ホロビの王
いつき
第一話 王の目覚め
おめでとうございます。あなたは『王』に選ばれました。
騎士、女王、精霊、兵隊、王、全ての資格者が顕現しました。
これより、選定戦を開始します。
少年が目を覚ますと、石の天井が見えた。体を起こし、寝かされていた場所を確認する。石でできた台座の上だった。三本の松明が少年のいる部屋を照らしている。
ここは、どこだ? 洞窟の中か? いや、そもそも……俺は、誰だ?
何も思い出せない。少年には、記憶がなかった。自分の名前も、年齢も、出身地も、外見も。体つきからして男のようで、服は着ていない。
唯一、思い出せるのは、いや、脳裏にこべりついているのは、数人の男女が笑いながら剣や槍を構えている光景。それすらもぼやけて、顔はおろか、何人いるのかも分からない。
「いづ……」
急に頭に痛みが走った。少年は石のベッドの上から降りると、壁にあった松明を手にとって周りを探す。水たまりがあった。そこに少年の顔が映る。やや、やせ形。しかし筋肉はそれなりにある。整っているともいえない顔立ち。ただしイケメンとまではいかない。髪は黒色の短髪。目はややつり目。
成程、これが俺か。自分の顔も覚えてないのは、変な感覚だ。
「さむい……」
気温が低い。松明は暖かいが、外に出るのなら何か体を隠すものがないといけない。
あたりを見回すと、布切れがあった。ないよりはましだろうと、その布切れを纏う。それでも、まだ寒く、空腹感もあった。
凍死も餓死もいやだと思って、少年は部屋を出た。
洞窟の中は暗く、松明がなければ進めなかっただろう。松明は、不思議と燃え進まない。
「出口はどこだ……!」
空腹で苛立って声を上げると、洞窟内に反響した。
すると、ものすごい声が返ってきた。
「オオオオオオ!!」
獣の叫び声だ。少年はびっくりすると同時に恐怖を覚え、全力で来た道を戻ろうとした。しかし、それより早く、向こうからかなり大きな足音が近づいてくる。
「ひっ……」
見えたころには、もう遅い。
向こうから来るのは、四本足で走ってくる怪物だった。
「うああああああ!!」
速度を上げようと力むが、空腹と焦りで前のめりに倒れてしまった。迫りくる化け物に、少年は死を覚悟した。
「オオオオオォォォ!?」
いきなり、そんな声が聞こえ、ドラゴンが地面に沈んだ。
「は……?」
その一言を絞り出し、ドラゴンが沈んだほうを見てみると、土煙の中、小さな影が立ち上がった。その影は、少年のほうによって来る。
「あ……な……」
目まぐるしく変わる状況に何も言えないでいると、その小さな影は土煙を抜けてきた。
女の子だった。少年と同じくらいの身長で、銀髪。きれいな赤い瞳の女の子だった。少年と同じように、ぼろい布を纏っている。
「はじめまして、王。私はホロビ、あなたの眷属です」
その女の子は少年を見て、言った。
ホロビ……少女の名前か。俺が王? 何のことだ? ホロビは、眷属? 何も思い出せない。だが、答えなければ。
少年は様々な考えを巡らせて、答えた。
「……あぁ、初めましてホロビ」
ここで何か答えなかったら、見捨てられる気がした。そうなったら、この洞窟から出られる可能性がぐっと減る。逆に、ホロビについていけば、この洞窟から出られるはずだ。
何としても生き残りたい。その感情だけが、少年を突き動かした。
洞窟内を歩いていると、モンスターに襲われる。さっきと同じドラゴンや、巨大な鳥。しかしホロビにはかなわないのか、全てのモンスターが例外なく地面に埋まって絶命した。
「名を」
「ん?」
「名をうかがってもよろしいですか、王」
ようやく話したと思ったら、いきなり難問だ。名前はまだ、思い出せていない。適当に名乗っておくか。
少年は少し考え、思いついた名前を言った。
「シオウ」
なぜ思いついたのか、少年――シオウにすら分からなかった。なんとなく、なのだから理由がなくて当然といえば、当然だ。
「シオウ様ですか」
「様はいらない。目立つ」
「しかし、それでは主従の立場が……」
「だったら命令だ。敬称をつけるな」
「分かりました、シオウ」
こうして少年は、シオウと名乗ることになった。
「お前は、俺のことを知っているのか?」
「選定戦に選ばれた資格者。役職は王。私はその眷属です」
「選定戦とはなんだ」
「世界の守護者を決める戦いです。王、兵隊、女王、騎士、精霊、それぞれの役職に選ばれた『資格者』と呼ばれる者が戦い、勝ち残った者が守護者になります」
話を聞き、シオウはますます混乱し、疑問を口にはしないものの頭で必死に考える。
つまりは、自分はその資格者であり、戦いに巻き込まれたと。
