期』と呼ばれる期間があり、だいたい、二十歳と四十歳の時にその期間に入る。それを得て、成人個体となる。
『エルフは』さっき見た通りで、魔法が得意。身体能力的にはヒューマニアスに一番近い種族。それゆえに、お互いの優劣を気にして、険悪。町を作るヒューマニアスに対し、自然の中で生活している。寿命も、三百歳ととてつもなく長い。
『デニアルズ』は、容姿はまばらで、基本的に人型ではあるものの、手足が五本ずつある者、顔が二つある者もいる。総じて褐色肌で胸のあたりに本体である光る宝石のようなものが埋め込まれている。それが壊れたり、宝石の光がなくなると絶命する。生殖機能が存在せず、魔力がたまる場所から生まれる超自然生物。魔法も身体能力も相当なものだが、寿命が五十年と短いため、成人の状態で生まれる。生きている状態で胸の宝石を取り外そうとすると宝石が爆発する。その威力は、至近距離ならば成人男性を粉々にできる程度。
『ガンフリッド』は水中で暮らす種族らしく、地上では生活できない。体が大きく、まれに、山かと思われるほどでかい個体もいるらしい。海にいる魔物が食料で、一種族と数えられているのは、テレパシーで会話ができ、交易などができるため。寿命は、短くて三百年。長い個体になると、五百年ほど生きているらしい。
そして、それぞれの種族が交流し、時に戦い、発展していった。そして創世の百年後、寿命を迎えたらしいブレイブは自分に代わる世界の守護者を決めるとして、最初の選定戦が行われた。最初の守護者は、精霊の権能の持ち主であったというヘルザードというヒューマニアスだった。
現在、ヒューマニアスが治めるレシュトーレ公国、エルフが治めるリュクレア王国、ウォルフの治めるハルカシオ帝国の三つの国が存在し、デニアルズに国は存在せず、いくつかのコミュニティに分かれて生活しているらしい。いわば、そのコミュニティ一つ一つが国のようなものだそうだ。ガンフリッドは、国はおろかコミュニティすらない。個人で生活しているらしい。
そして、ホロビが登場した。その正体は未だ分かっていないが、どの種族にも属さず、どこで発生したかも不明。姿かたちを生物や無機物、煙にまで変えられ、世界を壊しかけたが、ヒューマニアスが異世界から勇者を召喚。それを皮切りとしてホロビに反撃。最終的に三つの国と、一部のデニアルズ、数体のガンフリッドの連合軍で倒したらしい。
「異世界の人間を、召喚した?」
「そうよ。わたしも、召喚魔法の理屈についてはよくわかっていないの。でも、異世界はあるし、彼らはとても強かったわ。わたしのほうが強いけどね!」
「そうか」
異世界か……まぁ、このブレイブのこともよくわかっていないのだから、今は考えなくていいか。
この世界の歴史は大体わかった。ここにいるホロビが、連合軍が戦ったホロビと同一個体かどうかは分からないが、今は味方だ。
そういえば、選定戦のこと、知っているんだな。あの盗賊も知っていたし、伝説として知っているだけか。
「選定戦について、詳しく」
「詳しくって言われても、そこまで知らないのよなー。分かっているのは、いくつかの役職があるっていうのと、その眷属がいるってことだけ」
シュガーレットの回答に、よい情報を期待したシオウは内心で舌打ちするものの、気持ちを切り替えホロビに質問をする。
「お前は、シュガーレットが言ったホロビなのか?」
「分かりません」
「そうか」
記憶喪失であるのなら、確認手段がない。確認できたところで、どうしようもないが。
シオウはこれ以上話題に触れる必要はないと思って、話を打ち切った。無理に触れて嫌われても困ると思った。
「シュガーレット、ここから街まで行きたいのだが」
「いいよ。わたしも街に用があるんだ。丁度いいから、色々とお世話してあげよう。その代りに……」
「俺たちにできることはやってやる」
「不遜だなぁ。でもオーケー! それじゃ行こうか。エルフに見つかると厄介だ。ここら辺は盗賊も出るらしいしね」
盗賊と聞いてシオウは先に倒した四人を思い出す。
仲間がいるのか。一応、殺害したのだから報復とかあるかもしれないので、警戒をしておいたほうがいいかもしれない。
「ここはどうするんだ? シュガーレットの家なら、燃やされたりするんじゃないのか?」
「いいよいいよ。ここ、知らない人の家だから」
不法侵入だった。自由過ぎるにもほどがあるシュガーレットの行動にもはや不安どころか不満さえ噴き出してきそうである。
「そういえば、どうしてさっき追われていたんだ?」
「エルフの秘術が書いてある本を盗んだから」
シュガーレットはカバンから一冊の古ぼけた本を取り出し、シオウたちに見せる。
……窃盗じゃないか。
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