流れる星は手が届かない。

合上 恩

プロローグ

 高い山に囲まれた三國町は、人口およそ3000人ほどの小さな山あいの田舎町だ。

 目立った建物も特にはないし、辺りは緑でいっぱいで、町の中を流れる川沿いには、いくつもの田んぼや畑が点在している。時にその川端で馬や牛といった家畜が水飲みをしていて、隣の市に行く為に立ち寄る人たちの好奇心を一身に奪っていた。


「すごいですね。 馬車もあるんですか?」

「いーやいや、ねぇのっす。これはアレだ。ただのおらのペット!」


 馬に目を奪われた立ち寄り客からの質問に、老婆は笑いながら否定する。

 ビルも無いような田舎の町だ。この三國町の時間だけが止まっているように見えたとしても仕方のないところだろう。

 老婆の返答に、客は残念がるような顔をしながらも、せっかくだからと馬とツーショット。


「お、上手く撮れた」

「まぁ、馬だけになっす」


 老婆の呟きを鮮やかに流し、客はサッと車に乗り込んだ。そして、真っ赤なスポーツカーを唸らせて、南北に伸びる大きな道路を走って行った。


「ただの通り道だばいがべども……」


 走り去って行く車を見つめ、老婆は小さくごちた。

 町を分断するように作られた道路。

 のどかな風景の真ん中にあって、そこだけ妙に浮いているようにも見えるが、今や欠く事のできない存在となっている。

 この道が出来る前の旧道は、それこそ酷い山道だったからだ。

 畝りに畝ったカーブの連続。見通しは悪く、急斜面。冬場になれば凍ってしまい、通行止めになる事もあった。

 だが、その悪路でしか隣の市に行く事が出来ず、町の人を相当に苦しめてきた。


「……じゃーじゃじゃじゃ……細道さ入ってったがぁ……」


 そのまま抜ければ隣の市に行く。

 けれど、さっきの車は横道に逸れた。

 遠く、小さく、なり行くものの、視界を遮る物が何もないせいで、木々の隙間からちらほら見える真っ赤な色はよく映えた。

 その横道を上がって行けば、今は町の人でも使わない旧道となっている。


「なぁんもねばいがべったってなぁ……」


 ふと、老婆の脳裏に10年以上も前に起こった事故が過ぎった。

 その記憶を振り払うように、老婆は頭を軽く振る。


「さ、そろそろ馬屋さ帰るとすっかぁ」


 草を食んでた馬の背中を撫で、家の方へと巧みに誘う。

 木々の隙間から見えてた赤は、もうすっかり見えなくなっていた。

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流れる星は手が届かない。 合上 恩 @minsou

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