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 - 緑の最高級サテン紙で出来た封筒と、説明不要の≪緑≫の封蝋(註1)。婉美なる字体はそれだけで芸術品の条件を満たし、グリーティングカードの背景装飾としてもよく用いられる。彼女は芸術・文化面にて多数の功績を残したが、魔術士としての自らの高名を求めることも忘れず、よく売れる書籍をいくつか執筆した。その中には一般向けに術士の精神性について言及したベストセラー「術士の心得」も含まれており、術士・非術士を問わず多数の読者に愛されたこの本は、術士活動の認知拡大に大きく貢献した。ここで紹介する手紙は、バーサイド暦八六五年の夏に行われたかの有名な講義について、彼女が二度目の打診を試みた際のものである。


註1)蠢く葉と大鷹の魔法は見事。この数ドリンの小さな封蝋を見るために、今年ディオール記念館に訪れた人はバミリア観光客の三割以上にものぼる。

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(一枚目、巨大な大鷹の図柄)


「素敵な手紙をありがとう。それなりに楽しく拝読しました。そしてまったく触れてもらえなかったけれど、特別講師の件、考えてくださらないの? まあ、無理はいわないわ。あなたがとってもとっても単純でない人間であることは分かっているつもりだし。でも少しは私の立場というのを勘案してくださってもよいのではないかと考えることもあるわ。気が向いたら手紙をまた頂戴ね。いつでも。でも、こんなつまらない話はいったん終りにしましょうか。あなたがこの先を読まずに手紙を燃やしてしまっても困るから――なんて書いたならなおさらに、暖炉への距離が縮まってしまうかしら」


「あなたの気脈についてわたしは詳しくないけれど、でも、わたしはわたしの気脈については誰よりも詳しいつもりよ。たとえわたしが――わたしだけが、自分の気脈を実際には見たことがないのだとしてもね。たしかに私たちは、気脈を見ることはできない。わたしたちが愛する気脈。わたしたちのことだけを愛する気脈。これは悲劇だわ。あまりに恵まれすぎたわたしたちに、与えられた試練のようなものだと思う。でも、それにしたってあまりに悲しいから、わたしはやっぱりこの鏡の間を出られないの。用があるときに毎回あなたを呼びつけなくてはならないのも、すべてそのせい。もちろんわたし、もしこの鏡がバーサイドすべてを覆っているのなら、すぐにあなたに会いに行くわ。いつでもこの足でね。でも、わたしにとって、この大鳥と離れることは身を裂かれるようなことなの。たとえ、わたしに見えなかったとしても、この子がわたしの手のひらにつねに額を押し当てているのだとしても、それを感知できないのであれば、感知できないぶんだけ、それを罪悪だとわたしはとらえるのよ。あの子に微笑みかえしてあげられない場所へいくなんて耐えられない。そもそも、わたしは十五年もあの子を無視しつづけてしまった極悪人なのだから、もとよりあの子への贖罪のため、いまは生きているの。あなたはそうでもないようね。荒々しくて力ある、素晴らしい気脈なのに」


「そうだ、オブシウスが先日工房へ戻りました。もちろん滞在は短くて、すぐにまた飛び出していってしまったけど……。弟子を連れてきたわ。あの子の弟子なんて、なんだか面白くて笑ってしまいそうになる。だって、ものすごく引っ込み思案で人嫌いな子なのだもの。だから兎なのだわ。でも巨兎。つまり、『怯え』のこころが大きいのよ。あの子は手懐いたように見えてすぐにそっぽを向く、ふしぎな子。最初はね、どうして兎なのかしらと思ったの。大きさももう少し小さかった。でも、育てていて、すぐに分かった。あの子は心のなかに大きな孤独を抱えているのよ。だから兎。そして、その兎は少しずつ育つ――そうね、わたしが魔術士ではなく、ただの母親(註2) であったなら、あの兎を殺したほうがよかったのかもしれない。怯えを取り除いてやるほうがね。でも、わたしは工房の主で、あの子は魔術士の弟子だった。だから、わたしはあの兎を極限まで育てたわ。そして恒常的な降雨が始まった。あの雨ね、止むときもあるのよ。最初に会ったときはほとんど降っていなかったのだもの。でも、最近ではずっと嵐のようね。あの子が弟子を持つとしたら、きっと植物の気脈の子になると思っていたわ。でも、そうじゃなかった。あなたも会ったそうね、あの子の弟子は、鏡の気脈を持つの。不思議ね。オブシウスはだれよりも鏡の間を嫌っていたわ。ここは檻だと言って。あの子にとっては、この箱庭はただの牢に過ぎなかったのね。哀れなこと。そして不思議なこと。巨大な兎と、雨雲と、鏡とが、連れ立って旅をしているのよ。奇妙で偉大だわ」


「ところでオブシウスが教えてくれたのだけれど、あなたもいま、術士と暮らしているそうね。最少年の記録が更新されたと聞いて驚いたわ。どんな子なの? 講師の誘いの件は一度忘れて、ぜひ単純にお遊びで、わたしの≪庭≫へ遊びにきて欲しいわ。オブシウスはあまりあなたの同居人について詳しく教えてくれなかったの。ほかに積もる話もいっぱいだったしね。若い術士にとって、学びは素晴らしい果実よ。この鏡のなかで数日過ごすのも、きっとあなたとその子にとって良い体験になると思う。数日といわず数ヶ月いてくれてもかまわないけど。黒の工房出身の子だそうだけど、例外的に歓迎します。≪黒≫にも伝えておくわ」



註2)かの有名な誤訳のことを想起いただけることだろうが、こちらは本当に「母親」で合っている。

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魔術分析士・キス・ディオール mee @ryuko

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