3.屋敷と先輩



「すっげぇ。これ全部本物か?」


「鑑定したことないけど、たぶん全部本物だと思うよ」


 目を見開いて、ほーっと感嘆の声を漏らす俺。

 ニコラウスはと言えば、どこか不満そうな顔で目の前の光景を見てる。


 地下に通じる隠し扉をくぐると、広い廊下に出た。

 畳1畳よりデカい額入りの絵画が掛かった白亜の壁。

 壺や甲冑、彫刻、見たことない生き物の剥製、様々な調度品が並ぶ大理石の床。


「お前ん家は、美術館でもやってんのか?」


 テレビや海外旅行のチラシで見た貴族の屋敷に迷い込んだみたいだ。

 調度品込みで一体、総額いくらの屋敷なんだ?

 人間ってのは、見たことないものを見て極度に興奮すると「スゲェ」「カッケェ」しか言えなくなる。

 俺がそうだからな!


 年甲斐もなくキョロキョロと壺から絵画、絵画から甲冑、剥製と目移りで忙しい。

 おっさんがはしゃいでて気持ち悪い? 抜かりはねえ、何せ今の俺は美少女だ。

 お宝だらけのお屋敷で美少女メイドが跳ね回ってるんだ。絵になるだろ。

 これだと、俺とニコラウス、どっちが17歳で、どっちが30歳かあやふやになってくる。


「ここにある調度品の大半は、もともとこの家にあったものでね。あとは、頂き物で……」


「頂き物って……気軽に頂けるもんじゃねーだろ、これ」


「仕事の報酬として頂いたんだけど、正直かさ張るから処分に困ってるんだ」


 ガツンと一発、精神に重い一撃が入る。興奮した頭を冷やすには十分すぎた。

 十代ですでに就職している……だと? 口を一文字にして、全身をワナワナ震わせる。

 後頭部を掻きながら、デフォルトよろしくな困り方をするニコラウスに手で「T」が作って突き出す。

 前世ではこれでタイムを意味するが、異世界人には通じないかもしれない。


「仕事って、お前。就職してんのか? その歳で? コミュ障なのに!?」


「そんなに驚かなくても……。うーん、普通だと思うけど。僕よりずっと年下の子が、冒険者家業をしていたりするし。王宮にだって、同い年の同僚は何人もいるよ」


「王宮? お前、お城で働いてるのか?」


「うん、そうだよ」


「つまり、公務員? いや、議員か!?」


「こうむ、いん?」


 なんてこった、彼は、17歳でエリートコースを登りつめた勝ち組だとさ。

 途端に立ち眩みがして、壁に手をつく。

 額を抑えて俯くと、血相を変えたニコラウスに肩を抱き止められた。


「ノイン、大丈夫!? どこか、具合が悪いの?」


 だがしかし、俺が視線を合わせると、バッと離れた。

 ニコラウスよ。ひょっとしなくてもお前、童貞なのか? 

 まだ17歳だし、死体いじりが趣味じゃ女子と話をする機会すらもないか。

 童貞仲間として、一気に親近感が増したぜ。


「いや、こいつは精神面から来る立ち眩みだ。非常すぎる現実を受け止め切れなかった」


「なるほど。ネクロイドにも精神面汚染が有効なのか。あとで、資料に追加しておかなきゃ」


 顎に手をやって、ブツブツ思案するニコラウス。

 心配してくれたのは嬉しいが、後半はそうじゃないだろ。

 次から次へと会話が拗れてツッコミが追いつかない。



 心配するニコラウスを宥めて、案内を再開してもらう。

 数メートル歩いて、この屋敷のおかしさに気付いた。

 廊下も立ち寄る部屋も閑散としていて、人が生活している痕跡も生活音も全く聞こえない。どの部屋ももぬけの殻で、中には家具に埃避けの白い布がかかったままの部屋もあった。

 本人に聞く前に、少し推理してみるか。

 

 核家族で、両親は共働きで日中はいないとか? 

 実は、引っ越して日が浅いとか?