精霊とは何だ。他は聞いてもおかしいとは思わない役職なのに、精霊だけおかしいだろ。種族じゃないかそれ。文句言っても仕方がないけれど。
「資格者には、それぞれ権能と呼ばれる能力が使えます」
「権能? 俺にもあるのか?」
「どのようなものかはわかりませんが、あります」
権能、か。何か力があるようには思えないが。
シオウは手を強く握ってみる。何も起きない。石を拾ってみる。何も起きない。記憶があれば、何か能力が仕えたのだろうか。
「出ます」
いつの間にか下を向いていた顔を上げると、洞窟の入り口が見えた。なぜか感動を覚える。足の裏が痛い。裸足で歩いていたので、切れてしまったようだ。
太陽がまぶしかった。いや、痛かった。ずっと暗闇にいたからか、目が開けられない。ようやく開けられたのは、三十秒くらい突っ立った後だった。松明はもう消えていた。なんとなく持っておきたくて、捨てるのはやめた。
外は、普通に道があった。木々がまばらに生えており、その向こうは草原だった。道は整備されており、馬車が通った後が残っている。雨が降っていたのか、少し濡れていた。
「まず村に向かう前に、下賤な輩を仕留めませんと」
「下賤?」
「そこに」
ホロビは石を拾うと、草むらに向かって投げた。
「グギャ!?」
さっきまで聞いていたモンスターの声ではない。人間の声だ。
草むらの影から顎から上がなくなった男が倒れてきた。
「いきなり人を殺すのは、ダメだ」
「殺気を発していました。野盗の類かと。まだおりますが、どうなさいますか?」
「血を出さず殺せるか?」
「はい」
ぼろ布のままでは人前に出られない。靴も欲しいところだ。
ホロビの言った通り、三人の盗賊が現れた。口々に何か言っているが、シオウは冷静に装備を見る。
三人とも剣を持っている。服は、布だ。大きさ的にも自分たちが着ても問題はないだろうと、色々と考えて追加の命令を出す。
「一人、捕まえておいてくれ。口が聞ければどんな状態でもいい」
「はい」
あと試すべきは、俺の権能。あるかどうかわからないが、石相手でできないのなら、人間相手ならどうだろう。
「死ねやクソガキャァ!!」
そんな声を最後に、その男は吹き飛んだ。首の骨が変な方向に折れている。他の男たちは、その光景を見て震えあがった。その隙にホロビは一人の両足を折り、倒れ込んだ男の両手を折った。一人確保だ。
最後の一人が何か叫んでいるが、シオウは気にせず倒れている男に近づいた。
「た、助けてくれ。頼む! か、金なら懐に……非常食も! 何ならアジトの場所も!」
「黙れ」
シオウはそう言って近くに落ちていた剣を拾った。剣に力を込めても、やはり特に何も起きない。だが、人間相手ならどうだろう。
まず右足に刺してみた。男が悲鳴を上げるが、剣を抜く。五秒ほど経過しても、何も起きない。
人間相手でもダメなのか? それとも、何か他の方法が? この盗賊なら何か知っているかもしれない。
「答えろ。権能、選定戦、この言葉ついて知っていることがあれば答えろ」
「け、権能? 選定戦!? ひひっ……それは、それは伝説だぁ。お前あれか……!? ヘルザードのクソ信者かぁ!! このイカレ教団がぁ!」
「ヘルザード? イカレ教団? そんなものがあるのか。そいつらと接触できれば選定戦や権能のことが分かるのか?」
「イカレ野郎どもめ! 死ねよ! クソ! この死ねおらぁ!!」
錯乱しているのか、盗賊は騒ぐだけで会話にならない。シオウは早々に見切りをつけた。
「お前からはもう無理か」
「ヒッ……ま、待て! この狂信者め! 地獄に落ちやがれ!」
わめく盗賊の首を斬った。骨に当たってきれなかったので、即死はせず、ヒューヒューと何か言って、恨みがましい目でシオウを見て、絶命した。もう一人の男はいつの間にか首を折られて死んでいた。
これで服は手に入った。食糧も。あと、ヘルザードと言われる組織の名前。信者や教団ということは、宗教だろうか。
「着替えるか。それに、腹も減った」
「はい」
シオウは着替え、一応剣を持って、その場を後にした。非常食の干し肉は、そこそこうまかった。そういえば、いつの間にか空腹を感じなくなっていた。
少し歩いたところで、村が見えた。
人がいる……人? 人かあれ。なんか、耳が異様に長い。
「エルフですね」
「友好的な種族か?」
「人間に対しては友好的とは言えません。しかし少なくとも、即座に危害を加えるということはありません」
「そうか」
シオウは少し警戒しつつ、エルフに近づく。
どうなるか分からない。当たってみて、砕けそうになったら逃げるか。
近づくと、エルフの女性が気が付いた。そして、シオウたちがいる方向と逆に走っていく。まずい雰囲気か?