 さあ、答えはどうなんだ。ニコラウスに話しかけてみる。


「こんだけ広い屋敷なのに、人気がないんだな」


「そうだろうね。この屋敷に生きた人間は僕しか住んでないから」


「へ-、そうなのかっ……なんだって!?」


「両親は、僕が10歳の時に亡くなった。その後、色々あってね。生家は親戚に譲って、1人でこの屋敷に移り住んだんだ」


 淡々と語るが、どこか遠くを見つめるニコラウス。

 興味本位で聞くべきじゃなかった。


「すまん。不謹慎だった」


「ノインが謝ることないよ。ここは一番近い街からでも数キロ離れているし、不吉な噂のある森の奥に建ってるから誰も近寄らない。魔術の研究に没頭できる最高の物件だよ」


 両腕を広げて自分の屋敷を自慢するニコラウス。本人は明るく振舞っているつもりみたいだったが、俺にはやせ我慢で言っているようにしか聞こえなかった。



 長い廊下を進むと、これまた煌びやかな玄関ホールに出た。

 金糸の緻密な刺繍が施された紅の絨毯が敷かれ、ホールからそのまま2回に上がれる階段の手すりは眩く光を反射する金一色だ。

 これらはずべて、この屋敷を建てたのであろう前の主の趣味であって、ニコラウスはもっと質素な内装に変えたいのだそうだ。

 そんなのは内装業者に頼べばいいと提案したが、「そうしたいんだけどね」と言葉を濁されてしまった。

 ホールに足を踏み入れると、誰かが走ってくる足音が聞こえた。


「おい、お前以外は誰も住んでないんじゃなかったのか?」


「あはは。ごめん、言うのを忘れてた」


 と、のんきに笑うニコラウス。

 どうしてなのか自分でも理解に苦しむが、俺は立ち止まり、正体不明の足音を警戒した。

 ほどなくして、反対側の通路から10歳くらいの子供が2人、こっちに向かって駆けて来る。


 喪服みたいな黒い服に身を包んだ男児と女児。

 俺と同じ、白い髪に薄紫の瞳、土気色の肌。

 つまり、この2人は――。



「この子達は、君より先に作ったネクロイドの試作品で」


 ニコラウスが指差すと、


「あー!」


「どぉーもぉー!」


 紹介を遮って、それぞれ声を上げる。

 それからワーッと歓声を上げて、俺の腰に纏わりついてきた。

 大人になってから、こんな小さい子供の相手なんてしたことがない。警戒が一気に解けて、どう対応すべきか、1人オロオロしていると、ニコラウスがコホンと咳払いを1つ。それを合図に2人は俺から離れて大人しくなった。


「こっちが07-γ、通称ファウ。そして、こっちが08-β、通称スーだよ」


 両手を挙げ、ニコニコしながら挨拶でも単語でもない奇声を上げた髪の長いのがファウ。

 頭を下げて、呂律の回っていないがまだ挨拶らしき単語を発した髪が短いのがスー。

 同じ身長、同じ顔……ファウとスーは、双子のネクロイドってことだ。

 しかも、こいつらの実験体番号。俺が9で、この2人が8と7……先に作られた年下の先輩か。

 まあ、職場でも年下の上司なんてザラだし、気にすることはないだろう。


「おい、この2人大丈夫なのか? ちょっと、その……」


「試作品だから、この2人には魂がうまく定着しなかったんだ。だから、君のように高度な会話や思考、自発行動が出来ない。でも僕の命令には忠実で、簡単な指示なら、実行してくれるよ。掃除とか、荷物運びとかね。知能はファウが3歳、スーが5歳児程度かな」


「へぇ……」


 俺もニコラウスが術に失敗していたら、あの2人みたいになってたのか。

 大成功してくれたことに、感謝を忘れないようにしよう。


「子供の死体。しかも双子のものなら、意識を共有した成長するネクロイドが出来るんじゃないかなって、試行錯誤してみたんだけど……肯定的に見れば、2人とも人っぽさはあるから成功ではあるんだよね」


「さらに試行錯誤して、俺ができたのか。その、なんだ……良かったな」


 言い方はポジティブなんだけど、内容はネガティブなんだよな。

 天才の発想って怖い――、穏やかな語りに狂気を潜んでいる。

 物理的な距離が置きたくなって、こっそり一歩離れたら「あれ、どうしたの?」とあさっりバレた。魔術も実験も出来て、就職勝ち組で、さらに洞察力も鋭いとはな、大したやつだ。

 この屋敷から逃げ出したくなってきたのだけは、悟られてはいけない。強張った顔の筋肉を精一杯動かして、乾いた笑いで必死に誤魔化した。


「この2人は俺の屍仲間で、先輩ってことだな。よお、俺は09-αだ。これからよろしくな、ファウ先輩にスー先輩」


 腰を屈めて、双子に自己紹介をすると右手を差し出す。

 俺の手と顔、そしてお互いの顔を見合わせて、同時に首を傾げる。


「握手だよ。こうやって、親愛の意味を込めてお互いに手を握るんだ」


 2人の手を握って、軽く上下に振った。

 それでもまだ、双子には理解してもらえない。ポカンと握られた手を見つめている。

 こいつら、人間の作法を何も知らないんだな。


「これは、仲良くしようって意味だ。分かるか?」


「うー!」


「よろしぃー!」


 お世辞や前置きの一切を省いてやれば、無表情だった2人はパッと笑顔になった。

 やっと理解してくれたみたいで、ほっと胸を撫で下ろす。

 よっぽど嬉しかったのか、俺の周りをキャッキャッと声を上げらながらグルグル回り始める。

 あんまり嬉しそうだから、俺も釣られて笑ってしまった。


 機械的にしか動けないと勝手に思い込んでいた。

 こいつらにもちゃんと感情があって、表現ができている。

 俺は、この真っ白な双子に色々教えてやりたいと心から思った。

 どうしてかは上手く言えないが、それが俺のすべき事だと無性に駆り立てられた。

 

 ファウとスーが加わり、賑やかになった俺達は屋敷内を練り歩いた。

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屍少女は悪しか喰らわない 那由汰 @komugi2016

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