予想通り、男が何人も出てきた。
「逃げるぞ」
「はい」
炎の球や水の球が飛んでくる。魔法というやつだろうか。人数差で勝ち目はないので、シオウたちは踵を返して逃げる。
「すみません……」
「いや、いい」
おそらくあの村だけが特別、人間を敵視しているのだろう。
ホロビの落ち込んでいる顔を見て、シオウはホロビが自信を持った言葉を言っていたと判断し、そう結論を出した。
来た道を戻り、今度は別方向に行ってみることにした。しかし、道なりに行ってまたエルフの里に行きつき、攻撃されてはたまらない。なので、草むらのほうに行ってみることにした。もしかしたら、何か食べられるものがあるかもしれない。水があればなおよい。干し肉のせいで口がぱさぱさだ。
「誰か、来ます」
いきなりホロビがそういった。エルフだろうか。どうするべきだ? 魔法については何の知識もない状態だ。無理に戦闘して、負傷でもしたら最悪だ。だが、隠れようにも草原ばかりで隠れられそうな場所がない。
「反応が、複数ありますが」
「なんだと?」
「どうやら、誰か追われているようです」
またいきなりだな。追われているということは、確実に敵がいるということだ。どちらにせよ、ここから離れたほうがよさそうだ。
などと思っていたら土煙が見えた。今回も決断が遅れてしまった。こうなれば、シオウたちも一緒に逃げるしかない。追われている誰かと別方向に行けば、何とか撒けるだろう。そう思って振り返った瞬間、後方で大爆発が起きた。
「はーははっ! この
なんか妙な高笑いも聞こえた。どうやら、追いかけていたほうが爆殺されたようだ。そして声からして、女性である。
どうすればいいんだこれ。いや、逃げるべきなんだろうが、逃げられるか?
「んー? 誰かいるにゃー?」
見つかった。爆殺なんてごめんだ。ホロビに相手させるか? いや、まず戦闘行為をすることになるかどうかわからない。
姿が見えた。目が金色に光っている女性で、髪はオレンジ色、身長は百四十cmくらいで、少し褐色な少女である。爆殺さえなければ、その容姿は目を引くものであるが、今のシオウには危険人物ということで目を引いている。
エルフじゃないな。少し長いけど、人間の範囲内。ならば、まだ話し合いができるかもしれない。
「俺は、シオウだ」
「おやおやー、いきなり自己紹介とは痛み入るねぇ。それではわたしも名乗り返そう。わたしはヴァングレット=シュガーレット。
シュガーレットはにこやかに、挨拶をした。
やけにテンション高い奴だ。しかし、さっきの大爆発からかなり攻撃力が高いのは分かる。会話が成立しているのなら、見逃してもらえるかもしれない。
「しっかし、か弱い女の子に怯えてるなんて、男としてかっこ悪いのなー。しかも女の子に戦いを任せるなんてマイナスだぞー」
「ホロビは俺より強いからな」
「んにゃ? ホロビ? ホロビって……?」
「ホロビを知っているのか?」
「うーん……何やら訳ありのご様子。でもぉ……でもこのご時世にホロビなんて、君たち、面白そうですなぁ!」
シュガーレットの唇が大きくゆがむ。楽しそうに、笑っている。シオウは得体のしれない危機を感じた。
あ、こいつはやばい。逃げたほうがいいだろうか。しかし、少なくとも今は逃げられそうにない。それに、敵じゃないのなら近くの町まで送ってもらえるかもしれない。
シュガーレットは体をくねくねと動かして「うふふのふー!」と気味の悪い笑い方をしている。それを見て、シオウは一抹の不安を覚えた。
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